◆◇◆十話◆◇◆
「この研究はずっと前から続いてるみたいだよ。300年前の魔王も、もしかしたらここで産まれたのかも」
「フェリーザとはどうして?」
「フェリーザのチェンジリング、ここにいたんだ」
「………………」
「チェンジリングは貴重なサンプルだって博士がいってたな。大事にされてたよ。弄られる前にフェリーザが迎えに来たんだ。培養槽の中から見てたんだけど、かっこよかったなぁ……」
「…………」
「俺、培養槽の中にどれだけ入ってたか分かんないけど、でも、どこかに俺のこと探してる人がいるかもしれないって胸が熱くなっちゃった。それまではぼうっと置物みたいに生きてたんだけどさ。生まれ変わったっていうのかな。でも俺、この中以外知らなくて」ツエイクは培養槽の表面を撫でる。「外に出ても何をしたらいいか分からなくて、結局自分から外に出ることはなかったな」
「3年前に培養槽から出たのはなぜ?」
「実験のため」
ツエイクはうかがうように私を見つめたあと、躊躇いがちに口を開く。
「なんで死ぬときに爆発するとか、どういう風に殺せば爆発しないのか、とか。そんなもん。統計を取るとかいって何人もそういう実験させられてたよ。遊ぶみたいにさ」
「………………」
好奇心は猫を殺すという。いきすぎた好奇心は身を滅ぼすものだ。この研究所の目的は一体なんであったのだろう? 異種族の体を繋げて、取り替えて、切り刻んで。ただできるという理由だけで繰り広げられた、長い時の中で目的を忘れられた邪気のない地獄。
_____もし、もしフェリーザが。チェンジリングを助け出すのに間に合わなかったら?
切り刻まれ所々取り替えられ、培養槽に浮かぶチェンジリングを見たら……?
______もし、イエルを、ヴェルデを、ルフェを…………。
彼等は、目覚めたとき己の体を弄くられていたら、どうする?
「ザルエス。やっぱここ、気分悪い?」
心配そうにツエイクが話しかけてくる。柔らかな色合いの碧の瞳が気難しい顔をした私をうつしていた。
私はしばらく意味もなくツエイクの輪郭を視線で撫でるように視線をさ迷わせた後、確かめるために口を開く。
「魔王とは、ここで産まれた者達のことだったか」
「そう、だね。俺はこうだけど、魔族と因子を混ぜるために体を弄られた子は好戦的でさ。中には魔物と意思疏通が出来る子もいたよ。正確には此方のいってることが分かるようにとか、魔物の脳みそをつくりかえてるみたいだけど」
「そうか……」
「培養槽にいれられてそんなにたってない子はね、外に出たとき何となく自分のこと思い出したみたいですっごく悲しんで、すっごく怒ってた。寿命が短いから自分をこんな風にした世界を滅茶苦茶にしてやるって言ってたよ」
「…………」
「虚しいことするなって思う?」
「分からない。お前はどうなんだ」
「……俺は、どうでもいいかな」
「どうでもいい、か」
「うん。だって、俺、世界のことわかんないし」
ツエイクはごまかすように笑って見せた。
「なにも思い出せないから。迎えに来てくれる人もいないしね。だから、俺がこうなったのもそんなにたいしたことじゃないのかも。ま、俺は他の子と違って寿命が長いからこその余裕かな? 不満といえば、こんなだから誰とも仲良くできないくらいかな。でもザルエスと会えたからもういいかも」
視線が交わる。
「…………私に、殺してもらいたいのか?」
「話すことも話したし、悔いはないかな」
「…………私はお前が嫌いではない」
「……好きでもないでしょ?」
「ツエイクという名を覚えるくらいには愛着がある」
「なんだよそれ。慰めてるつもりなら下手くそだね」
声をたててツエイクは笑った。
「ザルエスはこの後、友達のとこに戻るんでしょ?」
「うむ」
「じゃあ、やっぱ。ここで殺してほしいかも。一人は寂しいよ」
「…………」
困ったことになった。こういうとき、イエルならなんという? 連れていくとなるだろう。けど、ツエイクは半分魔物だ。この情勢で連れていっては逆にツエイクを危険に晒す。本人はそれでいいとなるかもしれないが、本人が殺してほしいと望んでいてもそういうわけにはいかないだろう。ツエイクは望んでこうなったのではないのだから。
「……時間をくれないか」
「時間?なんで?」
この気持ちをなんと言えば良い。イエルも、ヴェルデも、ルフェも、己の理想とするものを目指して戦った。ツエイクもけして弱くないだろう。ただ、望むものがないだけだ。諦めといっていい。でも誰が、彼が何かを得ることを阻止しようとする? そんなものはないはずだろう。
中々言葉を見つけられないでいる私にツエイクは仕方ないか、といったふうに苦笑いする。
「まぁ、いいけどさ。分かった。ツエイクがどうにかしてくれるの、待ってるよ」
「そうしてくれ」
ツエイクはあまり引きずるつもりがないのか、あっさりともういこうかと言った。首肯を返して研究所を後にする。
「ザルエスはどこから来たの?」
「王国だ」
「え……」ツエイクは思いきり怪訝そうな顔をした。何かあったのかと思い顔ごとそちらを向いたらツエイクは言いにくそうに唇を強ばらせる。
「ここから王国まで、歩いて二日位だよ。遊んでた訳じゃないのは見てたから知ってるけど、ザルエス、1週間はさ迷ってたよね。……かなり大回りしてたね」
「む……。精霊も、目印になるものもなかったからな」
「そっか。ごめんね、変なこと言って」
「構わない」
けして方向音痴なわけではない。そんなことはないのだ。ツエイクは話題を変える。
「国に戻ってヴェルデにあって、この話をしても戦争は止まらないだろうね。残念」
「いや、魔王がなんであるか分かっただけでも大きな進歩だ。それに…………魔王は短命だからな」
「まぁね。三年後には戦争は終わると思うよ。でもその間、人はどこまで対抗できるだろうね。魔王は止まらない。魔物に汚され魔境となった大地はなかなか元には戻らないよ」
「滅びると言うのなら、それが運命だ」
「そうだね」
「だが、イエルはこう言っていた。運命は変えることが出来るとな」
「ふぅん?」
「人はきっと、諦めぬだろうよ」
「……そっか」
ツエイクの方へ視線を向けると、視線に気がついた彼は小さく笑う。
そして私たちは再会を約束して、私は王国へ戻った。
◆◆◆
ツエイクと別れてからヴェルデになんて報告をすれば良いか私はずっと悩んでいた。研究所のこと、魔王の正体……、ヴェルデは博識だが西の大陸の技術にはあまり詳しくない故、早々に受け入れることはできないだろう。
私はこのとき何も知らなかった。まさかこの数週間のうちにルフェが北へ徴兵されたこと……。そして、ヴェルデに起こった出来事を。