Episode1, それが彼等の日常・上
東京の朝は忙しい。車が次々と通り過ぎ、人々は人ごみをかき分け、街全体が少しでも早く目的地に辿り着こうとせわしなく動き回っている。
そんな街中にある、とある雑居ビル。
その一角に、「万相談所・同影」と二階の窓に貼られたビルがある。外の雑踏から切り離され、そこだけ静かな雰囲気を醸し出している。
その前に、20代半ば程の女性が佇んでいた。手には、『犬捜しから○○まで何でもござれ!万相談所・同影』と書かれたチラシを持っている。彼女は、チラシとビルとを交互に見ながら、恐る恐るといった風に階段を上がっていく。そして、ドアの前に辿り着くと緊張をほぐす様に深呼吸を一つ。
「失礼しま……」
ノックをして、ドアを開けた彼女が見たものは、
仁王立ちになり、無表情の中に般若のオーラを宿している青年と。
無愛想な表情で正座している(させられている?)青年だった。
仁王立ちしている青年が口を開く。
「さて、愚兄。ここに一つの家計簿がある。これに、本来は存在しないはずの謎の出資が見受けられるんだが、これはどういう事だろうか?」
すると今度は、正座させられている青年が口を開く。
「決まってるだろ。その依頼は俺が担当していたんだ、一部を俺の研究費に当てて何が悪い」
悪びれた様子が全くないその口調と姿勢に、仁王立ちしている青年の般若が大きくなった。
「……………そうかそうか。いい度胸だ。愚兄、お前今月の給料魚肉ソーセージ一本だからな」
「はあ?何ふざけてるんだ。しっかり貰うに決まってるだろうが」
「お前こそ何をふざけてるんだ。先月も、その前の月も、収入の一部がお前の個人的な費用に代わってるだろうが。寧ろ、今の今までお前に給料を払い続けた俺に感謝するべきだろう。さあほら、給料を払ってほしければ俺に謝れ。そして、二度と店の売上を自分の研究費に当てないと、書類上で俺に誓え」
「何を言ってるんだ。嫌に決まってる」
「何で決まってるんだ。大体、お前はいつもいつも……」
「………」
唐突すぎる光景に言葉を失う。室内を見渡すと、いるのは彼らだけではない事に気付いた。ソファに座り我関せずといった風にそっぽを向いている強面の男性。互いに顔を見合わせ、おろおろと状況を眺めている銀髪の女の子と黒髪の女の子。どうやら、あの二人の口論を誰も止める気が無いようだ(止める勇気が無いだけかもしれないが)
「……あ!いらっしゃいませ」
と、女性の死角から声が掛けられた。青年二人を除き他の人も気付いたようで、こちらに視線を向けてくる。一瞬来た事を後悔し冷や汗を垂らすが、頼みたい事があるのを思い出しグッとこらえる。そして、声を掛けてきた人物を見ようと首を回すと、
純白メイド服に身を包んだ少女が佇んでいた。
「ようこそいらっしゃいました。今、お茶をお持ちしますので、そちらのソファでお待ちになっていただけますか?」
ポカンと呆けている女性を、丁寧な口調で招き寄せる。
「え、ええと……貴方はここの従業員なの?」
「あ……すみません。わたくし従業員ではないので、少々お待ちいただけますか?」
訳が分からない。何故従業員でもないメイドがこんなところにいるのだろうか。混乱する頭を必死に動かし、とりあえず言われた通りに隅に置かれたソファに座る。
「何か相談か?」
ソファに座ると、正面には先程そっぽを向いていた強面の男性がこちらを射抜く様な視線で見てきていた。
「え、ええ……まあ」
わずかにたじろぐが、何とかそう返す。
「そうか。おーいお二人さん!依頼人だ」
男性が呼ぶと先程まで口論していた二人の視線が女性へ向いた。
「あ…すみません、見苦しい所を」
「この馬鹿がうるさくてすみません。依頼ですね、分かりました」
「あ、いえ…あの、お気になさらず……」
口論していた時とは打って変わって丁寧な言葉遣いに女性はまた戸惑ってしまう。
厄介な所に来てしまった、と女性は本気で後悔した。
*****
「……それではまず、自己紹介をしましょう」
一度場を仕切り直し、テーブル越しに青年二人と向かい合う。
