夏に咲く花
タイトルは花火っぽいですが花火は出てきません。
誤字脱字等ありましたら、ご報告お願いします。
体が熱い。
朝、暑さで目が覚める。7時55分。アラームの鳴る5分前だ。のそのそと布団から出て洗面所に向かう。冷たい水で顔をじゃばじゃば洗うとさっぱりして目が覚めた。朝ごはんを食べて、着替え終わると荷物を持って玄関へ向かう。いつも通りだ。そして私は小さくつぶやく。
「行ってきます」
返事はない。
外へ出ると蝉がうるさいほど鳴いている。ちょっとやる気が削がれた。でも行くしかない。じりじりと照りつけてくる太陽の下を歩いていく。じりじり体力も削がれていく。大根おろしにされている大根の気分だ。
30分かけてやっと学校へとたどり着く。中へ入ると日陰なのと扉が開いているおかげでとても涼しかった。下駄箱で上靴に履き替え、2階へ上がる。そして1番奥にある第3美術室に入った。
「おはよう、吉田さん」
少し声がうわずった。最近誰とも話していなかったのが悪かったか。
私の声を聞いてパレットを持った女の子が振り向く。その顔には優しげな笑顔が浮かんでいた。
「おはよう、山本君」
***
吉田さんと初めて話したのは1学期の終わりごろだった。吉田さんは同じ1年生。しかしうちの学校はクラス数が多い。私は1組、吉田さんは8組だったのでほぼ会うことはなかった。
そんなある日、私は涼しくて人のいない所はないかと校内を歩き回っていた。すると第3美術室の扉が少しだけ開いていたのだ。覗いてみると誰もいないようだったので悪いとは思ったが涼しかったので少しだけ、と中に入ったのだった。
***
「あの時はお化けかと思ってすごくビックリしたんだよ?」
実に吉田さんらしい驚き方だ。可愛らしい。私がくすっと笑ったのに気が付いたようで、吉田さんはむすっとしてしまった。
「あ、今アヤのこと子供っぽいなーって思ったでしょ」
「思ってないですよー」
私がにっこり微笑んで言うと、吉田さんは余計にむすっとして用意を続けた。
***
吉田さんが第3美術室に入ってきた時はすごく驚いた。「すみません!今すぐ出て行きますから」と言って部屋を出ようとした。「待って」と言って腕を掴まれた時には怒られると思い、少し怖かった。しかし彼女の口から出てきたのは「もうちょっとここにいて欲しい」という予想外の言葉だった。
吉田さんの椅子から少し間をあけて隣に椅子を置く。彼女はもう絵を描き始めているようだ。数秒彼女の横顔を見つめ、勘付かれないうちに視線を戻す。そして万年筆と原稿用紙を出す。
吉田さんに隣にいるだけでいいと言われ、用意された椅子に座った。ぼーっとして座っていると彼女はさらさらと絵を描き始めた。どうやら花の絵のようだ。筆のタッチはとても繊細で、まるで花弁を撫でる花の女神のように優しかった。
座っているだけですることがないまま、しばらく絵を描く様子を見ていた。ふとこの部屋へ来た理由を思い出し万年筆と原稿用紙を出して、するするとペンを走らせた。
***
一段落したのでペンを置き、時計を見ると時刻は既に昼前だった。
「吉田さん。もうすぐお昼ご飯の時間だし、そろそろ片付けよう」
「……あ、うん。もうそんな時間なんだ。早いなあ」
吉田さんの言葉を聞いてふと気になっていたことを思い出したので彼女に聞いてみることにした。
「吉田さん最初会った時に山本君が隣にいると筆が進むって言ってたよね」
「うん」
「私も吉田さんの隣で小説を書いているといつもより筆が進むんだ」
私がそういうと彼女はふわっと微笑む。
「じゃあ私達一緒だね。なんか嬉しい」
その笑顔に反応して、私の心の中で何かがきらっと輝いた気がした。
私は吉田さんの片付けを手伝い、すぐ2人とも片付け終わる。私は鞄を肩にかけ、吉田さんはリュックを背負う。
「また明日。ばいばい山本君」
そう言って吉田さんは扉へ向かう。
「待って」
ぱっと吉田さんの手を掴む。あの時と逆の立ち位置になった。
「や、山本君どうしたの?」
自分でもなぜこんなことをしたか分からない。こうなったら勢いに任せてしまうしかない。
「……好きだよ、アヤの絵」
吉田さん、いやアヤはとても驚いた様子だった。少しの間を空く。頬をほんのり赤く染めた彼女は少し照れながら、
「ありがと。はじめ君」
と言った。
その時心の中で何かがぱちんと弾けた気がした。
アヤが動き出すより先に扉へ走った。階段を駆け降りて、靴を履き替え、すぐに学校から出た。帰り道まで追いかけて来ないのは分かっていたが、家まで走って帰った。
日差しと走っているせいで体は熱くてしょうがなかったが、胸の中の気持ちはそれより熱くなっていた。
人物紹介。
山本 はじめ:男。小説書いてる。ヘタレ。一人称は「私」。
吉田 文香:女。絵描いてる。癒し系。一人称は「アヤ」。