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 世界はある日突然に終わった。

 そんな映画の筋書きを何度見たか知れない。巨大隕石が落下してきたとか、宇宙人が侵略してきたとか、人類みんなゾンビになってしまったとか。誰もが苦笑して「またか」と呟くようなありきたりなシナリオ。

 だから神様も嫌だったのだと思う。彼の綴る物語が人間の踏襲になってしまうというのは、彼にしたら耐え難いことだったのだろう。

 それでもぼくは何度も何度も思わずにはいられない。いっそのこと、神様が一思いに世界を殺してくれたら、むかしむかしに大洪水で全てを押し流してしまったように跡形もなく終わりにしてくれたら。こんなに虚しく空っぽにはならずに済んだのに、と。もしかしたらぼくたちは取り残されずに済んだかもしれないのに、と。世界を助けてくれればと願うよりも、そう願う方が多かったのはおかしなことではないはずだ。ぼくらの世界はもう助からなかったろう。誰もがそうわかっていたから逃げ出したのだ、恐れたのだ。神様はそんな死にかけの世界を不治の病に侵された重病人にしてしまった。痛み止めすらなく、死の間際まで苦しみ続ける残酷な病に。


 始まりは一人のうさんくさい予言者だった。

 自分はイエス・キリストの生まれ変わりだとか言って、各所からバッシングを受けていたことを思い出す。病衣みたいな真っ白な服に身を包んで、テレビの中の四角な世界で飄々としていた。見た目も言動も何もかも胡散臭かったけれど、新興宗教の教義を説くわけでもなく、ただ自分は予言者なのだと繰り返していた。そして急にひどく真面目な顔になって言うのだ、世界は終わります。いいえ、もう終わり始めています。お逃げなさい、お逃げなさい。

 大きな地震が起きて少なくない数の人が死んだ。みんな偶然だと思った。

 件の予言者が開いた集会の会場で爆発が起きた。たくさんの人が死んだ。彼も死んだ。

 観測されたことがないほどの雨が降って、街が一つなくなった。誰も彼のことを忘れられなかった。

 新種の伝染病が一部の地域で流行した。有名なお金持ちが宇宙に逃げると言い始めた。

 小さな国で国民のほとんどが死んだ。大きな怪物を見たと、生き残った人が言った。

 火山がいくつもいくつも噴火した。前触れもなく山が崩れた。また伝染病。地震。怪物。洪水。爆発。山火事。交通事故。落雷。津波。

 ぼくが今でも分からないのは、みんなどこへ逃げようとしたのだろうということだ。逃

げなさいといわれても、どこが安全かなんてわからない。どこかのお金持ちが言ったように宇宙なら安全だろうか。でもそのお金持ちが乗ったロケットは街に墜落して多くの死者を出した。神様はぼくらが思い浮かびうるあらゆる〝終わり〟を少しずついろいろなところにばらまいた。まるで滅びのフルコースですね、なんてあの子はぼくに言ったけれど、まさしくその通りだった。

 だから不思議で、ぼくには計り知れないことなのだろうけれど、人々はこぞってどこかに逃げ出した。予言者の男のお逃げなさいという言葉に従うように、どこへともなく逃避行を開始した。道は車で一杯になり、夜中もクラクションが鳴り響いていた。テレビには蠢く絨毯みたいに人が敷き詰められた空港とか、いつまでも電車の発車しない駅とかを映し出されていたけれど、いつのまにか砂嵐しか見られなくなっていた。

 ぼくだって安全な場所があるというのなら逃げ出したかったけれど、生憎ぼくは他の人たちのように行くべき先を知ってはいなかった。誰かに連れていってもらおうにも、クラクションが夜通し鳴り響いた次の朝、父親も母親も妹も家の中からすっかり消え去ってしまっていた。彼らがぼくを一人残して逃げ去ったのか、神様に消されてしまったのか、定かではない。どちらにしてもあまり信じたいことではないけれど、どちらかといえば前者を信じるべきなのだろう。妹が駄々をこねたのだろうか。思春期に入ったばかりの彼女は、兄であるぼくのことをひどく嫌っていた。

 電話帳を引っ張り出してお盆にしか会わないような親戚にも電話をかけてみた。虚ろなコール音を何度聞いたか知れない。そのあとに人の声が続くことはついぞなかった。しかしこれも彼らを責めるべきではないだろう。なにせ一一〇番ですら、つながらなかったのだから。

 それから一週間か二週間、ぼくは家の中にこもりきりで過ごした。怖かったのだ。外に出れば訳の分からないウィルスが流行っているかもしれない。見たこともない怪物が闊歩しているかもしれない。けれど、ついに何一つ家の中に食べられるものがなくなった。このままでもどうせ餓死するのならば、外に出たところで同じこと。ぼくが家から出たのはそんな消極的過ぎる理由だった。とても映画の主人公のような格好いい理由ではない。

 だから――こんな冗長なシナリオの映画はぼくは見たくないけれど――、この世界に取り残されたぼくを映画化するならここから先にした方がいいだろう。世界の終わりなんてみんな見飽きているのだ、その盛り合わせを冒頭に持ってくることはない。

 頭脳明晰、でもない。スポーツ万能、でもない。眉目秀麗、でもない。本当の本当にどこにでもいるありふれた高校二年生。少し勉強が嫌いで、友達と話しているのが好きで、通学途中の電車の中で気になるあの子を盗み見ることしかできない。

 実につまらない脚本に違いなかった。

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