17.雲隠れにし、夜半の月かな
読者への挑戦状
瀕死の被害者が、風前の灯火たる残りの命を尽くして、自分をここまで追いやった憎き犯人の名を世間に広めるために、残すダイイングメッセージ。人間は瀕死の状態になると通常では想像ができないくらいに脳細胞が研ぎ澄まされると、以前に聞いたことがあります。そんな、ダイイングメッセージがテーマの推理小説を書いてみたくて製作したのが本作です。
今回の事件の最大の手掛かりは、もちろん被害者の用意したダイイングメッセージ、すなわち被害者が握っていた二枚の百人一首の札、ということになります。この謎を解けば、おのずと真犯人の名前が浮かび上がり、読者は、この事件の真相を手にすることができるでしょう。
でも、今回のなぞなぞは、これまでの如月恭助シリーズの作品、『白銀の密室』、『白雪邸殺人事件』、『宗谷本線秘境駅殺人事件』のいずれよりも、難しくなってしまっているような気がいたします。理由は、どこから攻略すれば答えを見つけ出すことができるのか、という糸口が、これまでの作品と比べてかなり漠然としているように思うからです。無論、賢明なる読者の皆さんが真相にたどり着くための全ての手掛かりは、これまでの文中に全部仕込んでおいたつもりですが……。
私はしっかりと隅から隅まで読んでいただいた読者の皆さんには、ぜひ、真相に到達してもらいたいといつも願っております。読者に真相を当てられないようにするミステリーを創るのは容易だと思いますが、読者の皆さんに真相を当ててもらって、なおかつ、それなりの満足感を得ていただける小説は、ぎりぎりの攻防になってしまうが故に、相当難しいことなのではないかとも感じています。
さて、それでは、もう一度、事件の最大の手掛かりであるダイイングメッセージの二首をおさらいしておきましょう。
まず、吉野小夜が握っていた札が、
君がため 惜しからざりし 命さへ
長くもがなと 思ひけるかな
藤原義孝 (第五十番)
そして、三条美由紀が握っていた札が、
小倉山 峰のもみぢ葉 心あらば
今ひとたびの みゆき待たなむ
貞信公 (第二十六番)
です。そして、二枚の札はいずれも字札でした。
さあ、読者の皆さん。この後の解決編で展開されることになろう、得意顔の恭助君によってなされる説明の文章を読む前に、今回の事件の真相は、もうおわかりになられたことでしょうか?
Iris Gabe
以上で、小倉百人一首殺人事件の出題編は終了です。そして、ここから先は、解決編となります。まだ、真相が解明できていない読者の方は、もう一度出題編を読み返して、ぜひ、真相を当ててみてください。
Iris Gabe