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小倉百人一首殺人事件  作者: iris Gabe
出題編
10/20

10.紅葉踏み分け、鳴く鹿の

「なんだい、いってみろよ」

 恭助がうじうじしている青葉に催促した。

「ええと、林先生の並べた上下左右の隣接札をつなぐ共通語の中で、いくらか納得できない場所があるのよ」

「たとえば、どこさ?」

「まず、麻祐ちゃんご推奨の在原業平の歌だけど、さっきの説明にもあったように、順徳院の歌を右上端に置くと、代わりに業平の歌の真横に来る歌が、入道前太政大臣、つまり藤原公経ふじわらのきんつねの歌になるわよね。だけど、この二つの歌を比べてみると、


 花さそふ あらしの庭の 雪ならで

  ふりゆくものは わが身なりけり


   入道前太政大臣にゅうどうさきのだいじょうだいじん (第九十六番)



 ちはやぶる 神代も聞かず 龍田川

  からくれなゐに 水くくるとは

   

   在原業平朝臣 (第十七番)


なんだけど、どう? 共通語が見つかる?」

「ええと、『嵐』や『雪』は業平の歌にはないし、『神』、『川』、『水』は入道さんの歌にはないと……。

 変だな。なにが共通語なの?」

「ええと、『ふる』ですね。入道の歌の『ふりゆく』と、業平さまの歌の『ちはやぶる』です」

 古久根が、恭助に説明した。

「そうかあ。なかなか苦しいね」

 恭助は苦笑いした。それを見て、青葉がさらに続けた。

「でしょう? それだけじゃないのよ。今度は業平のさらに反対側の左横に来る歌と比べてみると、


 ちはやぶる 神代も聞かず 龍田川

  からくれなゐに 水くくるとは


   在原業平朝臣 (第十七番)



 陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに

  乱れそめにし われならなくに


   河原左大臣かわらのさだいじん (第十四番)

(陸奥の信夫しのぶで作られる、石に当てた布に忍ぶ草をこすり付ける独特な染物であるあの『しのぶもぢずり』の乱れ模様のように、私の心は耐え忍ぶ思いで乱れています。誰のせいでしょうか? それは他ならぬあなたのせいなのですよ) 


の二首が並んでいるのだけど、やっぱりなにか共通語が見つかるかしら?」

「うーん、全くわからないなあ。なにも同じ言葉なんてないじゃん?」

「そこは、業平さまの歌の『くくる』と、河原左大臣の歌の『そめ』が、『くくりぞめ』という語を介して関連している、と解釈するそうです。たしかに際どいように思います」

 古久根がいいわけをするように解説した。

 さらに追い打ちを掛けて、青葉は続けた。

「その隣に来る歌が、


 奥山に 紅葉踏み分け 鳴く鹿の

  声聞く時ぞ 秋は悲しき


   猿丸大夫さるまるたいふ (第五番)

(山の奥で、紅葉を踏み分けながら鳴いている鹿の声を聞くときこそ、秋は物悲しく感じられるものだ)


でしょう。

 そして、さっきの河原左大臣の歌との共通語は、『なく』なのよ。これって、おかしくない?」

「問題ないんじゃないの? だって、『なく』とはっきり共通語になっているんだから」

と、恭助がのんびりと反論すると、青葉がキッとなって返した。

「でも、二つの歌で詠まれている『なく』の意味が違うじゃない? 『無く』と『鳴く』よ。

 さっきの共通語は意味で繋げておいて、今度は音で繋げているなんて、一貫性がないわ」

「青葉は真面目に考えすぎだよ。さすがはO型だよな」

 恭助があくびをした。その隣りを見ると、古久根が、口に両方の手を当てて、明らかに当惑している表情を見せていた。

「えっ、青葉先輩、O型だったんですか?」

「そう。典型的だろ?」

と、恭助が代弁した。

「ところで、恭助さんは何型ですか?」

「俺? 見たまんま……」

「ですよね、間違いなくB型ですよね。わかります」

 古久根がきっぱりと断言した。

「なんでわかるの?」

 恭助が不思議そうに首を傾げた。

「ええっ、だって、どう見たって、正真正銘、真性のB型ですよ。

 軽いし、責任感が全然ないし……」

「馬鹿にしているな? あのねえ、B型は最も天才が多い血液型なんだぜ。

 シャーロック・ホームズや明智小五郎、ルパン三世なんて、みんなB型なんだからな」

「ぜんぶ架空の人ばかりじゃない。それをB型だと断言できちゃうところが、まさにB型よね」

と、青葉が皮肉を返した。

「B型の人って、A型には強いんだけど、O型の人にはいつもやられちゃうんですよねえ」

「そういうまゆゆは何型なの?」

「私ですか。青葉先輩と同じで、O型です」

「やべー、O型包囲網にかかっちゃった。絶体絶命だ」

 恭助が舌を出した。

「ひどいですね。せめて、うら若き乙女に囲まれて幸せだ、といって欲しいですね」


 二人の漫才のような会話をよそに、青葉がぼそっとつぶやいた。

「話を戻すけど、歌物語説はとても面白いと思うけど、今いったように、右上エリアの札の並び方が、私はもうひとつ納得ができないのよ」

 青葉の意見に対して、古久根が答えた。

「業平さまの上に置かれた札だったら、


 あらし吹く 三室みむろの山の もみぢ葉は

  龍田たつたの川の にしきなりけり


   能因法師のういんほうし (第六十九番)

(嵐が吹き荒れる三室の山の紅葉が、龍田川の水面に降り積もって、まるで錦のように美しいなあ)