「初めまして、ここ万相談所・同影の店長をしています。影炎(jb2054)と言います。そして、自分の隣にいるコイツが…」
「副店長の同胞(jb1801)です。愚兄とは、双子の間柄です」
「白鳥鈴音です。今回はよろしくおねがいします」
「そこにいる三人は最近入った従業員です」
影炎が指さす先には、先程の男性とおろおろしていた女の子二人がいた。
まず、強面の男性が口を開いた。
「牙撃鉄鳴(jb5667)。よろしく」
続いて、銀髪の女の子。
「ファラ・ロドバティル(jb5601)です。ファラと呼んで下さい」
そして、黒髪の女の子。
「春都(jb2291)です。よろしくお願いします。そこにいる影炎さんと同胞さんの義妹です」
「あ、はい…よろしくお願いします」
「さっきは失礼しました。来客に気付かずに…」
同胞が、先程の般若とは対照的な柔らかい声で謝罪を言ってくる。
「あっいえ、いいですよそんなに謝らなくて。こちらこそ、大変な時にお邪魔してしまって、申し訳ありませんでした」
「いえいえ、お客様を待たせてしまった事は自分達の責任です。大変失礼しました…」
「いえ、私も返事も無いのにいきなり開けてすいませんでした」
「いえいえ、自分が…」
「いえ、私も…」
「あー。そろそろいいか?」
謝罪の無限ループに落ちそうになっていた二人に、影炎が気だるげに声を掛けた。
「……それで。今日は依頼で来たんですよね?」
「あっ!そうでした」
「あ、そういえばそうだったな」
「………」
同胞を呆れた様に見やり、女性に視線を戻す。
「それでは…。ようこそ、万相談所へ。貴方の依頼、しっかり完遂させていただきます」
*****
「実は最近、私のペットが家から逃げてしまって…」
「なるほど…という事は、依頼はペットの捜索でよろしいですか?」
「はい」
「分かりました。では、そのペットの写真などは持っていますか?」
「はい。この子です」
白鳥が鞄から取り出した写真には、赤い首輪にチェーンを付けた黒い犬が写っていた。
同胞が写真を覗き込む。
「可愛いですねぇ。犬種は?」
声が微妙に変化している。犬好きなのだろうか。
「犬種はアメリカン・コッパー・スパニエルという犬種です」
「なるほどなるほど。人懐こいですからねぇ、可愛いですよねぇ」
様子がまるで違う同胞に若干引きながら、彼女は続ける。
「名前は白って言うんですけど…」
『………白?』
全員が聞き返す。どこからどう見ても、白の要素が無い。
「えっと……おかしいですよね」
「…まあ、人によって付ける名前は自由ですからね。それで、この子はいつからいなくなったんですか?」
いち早く復帰した同胞が尋ねる。
「昨日の事です。夜中に白が突然吠えだして…5分くらいで静かになったので、その時はそのまま寝たんですけど…。朝起きて、白の散歩に行こうとしたら、チェーンが途中で切れてて白がいなくなってたんです」
「チェーンが?」
「はい。もう何年も使ってて錆びついてて…そろそろ代えようかと話してたんです。そしたら、こんなことに…」
そう言って、白鳥は悲しげに俯く。
「そうなんですか……。安心して下さい。それなら、意外と早く発見出来そうですから。犬が半日で移動出来る距離は限られます。今日中にでも見つけてみせますよ」
「ほ、ホントですか!よかった……」
白鳥は泣きそうな顔を上げ、嬉しそうに笑った。
「しかし、何故警察に言わないんですか?そっちなら、お金もかからないのに…」
「警察はちょっと…今は忙しいから、って言われて…」
『…続いてのニュースです。昨日の深夜11時頃、また撃退士が襲われる事件が発生しました。被害者は、複数に囲まれて襲われた、と証言しています。今回、撃退士が襲撃される事件は以前から発生しており、警察も犯人の捜査に追われていますが、状況は芳しくない様です。……』
つけっ放しにしていたテレビから、女性キャスターの声が聞こえた。
「…そういえば、最近撃退士狩りが起こってるんだったな。俺達も、気をつけないとな」
同胞がぼんやりとテレビを見ながら言う。
「……お兄ちゃんが言うと、説得力ない」
