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太平洋の突風  作者: 鶴岡
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三式襲撃艇・チップタンク

 インドから資料として持ち帰ったスピットファイヤ用エンジン、正しくはロールス・ロイス製マーリン66エンジンを元に早速、川崎航空機でコピーもといハ40の改良型の開発が始まった。

 そしてイギリスの技術力とその方向性に感嘆した。

 マーリン66とかつてマレー作戦で鹵獲したマーリンXXを比較してみれば、相違点が過給器と気化器しか無かったのである。


 しかもマーリン66を試験して出力を計測したところ、なんと1700馬力を発揮したのだ。

 マーリンXXで1480馬力であったから、その差220馬力をイギリスは過給器の改良だけで向上させたのだ。


 その過給器もマーリンXXでは過給器のインペラが1段、つまりは1枚の羽根車でブースト圧を掛けていたのを、マーリン66では2段にしてブースト圧の向上がされていたのだ。

 言葉にするだけなら簡単であるが実際には、エンジン出力から取り出すインペラの駆動力が増加してしまうことや、ブースト圧の向上により吸気温度も上昇してエンジンの燃焼効率が低下することから、下手な設計をすると逆効果で出力は減少するのだ。

 それなのにこれ程までの出力向上を成し遂げたイギリスのロールス・ロイスの技術力からは底知れぬ物が感じられた。


 さらに今度はハ40にマーリン66の過給器を移植してみれば1650馬力を発揮した。元は1420馬力であるから230馬力の大差、これではあのような事故に至るのも当然であった。

 まあ過給器の性能が分かれば後はコピー、ではなく参考にしてハ40の改良型の開発をするだけであるから気が楽である。


 またエンジンの冷却方式に関しても、これまでの煩雑な加圧水式を取り止めて、アメリカから輸入したエチレングリコール液を用いた液冷式に改める事が出来るようになったため、信頼性向上と僅かながらも更なる出力向上の見込みもあった。


 所変わって東京飛行機でもハ40改良型の大型化する過給器に三式襲撃艇を対応させる必要があった。

 先の事故を起こした飛行戦隊では、エンジン架後方にまでせり出す過給器に干渉する燃料タンクを丸ごと撤去していたそうだが、そうすると燃料搭載量が340L、航続距離にして450kmも低下するのだ。これではよろしくないので干渉する部分を無くした新型燃料タンクが必要だった。


 だがそれでも燃料搭載量が減ることは変わらない。それに川崎航空機からはハ40の高出力化により燃料消費量が増大するという試験結果が寄せられていた。

 このままでは航続性能が悪化するであろうし、陸軍もそれに難色を示した。


 対応策としては、主翼の一式12.7mm機関砲を降ろせば幾らばかりか燃料タンクを増積出来るし、主翼やエンジンナセル下の爆弾架を増槽架に換装すれば増槽も搭載出来るのだが、陸軍は火力が減じられるとして否定的である。


 なのでそれ以外の、従来とは違う方式で燃料搭載量を増加する必要があった。


 そして、2つの案が生まれた。翼端、あるいはエンジンナセル上に増槽を搭載するという案だ。

 早速、これらの案が実現可能かどうか実験を行うこととなったが、流石にインド戦線での需要の逼迫している三式襲撃艇を使うわけにもいかず、海軍で余剰となっていた一式戦艇を買い戻して実験機とすることになった。

 もちろん増槽の投下を含む実験を市街地である荒川区で行うことは無理であるため、海軍横須賀鎮守府の一角を借りての実験だ。


 実験当日、翼端に1つずつの計2つの200L増槽を搭載した一式戦艇は、海軍横須賀航空隊の面々からの奇異なモノを見る目を集めながらも横須賀の海に降ろされた。

 東京飛行機のテストパイロットの操縦によって離水し高度3000mまで上昇。何度か旋回や宙返りをしてみて、ロール方向の舵が少し鈍くなっている事などを確認する。

 増槽投下、増槽架との接続の切れた増槽が燃料の白い尾を引きながら落ちていき、軽くなった機体が少しばかりフワリと浮き上がる。


 別段、翼端から落とすということ以外は変わらないように思えたが、どういう訳か違和感があった。

 テストパイロットが計器類を確認するが、はて、異常は無い。ではこの違和感はなんだろう。

 腑に落ちない思いを残しながらも一式戦艇は次の実験の為に着水した。


 次はエンジンナセル上への増槽搭載である。着水した一式戦艇をスロープで引き上げて作業に取り掛かる。

 それを見た観衆らがゲエッと声を上げた。

 それもそうだ。翼端に増槽を取り付けていたのでさえ目を引いたのに、今度はエンジンナセル上に搭載しようとしているのだ。何か気が振れているようにしか思えない。

 そんな気違いを見るような視線を集めながらも増槽の搭載は終わり、スロープから海面に降ろした一式戦艇がまた実験の為に離水した。


 高度3000mまで上昇し、何度かの旋回や宙返りという先と同じ過程をこなした後、増槽投下。

 プロペラ後流に巻き上げられるように増槽はエンジンナセルから浮かび上がり、そのまま後流に押しやられるように後方へ流れて行き、―――そして水平尾翼に衝突した。


 観衆らがアッと悲鳴を上げる。

 投下された増槽の内、右エンジンナセルから投下された増槽が、右水平尾翼に衝突したのだ。

 いくらベニア板で出来た脆い増槽とはいえ、飛行中に尾翼に衝突したとなれば重大な損傷に及んでいる可能性がある。


 皆が冷や汗を垂らしながら一挙一動を見守る中、一式戦艇が機体をバンクさせて主翼を振った。


 機体異常無し、の合図である。


 そして右水平尾翼を凹ませた一式戦艇は無事に着水した。今日の飛行実験は終了である。


 翌朝、海軍横須賀航空隊の手も借りて修理された一式戦艇には、その翼端に再び増槽が搭載されていた。

 昨日の飛行実験の結果から、エンジンナセル上への増槽搭載は廃案とされ、翼端への搭載に絞っての飛行実験が行われることとなったのだ。


 そして飛行試験の結果、驚くべき事実が判明した。


 翼端の増槽を投下する前と後で、速度がほとんど変化していなかったのだ。

 本来、増槽を搭載した飛行機というのは空気抵抗の増大から速度性能が悪化する。つまりは増槽を投下すると悪化していた速力が元に戻るのだ。

 それが無かったということは、翼端に搭載していた増槽が何らかの効果により速度性能の悪化を相殺していたという事だ。


 この発見により、増槽を翼端に搭載するという奇抜な案を採用することが決定されたのだった。

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