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紅の誓い  作者: 弌祈
第二章
10/17

◆◇◆第三話◆◇◆



「はぁ……?」


 ルフェは思いきり不審そうに顔をしかめる。私は首をかしげた(何故か私はルフェの前では人間のように表現が豊かになる)。


「ルフェについている精霊から何も聞いていないのか?自分が愛し子だと」

「……なんで名前」

「お前についている精霊が教えてくれた」

「喚んでないが」

「ふむ。すまん、ずっと傍についていたのは秘密にしていたらしい。愛し子だと黙っていたのはだからと自分以外を喚んで欲しくなかったといっている」

「……」

 ルフェはまるで人形のような顔になる。全ての感情を殺し尽くしたかのような……。その表情を見て私は突然不安になった。傍でルフェと契約した精霊もそわそわしている。愛し子は精霊種を惹き付けるだけでなく、自我の奥底、心と呼ぶような場所まで揺さぶるのか……。


「その精霊が何かしたのか?」

「お前には関係ない」

「まぁ、そうだな」

 私は話題を変える。

「ルフェはこの学園に何を学びに来ているのだ?」

「何故お前が気にする」

「お前には才能がある。精霊の愛し子としての力もあるが、何よりお前自身、稀有な力に満ちている」

 私はルフェの近くにいこうとしたが、一歩踏み出す度に警戒を強めるため少し離れた場所で立ち止まる。


「その力を悪戯に使わないのは、何か目標があるのだろう? 生きる上で目標があるというのは、素晴らしいことではないのか?」

「………………」


 ルフェは眉間に皺を寄せ私を睨み付けて、ややあってから口を開く。


「目標は、ある。けれどお前に話すつもりはない。関わるつもりもない」


 絶対の拒否。ルフェは本を閉じるとベンチから立ち上がった。


「お前らが幾ら構ってこようが、俺はお前ら精霊が大嫌いだ」


 憎しみを噛み締めるようにしながらルフェが吐き捨てる。「気持ち悪い」と小さく呟いてルフェは去っていった。


 ◆◆◆


 嫌悪すら滲ませて精霊を拒否したルフェの顛末はその原因たる火の精霊から聞いた。

 火の精霊は彼がもっとも大事にしている”宝物”のため、ある物に憑依して傍にいられないルフェのかわりに宝物を守ることを命じられたが、それに支障がない範囲で分身をつくりルフェに侍っていたらしい。その言い分を聞くこともしないとは余程この精霊のことが嫌いらしい。……無理もないだろう。

 可哀想なルフェ。愛し子であるとあかされていればこいつと契約を切ってもっと信頼できる精霊を呼んだだろうに。


 理由は分からない。愛に理由は必要か?

 精霊から愛される何かを持つ人間。お伽噺では精霊に囲まれ穏やかで満ち足りた、幸せな一生を贈る愛し子。出来ればルフェにも望む幸せを与えてやりたいが……、

 まるで愛とは、間違えれば呪いのようだ……。



 あの日からルフェを見かけては近づいてみるが、悉く不況を買う繰り返しだった。苦肉の策として遠くから見守ってみたり、何かに注目していたときはルフェの好みを把握しておこうと隣から覗いてみたりするが、結果はいつもの通りだ。


「何がいけないのだろう……」

 いや、原因はわかっている。ルフェは私だけでなく精霊種全てが嫌いなのだ。

 しかし、何故私がこうも粘っているのかというと初代国王が好いた女を王妃として迎える際、女に全く相手にされていなかったのに、振り向いてもらうまで粘り強く相手の元へ通っていたのだ。「嫌よ嫌よも好きのうち」とあいつはいっていたし、ここで諦めてはそこまでの気持ちだったのだと思われてしまうかもしれない。よくやると呆れる私に初代国王は良くそういっていた。しかしそれは違うと後で言われることになる。


 しかし、ルフェはどうしてか同族である人間ともなんというか、馴れ合うことをしない。他の人間はまるで腫れ物を扱うようにルフェを遠巻きに見た。時には汚物を扱うかのように。腹が立ったがルフェ自身も積極的に関わろうとしない。人と人同士のいさかいは当事者以外が介入するとろくなことにならないと私は友であった男から学んでいた。まぁ、ルフェも悪意をもって近づいてくるものにたいしては、それ相応に対処していたが。

 いやはや、人が人を貶す言葉とはあれほど種類が豊かであるとは知らなかった。相手側に至っては彼処まで蒼白になれるのかと感心してしまうほどだった。


 そんなルフェの日常を観察していた頃、すっかり存在を忘れていたあいつが私に会いに来た。



「ルフェにご執心ですか?」

 からかうようにいって近づいてきたのはヴェルデだった。いいところに来たと私はヴェルデを手招く。


「彼がそれほど気になりますか?」

「あいつは愛し子だ」

「なんと……。それ、私以外誰かに言いました?」

「お前がはじめてだ」

「それはよかった、誰にも言わないでくださいね」

「うむ」

「それで、何故植え込みに隠れているのです?」


 私は私が知る、人に近づくための方法を植え込みの中でこっそりとヴェルデに話した。ヴェルデは話を聞きながらうんと渋い顔をする。


「それは人間の男女だからこそ成立する諺です」

「……む」

「精霊種とは性別の概念がないのでしたか」

「うむ」

「ザルエス様はどちらかというと雄と雌、どちらです?」

「む?」

「例えるならば……。そうですね、愛したいか愛されたい、どちらです?」

「……愛したいな」

「では雄ですね。行動方針は決まりました。行きますよ」

 私の二の腕を掴んで立ち上がろうとするヴェルデを私は慌てて止める。

「いや待て、私はルフェに嫌われている」

「精霊種を、でしょう? 確かにルフェが契約している火の精霊がしたことを、ルフェは簡単に許せないでしょう……。けれどザルエス様はザルエス様です」ルフェは爽やかに笑う「雄ならば相手が好いてくれるまで待つのではなく、押すのも大事なのですよ」