近くでぼそっと春都が呟いた。
撃退士狩り。最近、撃退士のみを襲う撃退士狩りが頻発している。襲われた撃退士達は、武器を奪われ病院へ搬送される程の重傷を負っているらしい。
「同胞お兄ちゃん。もし襲われたとしても、撃退しちゃだめだからね」
「分かってるって」
春都に言われ、苦笑する同胞。
撃退士には、一般人にその力を振ってはいけないという、「撃退法」という法律が適用される。故に、彼らは例え暴力を振われようと、決して一般人を傷付ける事は許されないのだ。
「…なるほど。確かに、最近警察はさっきのニュースにかかりきりらしいですね」
「そうなんです……」
「すみません、変な勘繰りを……。では、白ちゃん捜しを始めるか。とりあえず、人に聞いてみたり、チラシを作って街中に貼りつけたりするか。愚弟、ちょっと手伝え」
「了解」
二人は写真を持って、奥のドアに消えて行った。
「ふう……」
白鳥はソファにもたれかかり、ぐるりと室内を見回した。
こうして見ると、外から見た時とは驚くほどに中は広い事に気付いた。室内は綺麗に整頓されており、タイル張りの床にはほこり一つない。窓もしっかり磨かれていて、全体的に客に清潔感を与えている。
「お茶をどうぞ」
コトッと、目の前にお茶を置かれる。見ると、先程の純白メイドが。
「あ、ありがとう…。えと、貴方は……」
「申し遅れました。私、斉凛(ja6571)と言いますの。よろしくお願いしますわ」
スカートの端を摘み、優雅にお辞儀をするメイド。
「よろしくね、凛ちゃん。…あっ、そういえば。何で従業員じゃないのに、ここでメイドなんかしてるの?」
「あ、そ、それは……」
途端に恥ずかしげに俯く斉。白鳥が首を傾げていると、
「凛さんは、同胞さんの彼女なんですよ」
「ちょっ、春ちゃん!」
横から春都が真相を教えてくれた。なるほど、と白鳥は納得した。
「彼の事、好きなの?」
「……」
恥ずかしそうに、小さく頷く。
「どこが好きなの?」
「えっと……優しい所、とか…」
とてもではないが、先程まで兄を正座させていた人間を優しいと思う事は出来ない。白鳥は思ったが、口には出さなかった。
「ええと…春都、ちゃんは、彼氏とかいないの?」
「あっいますよ~」
「俺はいないな」
「私もまだ…」
女子が集まると定番と言っていい恋話に、女性陣は昼頃まで時を忘れて話し込んだ。
ちなみに、その間牙撃は居心地悪そうに、端っこでお茶を飲んでいた。
*****
「……では、白ちゃんを見つけた場合はすぐに知らせますので、それまで待っていてください」
「はい、ありがとうございます…」
再びテーブル越しに向かいあう白鳥と影炎。同胞は、他の従業員に指示を出している。
「自分は街にチラシを貼りますから、牙撃さんは写真を持って色んな人に白ちゃんを見たか聞いてみて下さい」
「分かった」
「春都とファラは、電話があった時の為にここで待機してくれ」
「はい♪」
「分かりました!」
「皆さん……どうか、よろしくお願いします」
白鳥は再び立ち上がって深く頭を下げた。
「承知した。報酬はちゃんと用意しておけ」
「任せて下さい!私達がやれば、すぐに白ちゃんを見つけ出せますから!」
「頑張ります!」
変な人達だけど頼もしい。白鳥はそう感じながら、相談所を後にした。
*****
「さて。んじゃ、さっき言った通りにやるか。皆、頼むぞ」
「了解!」
「承知した」
「頑張ります!」
春都が可愛らしく敬礼し、牙撃が軽く首肯し、ファラが胸の前で両拳を握り合わせる。それぞれの反応に影炎はうんうんと満足そうに頷いて、
「じゃ、後は頑張れ」
ごろんとソファに横になった。
「待てコラ」
ビュッ、と風切り音と共にブックスタンドが飛ぶ。それを平然と指二本で受け止める影炎。
「お前、皆が結託して頑張ろうというのに、何自分だけ寝ようとしてるんだ?」
「あん?別に、白を見つけるのに全員で行く必要はないだろ?俺はここで待ってるよ」
「ええっ!?急にどうしたの、影炎お兄ちゃん!さっきまであんなに乗り気だったのに…」
「う~ん……何か、面倒くさくなった」
