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家に戻ると、顔の怪我を突っ込まれた。酔っ払いに絡まれて殴られたと笑って誤魔化せば、ステラさんが笑いながら手当てしてくれた。リーゼルやジェイコブは心配してくれた。恐らく、騎士として強かった父親の面影が見えないからだろう。当たり前だ、だって俺はアロイス本人じゃない。
明日も、俺は店に行くつもりだ。アロイスが来なかったら、どうするのがいいんだろうか。顔だけがアロイスの、偽物の父親。俺には父親としての威厳も貫禄も何一つなくて、仕事すら見つけられない情けない男だ。
アロイスはなぜ、自宅に帰ってこない? ……俺と言う、自分そっくりの男が父親面して仮初めの家族を演じていたせいか。だとしたら、俺が姿を消せばアロイスが堂々と家に帰ってこれるんじゃないか? 代金は1日1ゴールド、ステラさんからキチンともらっているからある程度貯まっている。
しかし、一応契約は契約だ。ステラさんにアロイスが生きていることを伝えて、迎えに行ってもらえばいい。そうすれば、アロイスも家族の中に帰れる。
その日の夕食は、豪勢だった。なぜだろうと不思議に思いながらも食べ終え、ステラさんが台所で食器を洗っている時、こっそりリーゼルが教えてくれた。
今日は、結婚記念日なんだと。本当なら、本物のアロイスと迎えたかってあろう結婚記念日を、偽物のアロイスと迎えるなんてーーステラさんの心中を考えたら、いてもたってもいられなくなった。
「ちょっと散歩に行ってくるよ」
「気を付けてね、あなた」
ステラさん、リーゼル、ジェイコブの3人に見送られ、薄暗い夜道を歩く。家から出て20分ほど歩いたところで、アロイスの姿を見つけた。咄嗟に走って、掴まえる。また殴られるかと思ったが、アロイスは暗い表情で大人しく捕まっていた。
猛烈にムカムカしてきて、俺は人生で生まれて初めて人を思いっきり殴った。アロイスが、地面に座り込む。殴った勢いで、ずっと胸の奥に燻っていた感情が爆発する。
「帰ってこいよ! お前の家だろう!? 偽物の俺がいたから帰れなかったのか? それでも騎士かよ、なぁ!」
「……う、違う。俺は……皆が思っているほど、強くない。魔物退治だって家族のために毎日恐怖と戦いながら必死だった。でも、でも……俺、わかったんだよ。本物でも偽物でも、変わらないって。リーゼルが俺のせいで命を絶とうとして怖くなった。帰ったらまたリーゼルが……そう考えたらーー」
「バカ野郎!」
俺は、地面に座り込むアロイスの胸ぐらを掴み、叫ぶ。
「リーゼルが謝ってきたよ、アロイスに。でも、偽物じゃダメなんだよ、偽物の俺じゃあ、応えられない。父親なんだろ、情けなくてもいいじゃねぇか……家族が、支えてくれる! 帰れよ、自分の家に」
今まで、誰かを殴ってまで感情を爆発させるなんてこと、なかった。ひょろっこい俺の拳なんか鍛え上げられたアロイスの肉体には少しも響いてなくて、むしろ殴った俺の手が痛かった。それでも、気持ちは晴れ晴れしていた。
アロイスは、しばらく呆然としていたが、やがて立ち上がり、頭を下げた。ーー俺に向かって。頭を深々と下げたまま、アロイスは嗚咽を漏らした。
「ありがとう、ありがとう……! 本当は、ずっと怖かった。見知らぬ誰かが、俺のいない間に俺に成り済ましていた状況が、怖くて堪らなかった。強くなんかない、俺はただの臆病者だ。俺、帰るよーー家に。リーゼルに謝る」
「俺は……感謝されるようなことなんてしてない。むしろ、あんたから家を奪うところだったんだ。今日、結婚記念日なんだろ? ステラさんが待ってるぜ」
アロイスは、家路を急ぐ中、何度も振り返っては俺に向かって頭を下げた。
真面目なやつだなぁ。想像していた通り、やっぱりいいやつじゃねぇか。あー、くそ。人を殴るのって意外と手が痛い。アロイスに殴られた俺の顔はすごいことになっていたと言うのに、俺が殴ったアロイスの顔はケロリとしていた。
ちくしょう、あれが騎士ってやつかよ、カッコよすぎだろ。心の中で悪態をつきながらも、自然と笑みがこぼれるのを抑えられなかった。
上機嫌で店に帰った。やっぱり俺の場所は、ここかな。ティファニー家のような、絵に描いたような幸せな家は俺には似合わない。
カビ臭い部屋に、ホコリっぽいベッド。ベッドに腰掛け、しばらくの間窓の外に浮かぶ月を眺めていた。貯まった金を少しだけ持って酒場へ向かう。
ビールをあおりながら、枝豆をつまむ。酒場の女店主が、珍しく声をかけてきた。
「あんた、しばらく見ないと思ったら、女にでも振られたのかい? そんな顔してるよ。あんなおかしな店を営業してたせいで何かに巻き込まれたんじゃないかって噂してたんだよ」
ガハハ、と豪快に笑う女店主の言葉に、俺は乾いた笑いが出た。振られた、ねぇ。確かにステラさんに惹かれる部分はあったけど、人妻だしな。何より、ステラさんにはアロイスって言う、くそ真面目でいいやつな旦那がいるからなぁ。
「もう一杯!」
「あいよ!」
王都の夜は、騒がしく過ぎていく。夜中に、何人かの酔っ払い親父共と一緒に店から追い出され、看板を抱いて気がついたら外で寝ていた。寒さに震えて起きたら、丁度空が明るんできたころだった。
ポケットに手を突っ込み、猫背でズキズキと鈍く痛む頭に顔をしかめながら店に帰る。ホコリっぽいベッドに寝転がり、昼まで寝た。