「……む」

「大丈夫ですよ、さぁ、いきましょう」

 否定する材料もないまま私は立ち上がる。ヴェルデは私をぐいぐい引っ張り、植え込みの向こう側、ルフェのいる方へ大胆に歩んでいく。


 自分を目指して近づいてくる気配に敏感に反応したルフェはこちらに視線を向け、私に侮蔑の視線を向けたあとヴェルデをみて怪訝な顔をする。

 ヴェルデはそんなルフェに怯むことなく、堂々と親しげに話しかけた。


「やぁ、ルフェ。はじめまして。私の事はヴェルデと呼んでくれ」

「…………興味がない」

 予想できる反応であった。魔法学を中心に空いた時間で剣を習うルフェは親しい友人もいないため、時事に疎い。この国の王子であるヴェルデを知らないわけではないが、言われてはじめて思い出す感じなのだろう。


 興味がないといったわりに、ルフェは何かヴェルデに言いたいことがあるらしい。ゆっくりと言葉を選んでからルフェは口を開いた。


「あんたさ。ザルエスと知り合いなら、どうにかしてくれ。毎日付きまとってきて、気持ち悪い」

「まぁそうだろうね……」ヴェルデは同情気味に頷く。まさかヴェルデにまでそう言われるとは思っていなくて、私は取り返しのつかない事を今までしていたのではないかと絶望した。けれど、とヴェルデは言葉を続ける。

「ザルエス様は人との交流があまり得意ではないのだ。君には特別興味を持っているけどね。どうすれば君が心を開いてくれるのか、付かず離れずの距離を保ちつつ伺っていたのだよ」

「ふぅん……。監視の間違いでは?」

 違う、という意味を込めて私は首を左右に振るがルフェは疑わしい顔だ。私とルフェを見比べてヴェルデは吹き出す。


「ははは。森の賢者が形無しだ。ルフェ、ザルエス様は単純に、君と友達になりたいんだ」

「友達……?」

 思いもよらない言葉だったのだろう。ルフェは年相応の困惑した顔をして見せた。ヴェルデと一緒に私は大きく頷く。

「そうだよ。けれど君は精霊種が嫌いだと言うから遠慮していたらしい」

「……精霊種は自分勝手だ」

「ザルエス様も、そうかい?」

「………………」

 沈黙するルフェにヴェルデは優しく話しかける。

「火の精霊とのことは、不幸なことだったと思うよ。けれど悪意があってしたことではない」

「…………分かっている。俺の力不足だと」

 絞り出すような言葉に、ルフェが何故貪欲なまでに知識と技術を求めるのか分かった気がした。未知は恐ろしい。だから知ろうとするのだ。


「……生きとし生けるもの全て、君を傷つけるものばかりではないよ」

 ルフェはヴェルデを見上げる。

 ようやくはっきりとお互いの顔を向き合わせてヴェルデは満足そうだ。


「ぬばたまの黒髪、紅玉の瞳……。悪魔のよう、という一言さえなければいいのに、なんで人は余計な言葉を付け足して、自分より優れたものを貶すように言うのかな」

 その言葉は嫌に実感のこもった響きを持っていた。ヴェルデにも似たことが身近にあるのだろう。ルフェはなんと返したらいいのか分からないと言うように口をもごもごとさせていた。ヴェルデはあっけからんとした口調で提案した。


「ねぇ、ルフェ。私とも友達になろう?」

「…………無理」

「えぇー?」

「俺は、あんたになにもしてやれない。あんたは違うけど、俺は、忌み子だって言われて、嫌われてるから。あんたに迷惑がかかる」

「そんなこと、私は気にしないよ」

「俺が気にするんだ」


 ルフェは勢い良く立ち上がり、逃げるようにその場を後にした。追うこともせずその後ろ姿を見送って、ヴェルデは嘆息する。


「懐きそうで懐かない猫のようだ……」

「……嫌われたのか?」

「そうではないですよ」

 苦笑気味に否定したヴェルデに私はほっとした。

「では何故逃げる?」

「言われ慣れないことを言われたからでしょうね。どう対応していいか分からなかったのでしょう」

「む……」

「人間とは複雑なのですよ」

 ヴェルデは遠い目付きで疲れたように、静かに笑うと気を取り直すように一つ深呼吸した。


「よし。後は根気よくルフェと距離を縮めましょう」

「具体的に?」

「見かけたらとりあえず挨拶をしましょうか。それと名前を呼ぶと好感度が上がるそうですよ」

「……」

「ザルエス様。ザルエス様は今日ルフェと友達になるためのスタートラインに、ようやく立つことが出来たのです。今までのことは忘れてください」

「うむ……」

「私もこれからは学園に専念できるので、一緒に頑張りましょう」

「うむ」

 私は覚悟を決めて、ヴェルデはそんな私に満足そうにしてお互いに頷きあった。


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