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太平洋の突風  作者: 鶴岡
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キ九三・大砲鳥

「イギリスがインドにマチルダ2型歩兵戦車及びクルセヰダー巡航戦車を多数配備している」


 そんな情報が陸軍の首脳部の耳に入ったのは1942年6月の事だった。

 これを受けて、1943年の春に予定していたビルマ・インド攻略作戦は大幅な軌道修正を強いられる事となった。


 なぜなら肝心の国産戦車の開発が輸送能力の限界から一向に進んでいなかったからだ。

 しかもマチルダ2型歩兵戦車の装甲を貫けるような対戦車砲や戦車砲が日本には僅かしか無く、これに相対しては進撃を阻まれるどころかこちらが殲滅される恐れがあった。そんな事があってはならない。


 そして陸軍は陸上兵器で対抗出来ないならと対地攻撃のできる航空機、襲撃機に着目するが、既存の九九式襲撃機では200kg爆弾1発の搭載がやっとであり対戦車攻撃能力が不足している他、旧式機であることが否めない。

 であるから優秀な対戦車攻撃能力を持つ、つまり機関砲や爆弾を多数搭載可能な新型襲撃機を造れば良いという考えに至ったのだが。はたしてそんな重量級襲撃機の運用に必要な長大な滑走路を前線に維持し続けるのが可能だろうか?

 無理だ。敵の良い目標となって砲爆撃により幾度と無く破壊されてしまうだろう。

 だからといって戦線の後方から出撃させるようでは、襲撃機が戦線に辿り着く頃には友軍地上部隊はイギリス戦車に蹂躙された後。そうであっては襲撃機の存在意義が無い。


 どうしたらインドの前線で重量級襲撃機を運用出来るだろうか。陸軍首脳部が悩みに悩んだ末、一式戦艇を思い出した。


「滑走路設備が整うまで陸上機の代わりに使う」


 確か海軍の奴は水上機についてそんな事を言っていた。ということは、水上機は滑走路の要らない飛行機。

 それならば、新型襲撃機も水上機にしてしまえば滑走路の心配も無用。いや、陸軍の飛行機なんだから陸上での運用も可能な方がいいのか?


 よく分からないが、とりあえず話しを持ち掛けてみよう。確か一式戦艇を開発生産していたのは東京飛行機だったか?


 そういった陸軍内での紆余曲折を経て東京飛行機に以下のような要請がされた。


「河川の多い地勢であるビルマやインドで機動的な侵攻作戦を実施するためには水上機が必要である。よって、来年春に予定しているビルマ・インド攻略作戦に向けて一式戦艇の陸軍仕様型、及び水上襲撃機型を供給せよ。また水陸両用であれば尚の事良い」


 これには東京飛行機も慌てた。なにしろ第二次米本土空襲に向けて二式戦爆艇の生産に負われていた最中であり、さらに新型機を造っては東京飛行機の生産能力が耐えられなかった。

 二式戦爆艇を陸軍仕様にすればいいという安易な案も出たが、水陸両用というのも頭痛の種だった。


 そもそも水上機というのは着陸の際、艇体という広い面で衝撃を分散させることが出来るために強度を削って軽く造れるというメリットがある。だから一式戦艇もこれに則って設計された。

 だが陸上機は水上機と違って衝撃が降着装置に集中するため、より強度が必要となってしまう。そのため水上機を陸上機化すると重量が嵩み、低性能となってしまう。


 こういった諸々の事情を水上機の運用経験の無い陸軍になんとか説明し、それに応じて一式戦艇の陸軍仕様型は取り下げられ、水上襲撃機型のみ改めてキ九四として以下の要求仕様が提示された。


○キ九三水上襲撃機要求仕様

・発動機 :ダイムラー・ベンツDB 601

      水冷V型12気筒1175馬力(双発)

・最高速力:高度2,800メートルで時速350ノット(648km/h)以上

・航続性能:巡航速度で5時間以上

・武装  :37mm機関砲×2及び20mm機関砲×2 または 37mm機関砲×2及び12.7mm機関砲×2 または 30mm機関砲×4

・爆装  :250kg爆弾×2及び50kg爆弾×4 または 100kg爆弾×4及び50kg爆弾×4

・装甲  :8mm厚表面滲炭装甲(操縦席周囲)

・備考  :水陸両用の双発機であること。


 これを見た東京飛行機の設計者らは口を揃えてこう言った。


「あれ、要求がさらに過激になっていないか?ダイムラー・ベンツDB 601ってなんだ?37mm機関砲×2ってなんだ?表面滲炭装甲ってなんだ?なんで水陸両用案が撤回されていないんだ?陸軍は空飛ぶ戦車でも夢想しているのか?」


 これら要求仕様を満たすため、設計部内で空飛ぶ戦車との渾名が付いたこのキ九三にはいくつかの新機軸を取り入れての設計が進められた。


 その一つがモノコック装甲である。

 操縦席を覆う8mm厚の鋼鉄なんてのは飛行機には重過ぎるが、相応の強度も持っているのも確か。ならば構造材にしてしまえとモノコック装甲にされてしまったのだ。

 そうして装甲板はまるで浴槽のような形に溶接され、挙句の果てに頑丈だからと前面には37mm機関砲の連装砲架が、底面には格納式降着装置の基部が取り付けられる始末である。


 まあこれら新機軸を取り入れても双発単座飛行艇であるから、概形は一式戦艇のままいくらかスケールアップしたような形に纏められた。


 そして1943年4月。まだ対米戦勝利の余韻が残る中、試作第一号機が完成し隅田川の岸に浮かべられた。

 何やらすぐには飛ばないらしく、今は格納式降着装置の展開や格納を繰り返している。どうやら人力でクランクを回して操作するようだ。また展開した降着装置を木槌で叩いてしっかり固定されているか確認している様子も見られる。

 その降着装置の試験だか点検が終わるとようやくエンジンが始動させられた。

 バババと、ハ9シリーズとは違う腹を打つようなエンジン音を掲げて離岸する。

 そして加速。以前と違い、白鬚橋を潜る前からエンジン音が大きい。そして言問橋の手前で離水。毎度のこと、言問橋で水を被せられた観衆らが歓声を上げるのは名物だろうか。


 この日、既にビルマ攻略作戦は始まっていた。その航空作戦には陸軍航空隊や、対米勝利で余裕の生まれた海軍航空隊が参加する事となったが、続くインドでは内陸奥深くでの戦闘となるだろう。

 そしてイギリスはアメリカという同盟国を失った今、何としてでもインドを守ろうとするだろう。そうしなければ先が無いからだ。

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