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たまり様原案のレンタルおっさん書いてみました。
「冷やし中華始めました」ぐらいのノリです。1話2000文字ちょっとで、さらっと読めるかなと思ってます。
いかんせん、暇で暇で仕方がない。これは死活問題だ。今の俺には、今日の飯すら危うい状態なのだから。
35歳の童貞が表通りから外れた裏路地で怪しげ(に、見える)な店を開いたところで、誰が来ようか。客足はなく、腹の虫がむなしく鳴り響く。
王都、リーゼンハルデンは賑やかなところだ。しかし、そこは剣と魔法、そしてーー生と死が隣り合わせの危険な世界でもあった。世界と言うといささか大袈裟に聞こえるが、俺にとってここは故郷でも何でもない、異世界なのだから。交通整理のバイト中に、車に引かれたと思ったらいつの間にかこんな世界に放り出されていた。
チート能力でもあれば今ごろ魔物退治で無双してハーレムを築き上げていたところだったが、どうやら30を越えたおっさんに神様は厳しいようで、異世界にきても俺は平凡な俺のまま。
難民に紛れて手にいれた仮の居住許可しか持っていないただのおっさんに社会は厳しい。どこへ行っても雇ってもらえず、どうにか仕事をしなければと思い小さな机1つと1枚の貼り紙で始めたのが、レンタル屋。
35歳独身、童貞の俺自身が商品。魔物退治と性の相手以外なら何でもする。代金は1日1ゴールド。だから誰か俺に仕事をくれ。
机に突っ伏し腹の虫が鳴るのを聞いている時。ギィ、と扉が軋む音が聞こえた。バッと顔をあげると、そこに立っていたのは片腕にまだ幼い子どもを抱いた目の覚めるような若奥様だった。
見惚れていたが、ようやく頭が相手が初めてのお客様だと認識し、慌てて椅子に座らせる。若奥様はおどおどした様子で、椅子に腰掛けた。視線をさ迷わせ、震える唇から吐き出された言葉。
「あの……子どもたちの父親の代わりを演じてほしいのです」
……! 早速きた初めての仕事内容は、かなり難易度の高いものだった。しかし、これを逃せばの垂れ死ぬこと間違いなし。かじりついてでも仕事を受けるつもりだ。俺は前のめりにならないように気を付けて、姿勢を正し話を聞く。
「……まずはお名前を伺っても?」
「ステラ・ティファニーと申します」
「ティファニー様ですね。俺、私は田中銀太と申します。今回は父親の代わりを演じるとのことですので、代わりの名前があるのでしたらそちらで名乗らせていただきます」
「ではーーアロイス、と」
その名前を口にした瞬間、強ばっていたステラさんの表情が和らいだ。しかし、すぐにその顔に陰が落ちる。泣くのをぐっと堪えるような、そんな顔。
どこまで突っ込んでいいものか悩むな。まぁ、父親の代わりを演じるのをこんなに綺麗な人が裏路地にある怪しそうに見えるレンタル屋に頼みにくるぐらいだから、よほどの事情があるのだろう。あまり突っ込みすぎて逃げられても困るし、ここは聞く体勢を保ったほうがよさそうだな。
「それじゃあ早速、お願いします」
契約書にサインをもらい、俺はステラさんの家に向かった。赤い屋根が目立つ、絵本に出てきそうなこじんまりとした家。小さな庭に色とりどりの花が植えられている。腕に抱えていた子どもをおろし、扉を開けた。
「ただいま。おかえり、ジェイコブ」
「リーねえ、ただいまっ」
ステラさんが、家の中に向かって「ただいま」を言ったあと、たどたどしく歩いてきたジェイコブに「おかえり」を言う。ジェイコブは、靴を脱いだらしっかりと揃え、家の中に入っていく。小さいのに、キチンとしつけがされているのがわかる。