になっているから、『龍田川』という言葉で、業平さまの歌とばっちりつながっているんですけどねえ。

 たしかに青葉先輩にいわれてみると、業平さまの歌って浮いちゃっています。やっぱ業平さまって、なににつけても別格なんですかねえ」

「あはは、そうよね。歌織物の並び順を考えた時、業平の歌が置かれている場所は少し変な気がするわ。

 それに、逆に隣り合っていないことが不思議なくらいの、いくつかのペアもあるのよね。

 例えば、


 奥山に 紅葉踏み分け 鳴く鹿の

  声聞く時ぞ 秋は悲しき


   猿丸大夫 (第五番)



 世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る

  山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる


   皇太后宮大夫俊成こうたいごうのだいぶしゅんぜい (第八十三番)


の二つ。

 『奥山』と『鳴く鹿』がかぶっているのに、奇妙なことに、隣接していないのよ。

 さらには、


 これやこの 行くも帰るも 別れては

  知るも知らぬも 逢坂の関

 

   蝉丸 (第十番)



 夜をこめて 鳥の空音は はかるとも

  よに逢坂の 関はゆるさじ


   清少納言 (第六十二番)


も離れているのよ。『逢坂の関』という言葉が入った歌はこの二つしかないのに、おかしくない?

 それに、


 御垣守みかきもり 衛士ゑじのたく火の 夜は燃え

  昼は消えつつ 物をこそ思へ


   大中臣能宣朝臣おおなかとみのよしのぶあそん (第四十九番)

(宮中の衛士がともすかがり火が、夜は燃えさかっていても、昼になると消えてしまうように、私の心は物思いに沈んでいくのだ)



 長からむ 心も知らず 黒髪の

  乱れて今朝は 物をこそ思へ


   待賢門院堀河たいけんもんいんのほりかわ (第八十番)

(あなたの心がいつまでも変わらないなんて、そんなこと誰にもわかりませんよね。あなたとの逢瀬の後朝に黒髪が乱れてしまっているように、私の心も乱され続けております)


も、ほら、全く離れた場所に置かれてしまっているのよ。『物をこそ思へ』という言葉も、この二首にしかないのに……」

「ふむふむ。たしかに、隣り合っていてほしい歌ではあるよね」

 恭助は、一枚一枚確かめながら、同意した。

「他にも、


 難波潟なにはがた 短きあしの ふしの間も

  逢はでこの世を 過ぐしてよとや


   伊勢いせ (第十九番)

(難波潟に生える短い蘆の節と節の間のような、ほんの短い間もあなたとお会いすることはかなわず、このままいつまで過ごして行かなければならないのでしょうか)



 難波江なにはえあしのかりねの ひとよゆゑ

  みをつくしてや 恋ひわたるべき


   皇嘉門院別当こうかもんいんのべっとう (第八十八番)

(難波の入り江に生える蘆の刈り根のような、儚い一夜限りの契りのために、私はこれから澪標みおつくしの名のように身を尽くして、あなたを恋い焦がれ続けなければならないのでしょうか)


の二つは、隣り合っているからいいけれど、


 わびぬれば 今はたおなじ 難波なにはなる

  みをつくしても 逢はむとぞ思ふ


   元良親王もとよししんのう(第二十番)

(噂が立ってしまった今となっては、もうおしまいだ。こうなれば、難波にある澪標みおつくしの名のように、私の身を滅ぼしてでもあなたに会いたいものだ)


はポツンと離れているのよね。この三人が詠んだ歌は、共通な言葉がたくさん含まれていて、いつも比較される歌同士なのよ。これも気になるわ」

「『逢はむとぞ思ふ』って言葉は、さっき他の歌にもなかったっけ?」

「ああ、崇徳院の歌ね。でもこの歌とも離れているわね」


 瀬を早み 岩にせかるる 滝川の

  われても末に 逢はむとぞ思ふ


   崇徳院 (第七十七番)


「たしかに、崇徳院の歌と元良親王の歌は、『逢はむとぞ思ふ』の言葉を除けば、さほど意味が似通っている歌ではないけどね」

 恭助がぽそっとつぶやいた。

「この二つはどうですか?


 寂しさに 宿をたちでて ながむれば

  いづくも同じ 秋の夕暮


   良暹法師りょうぜんほうし (第七十番)

(寂しさに庵を立ち出て、辺りを見まわしてみたけど、どこも同じ秋の夕暮れであった)



 村雨むらさめの つゆもまだぬ まきの葉に

  きり立ちのぼる 秋の夕暮


   寂蓮法師じゃくれんほうし (第八十七番)

(村雨が降って、まだその露も乾かない槇の葉のあたりから、白々と霧が立ち上っている秋の夕暮であった)


も、どうせならくっついてほしい歌同士ですよねえ」

「そうよね。『秋の夕暮』だって、この二首しか使われていない言葉だもんね」

と、青葉も古久根に同意した。

「うーん。歌織物は、結末があまりに豪快だから、真実らしい感じがするけど、少々説明にこじつけっぽさが残るのも否めない、といったところか。

 でも歌物語って、駄作を混じえながらまでして、同じ言葉を含む歌を定家が意図的に集めた理由を、巧みに説明してはいるよね」

「とにもかくにも、百人一首に秘められた謎があるなんて、浪漫がありますよねえ」

「定家が、後鳥羽上皇や式子内親王に対して特別な想いを持っていたことも、事実でしょうし、百人一首が彼らへのメッセージを込めて編纂されたというのは、十分に可能性があるわよね」

と、青葉が全体を要約した。

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