1話 反道徳授業
表向き3万人と言われる自殺者、最近はネットで調べる人も多く、今回の依頼者も自殺サイトで知ったクチである。
細川幸大は俺の経験上優しすぎて死を選んだタイプで、俺とさほど歳の変わらない小学校教師。自殺の動機は学級崩壊でクラスがめちゃくちゃになってしまい、鬱に近い形でバナー広告を出してあるサイトを見たという人間だった。
「……楽に自殺出来ると聞いて来たんですけど、ここは?」
「安心してください、人に聞かれたくない話だと思うのでこっそり連れてきただけです。自殺ほう助になってしまうので色々と話せない事も多いんですが、お金もかかりませんので」
仕事上盗聴の可能性もなくはないので、俺の唯一信頼している嬢様に、依頼相談の時に使う部屋を用意してもらっている。それでも、念のために音楽の音量を上げて聞かれない工夫もしているが。
「その前に……貴方の事を調べさせてもらいました。細川幸大さん、K県で小学4年の担任を受け持っている教師で、学級崩壊してしまい自殺をしにここへ。生徒同士だけではなく、貴方にも暴行があったそうですね」
細川は驚いていたが、そんなもの俺には予測済みだ。気にせず話を進める。
「私どもは自殺ほう助という事をやっているのであまりクリーンではありません、自殺の方法は楽に死なせるという形でこちらが決めさせていただきます。無料の代わりに、死後臓器をこちらが使わせていただく形になっておりますが、よろしいでしょうか?」
「……構いません、楽に死なせてくれるなら何でも良いです」
書類にサインをさせ、印鑑ではなく拇印を押させる。これは後々使えるからだ。細川は不審がっていたが、自殺するという事もあって結局は押した。
そしてここからが本題である、というよりもこれが他のサイトとは違う1番の相違点である。
「これで、契約は完了しました。──細川さん、復讐したいと思った事はありませんか?」
「──えっ?」
「自分とは1回り以上歳の離れた子供に人生狂わされて、悔しくないですか?」
ここで俺が見るのはどんな反応をするかだ。穏やかな顔をして否定したり、生徒を擁護するなら終了だ、安らかに墓に入ってもらう。だがムキになったり、言葉に詰まるなら──。
「…………本音を言えば悔しいです」
喰いついた、これなら用意していたプランも無駄にならない、まあ、ダメでもある程度別の時用にプロットとして残しておくので使えなくてもどうでも良いのだが。
「一泡吹かせたいと思いません?」
細川は机を叩き、俺に思いの限りをぶつけた。
「……はい、出来るなら散々報復して死にたいです!! 人を人と思わないガキどもに大人の怖さを思い知らせて死んでやりたいんですよ!! あなたに分かりますか、この感情がっ!!」
ここまで強い思いがあるなら問題はない、俺はあるものを取り出し興奮している細川に見せた。
「そこまで強い思いがあるのなら、こういったプランを作っておきました」
細川にプランを見せるとあまりの荒唐無稽さに首をかしげていたが、俺は真剣な目で話を切り出す。
「私どもの方で色々と工作しておきますので、これをベースに希望を伝えて頂けたら予算の範囲内で組み込まさせていただきますので、どうぞ言って下さい」
「……これ、実行出来るんですか?」
「私どもは出来ない事は致しません、海王星で死にたいと言ってもお断りさせてもらっています。そしてどう出来るかは企業秘密にさせて頂いておりますので、怪しいと思われますがご了承ください」
完全に納得してもらえなかったが、希望を伝えてもらい、これに同意してもらうためのサインを書いてもらった。まあ、出されたプランは通常では理解出来ないと思っているので仕方ない。
「それでは1ヶ月以降でしたら用意が出来るので、それ以降のお好きな日にちに実行してください」
ちょうどこの日以降は夏休みが明けて登校をする日になる、それまでに工作を済ませておけるのであまり不審がられる事はない。
「……分かりました、よろしくお願いします」
「それでは、自宅にお送りいたしますので、しばらくの間眠って下さい」
血管に注射をし、細川の意識が朦朧とした所でアイマスクを付け、部下に自宅まで送らせた。
「さてと……もしもし、盛田です。例の件上手くいったんで、工作お願いします」
俺は協力者に電話し、実行のその日まで事務方の仕事や体力づくりに勤しんでいた。
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1ヶ月後、細川は早速それを実行することにした、新しく入った生徒を紹介しても誰も聞いておらず、細川は腹が煮えくり返る思いでメガネをかけた生徒を席に座らせた。
「お前ら、話を聞け」
「うるせー、黙れ先生!」
クラスの誰かがそう叫んだのを聞いて、細川は声のする方向へ椅子を投げた。
「……!!」
クラスが一瞬で静まり、細川は話を始める。
「お前ら、今日1日先生のいう事を聞いてもらうぞ、ちなみに扉は内側から開けられないようにしてあるし、蹴破れない様に頑丈にしてあるからな、トイレもここでしろ。窓も開かない様にしたからおとなしくいう事を聞けよ。──でなかったら」
「ああああぁぁぁっ!!!」
先ほど紹介したメガネをかけた生徒の腕に、ナイフを突き刺して全員に見せた。
「こんな感じで腕じゃなくて首を刺してやるからな、分かったか?」
クラス全員が一斉に凍り付き、あまりの事態に何も発する事が出来なかった。
「よし、お前らとりあえず殴り合え、男子は男子、女子は女子同士でやれ。いつもいじめられているヤツには俺が協力してやるから心置きなくやっても良いぞ」
生徒が何も動けずにいると、教卓を蹴り飛ばして叫んだ。
「さっさとやれって言ってるんだよごみクズどもが!! それとも全員ここで殺してやろうか?」
この緊張感に耐え切れなくなった一部の気が弱い生徒が、いじめっ子を思いっきり殴り倒し、それを皮切りに殴り合いが始まった。
「てめーのせいでこうなったんだ!」
「お前が俺を苛めるからだ! 俺は悪くない!!」
日ごろの恨みが爆発し、思っていた以上にいじめっ子が血まみれになり、中には気絶するものまで現れ始めた。
「おらおらおら! 少なくなったら男女関係なく殴らないと殺すぞ! さっさと殴れ! 殴りたいんだろ!!」
すると1人の女子生徒が泣きながら謝りに来た、鼻水を拭う余裕もない程必死に謝っていた。
「許して下さい、細川先生! お願いじまず!! 真面目に勉強じまずがら!!」
しかしその女子生徒を細川は黙らせるまで複数回殴り、血を吐かせると床に叩きつけた。
「黙ってろよ、治す気があったら何でやらなかったんだ! クズに何回もチャンスをやると思ったら大間違いだからな!!」
やがてほぼすべての生徒が気絶し、残りは腕を刺されたメガネをかけた生徒だけになった。そしてその生徒が細川に向かって話しかけた。
「満足しましたか? これで契約内容は全て実行いたしましたので、お約束通りこちらをお飲みください」
細川は錠剤を渡され、震える手で口に入れて呑み込んだ。途端に目の前が赤く染まり、一瞬激しい痛みの後床に倒れて動かなくなった。
それを見届けた生徒は、脈と瞳孔をチェックし死亡を確認した後、隠してあった通信妨害装置をオフにし、盛田に電話を掛けた。
「もしもし、盛田さん──完了しました、後はちゃんとやっておいてくださいね」
そして色の付いた錠剤を呑むとパタリと動かなくなり、学級崩壊以降初めてクラスが静寂に包まれた。