俺も、2人に続いて家に入った。家の中は木の温もりに包まれている。道中、俺の腹の虫が鳴ったのを聞いて、ステラさんが小さく笑って買い物をして家に帰ったら何か作ると言ってくれた。
早速ステラさんが軽食を作り始めたので、邪魔にならないようにジェイコブの遊び相手でもしようか考えていたら、ジェイコブに手招きされる。
腹が減ってダルい身体にムチを打ってついていくと、1枚の扉をジェイコブが開けた。中には、ベッドが置いてあった。静かに横たわっているのは、1人の少女。
15、6歳ぐらいだろうか。開けられた窓から入ってくる風で、レースのカーテンが揺れる。まるで、1枚の絵画のように美しい姿。ベッドで小さく呼吸する少女は、浮世離れした美しさを持っていた。
気がつくと、ジェイコブがベッドのそばにある椅子によじ登っていた。慌ててジェイコブを抱き上げる。少女に向かって、小さな手を伸ばす。
「リーねえ、おとーさんだよ。おとーさん、帰ってきたよ」
ジェイコブの言葉に応える者は、いない。それでも、言葉を繰り返す。
「おとーさん帰ってきたよ、だから目を覚まして……」
ジェイコブの、消え入りそうな声に少女を見つめる。眠っているにしては、やけに静かすぎる呼吸。閉じられた瞼が開かれることはなく、ジェイコブが何度「リーねえ」と呼び掛けても、応じない。
「ジェイコブ、リーゼルはまだ眠いのよ。寝かせてあげて。さ、行きましょう」
いつの間にか部屋にいたステラさんが、ジェイコブを抱いて俺も部屋から出るように促す。大人しく部屋から出た。
ジェイコブは母親の腕の中で眠そうにうとうとしている。リビングに戻ると、軽食が用意されていた。
卵サンドとツナマヨサンドか2つずつ、コーンスープがお椀に入れられ湯気を立てていた。久しぶりのまともな飯……! ステラさんはジェイコブを寝かしつけてくるとのことで、サンドイッチとスープは食べていいと言われたので早速いただく。
「いただきます」
パンはふわふわ、モチモチでスープは濃厚で旨い。あっという間に平らげてしまった。「ごちそうさまてした」と手を合わせて一息つく。
そこに、ジェイコブを寝かしつけ終えたのか、ステラさんがきて椅子に腰掛ける。
「あの、旨かったです。ありがとうございました」
「いいのよ。それに、これからは私の旦那を演じるのだから、敬語もいらないわ」
かわいい子どもに、綺麗な奥さん。……俺がリア充だったら、今ごろこんな家庭を築いていたんだろうか。元の世界の俺は、惰性で生きていたようなものだ。
それなのに、一時的とは言え家庭をもつことになるなんて、人生何が起こるかわからない。しみじみと考えていると、ステラさんが沈痛な面持ちで口を開く。
「アロイスは……ここら辺では一番強い騎士だったわ。だけど、娘のリーゼルと大喧嘩した次の日。彼はリーゼルと仲直りすることなく魔物退治に向かいーーーー死んだ。遺体はまだ見つかっていないから、私は生きていると信じているし、子どもたちにもアロイスの死は知らせなかった。けれど、リーゼルはすぐにアロイスが死んだことを知ってしまって……ショックで自ら命を絶とうとして、今は深い眠りについているの」
飲んでいたお茶が喉に詰まるかと思うほど、重い話。しかも唐突にされたので心の準備もできず、俺はただ真面目な顔でうなずき続けることしかできなかった。
なるほど……昼間見たベッドで寝ていた少女は娘か。道理で綺麗だったわけだ。ステラさんの血があるんだもんな。ジェイコブは幼い子どもなりのかわいらしさもあるが、やはり男の子らしい部分もある。重い話から気を逸らすように、のんきなことを考える。
すると、ギシリと床が軋む音が聞こえ、向かい側に座るステラさんが息を飲んだ。小さく「リーゼル……!」と言葉を漏らす。
「お父さん……」




