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太平洋の突風  作者: 鶴岡
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三式襲撃艇・インパール

 インド攻略の第一作戦、インパール攻略は最終局面を迎えようとしていた。

 日本軍は既にインパール市街の半包囲に至っており、遥々パトカイ山脈を越えて輸送した四一式山砲や九七式曲射歩兵砲などによる砲撃が行われている。


 そして空でも戦いは繰り広げられていた。

 連日の如くイギリス空軍のスピットファイヤやモスキートが来襲するのだ。

 それに対抗するのは陸軍航空隊の三式戦飛燕と三式襲撃艇二型である。

 三式戦にもハ40の高出力型であるハ40乙の搭載が検討されていたのだが、三式襲撃艇二型でも生じた過給器の大型化問題への対応が間に合わなかったそうだ。


 ともかく、三式襲撃艇二型の諸元は以下の通りである。


○キ九四-II東京飛行機三式襲撃飛行艇二型

・全幅  :16.5m

・全長  :14.1m

・全高  :6.2m

・主翼面積:39.1m2

・自重  :4310kg

・発動機 :川崎航空機ハ40乙

      水冷V型12気筒1660馬力(双発)

・最高速力:674km/h(高度2800メートル・非爆装)

      621km/h(高度2800メートル・爆装)

・航続性能:巡航速度で5時間

・武装  :37mm機関砲×2及び12.7mm機関砲×2

・爆装  :250kg爆弾×2及び50kg爆弾×4

・装甲  :12mm厚表面滲炭装甲(操縦席周囲)

・備考  :水陸両用、翼端増槽


 その外観からして特徴的な翼端増槽は先の実験で用いられたベニア板製で容量200Lの物に代わり、ジュラルミン製で容量370Lと大容量で質の良い増槽が用いられている。

 消耗品である増槽にいくらか手間を掛けてしまっているが、そもそも襲撃機であるから増槽による旋回性悪化を許容出来てしまうため、スピットファイヤと空中戦をしない限りは投棄せず使い回しが出来るのだ。


 また、ここでは水上機の利点が顕著に現れていた。

 現在、三式襲撃艇らはインパール市街の南方30kmにあるロックタック湖を拠点に活動しているのだが、いくらイギリス空軍の砲爆撃に曝されても滑走路である湖面は何ともないのだ。普通の滑走路なら半日はかかる復旧がここでは波が収まる数秒を待てば良いのだから自然の力は絶大だった。

 唯一湖面に対して有効策といえる機雷の投下も、それが出来る大型爆撃機は三式襲撃艇二型が即座に撃墜出来てしまう。何しろ護衛機のスピットファイヤより三式襲撃艇二型の方が優速なのだ。


 そしてそのイギリス空軍機であるが、ある日を境に性能が落ちたように感じたと言う搭乗員が現れ始めた。

 それも一人の搭乗員が言う話ではなく、三式戦飛燕や三式襲撃艇二型の搭乗員に限る話でもなく、この戦線で最速を誇る百式司偵や最遅の九九式双軽爆など、あらゆる機体の搭乗員が口を揃えて言うのだ。


 確かにその日を境に空中戦での損害は減り、戦果は増えた。

 数字としても現れた嬉しい事実を喜びながらもその原因を探って見ると、アメリカが答えを持っていた。

 なんとアメリカ降伏までイギリスに輸出された高オクタン価ガソリンの備蓄がそろそろ無くなっている頃だというではないか。


 つまりあの日以降、イギリス空軍は低オクタン価ガソリンを使っているということだ。

 そうなると高オクタン価ガソリンの使用を前提に高性能過給器を搭載しているマーリンエンジンは酷い不調をきたしているはずだ。

 イギリス空軍機の性能が落ちたというのも納得である。


 地上のイギリス陸軍もインパール包囲が閉じるのを防ごうと奮戦するが、虎の子のマチルダ2型歩兵戦車すら忽ち三式襲撃艇に撃破されてしまう。

 日本陸軍がろくな戦車も対戦車砲も保有していないのに、こういった光景が何度も繰り返されているのだ。


 それに追い討ちを掛けたのが、日本海軍によるチッタゴンへの艦砲射撃である。

 補給線を守るために包囲が閉じるのを阻んでいるのに、チッタゴンが破壊されてしまっては補給物資が来るはずも無い。

 そもそもインパールを守っていたのは中国国民党へ支援物資を送る中継地点であるためだったのに、その大元のチッタゴンが破壊された今となってはインパールの戦略的意義が失われようとしていた。


 12月16日。インパールの包囲網は遂に閉じた。

 そして5日後の1943年12月21日、イギリス軍は降伏勧告を受け入れた。

 包囲網が閉じるまでに脱出の叶わなかったイギリス軍将兵3万人の降伏によってインパール攻略作戦は終了したのだった。

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