完全にソファの上で脱力する店主。同胞を除く全員が、その反応にどうしたものかと迷っていると、
「やあ、こんにちは」
ドアが開け放たれ、一人の青年がニコニコとした笑顔で入ってきた。
「いらっしゃいませ…って、沙原さんですか」
「おや、僕が来ちゃいけないのかい?」
彼の名は、沙原 葉月(jb5655)。ほぼ毎日ここへ来日し、特に何もせずに従業員と駄弁っているだけの青年である。
「別にいけなくはないですけど……今は依頼中なんです」
「あ、お仕事かい?……行ってらっしゃい。頑張ってね」
一瞬だけ真面目な顔になるが、すぐにまたニコニコとした笑顔に戻ると、近くのソファに腰掛ける。一方で、同胞と影炎の口論も始まっていた。
「いいか愚兄。お前はこの店の主なんだ。そのお前がやる気を出さないと、店全体の士気に関わるんだぞ。分かるな?」
「お前に言われなくとも分かってる。だが、ここの奴らはしっかりしてるからな。俺がいなくとも何とかなるだろ」
「そういう事を言ってるんじゃない。お前のその態度が、店の士気、果てに至っては客への信頼関係から売上にも関わるんだぞ。見ろ。ただウチに来て、特に依頼もせずにダラダラ喋ってるだけでいつも腹黒そうな笑顔を浮かべている沙原からも頑張れと言われてるんだ。早くやる気を出せ」
「言っとくが愚弟。お前今かなりの悪口を言ったぞ」
ソファの上で軽く凹む沙原。
「……分かった愚兄。こうしよう。この依頼を無事に完遂出来たら、お前の今月の給料を守ってやる。だから面倒くさそうにしてないで仕事しろ」
「……はいはい」
同胞に言われ、重い腰をやっと上げる。
「俺は適当に回って、聞き込みをしてくる。後は任せた」
そう言い残し、影炎は出て行った。
「……同胞。大丈夫なのか?あれ」
「大丈夫ですよ。いつもあんな感じで、パッと解決してきましたから」
呆れた様子の牙撃と、何も心配してない顔の同胞。
「さて、俺達も行こう。早く、白ちゃんを見つけないとな」
「ふふ……僕って、そんなに邪魔だと思われてたのかな…」
「そ、そんな事ないですよ!きっと、同胞お兄ちゃんが影炎お兄ちゃんのやる気を出させる為に沙原さんの名前を使ったんですよ!別に邪魔とかも言ってないですから!」
気が付くと、ソファで何故か凹んでいる沙原とそれを必死に慰めている春都の姿が写った。何故凹んでいるのか理由を聞きたかったが、今は依頼が優先だと言い聞かせ同胞と牙撃は相談所を出て行った。
*****
とりあえず街に散らばって、情報を集める事にした。
牙撃鉄鳴は東京の大通りへ出て聞き込みを行っているが、なかなか芳しい成果が得られていない。
「なあ、ちょっといいか?」
「あ、はい…。何でしょうか?」
「この犬、白というんだが。どこかで見た事はないか?」
「あ、えと……いいえ。すみません…」
「そうか。すまない」
先程からこれの繰り返しである。もう数えるのも面倒な程聞き込みを続け、既に陽が傾きつつある。
少し休憩をしようと、牙撃は大通りを抜け近くの公園のベンチで缶ジュースを飲んでいた。
「しかし、なかなか目撃証言がないな。ここには来ていないのか…?」
ちびちび飲みながらぼやく。
彼は元々、フリーで何でも屋をしていた。
しかし、最近依頼人に逃げられたり、依頼をしてくる人がいない等でお金が無くなり、久遠ヶ原学園に来る前は野宿生活だった。それまでの彼の食事は雑草に公園の水のみだった。
しかし、ふと辿り着いたこの事務所で彼は同胞に雇われたのだ。そのお陰で、彼は失った事務所を再び取り戻し、人並みの生活を送る事が出来ている。本来なら、この缶ジュースでさえ彼にとっては御馳走なのだ。
(同胞には感謝してるしな。それに、これを成功させないと依頼人から金も貰えないし)
金、次に恩義。この二つで彼は動いている。不思議と、彼にはそれが心地よかった。ここに来てから、毎日が楽しく、収入もグッと上がった。一人で活動していた時とは比べ物にならないくらい、日々が楽しかった。
(まあ、第一の基準は金だがな)
彼は苦笑気味に笑った。
「さて、犬捜しを続けるか」
そのままベンチから腰を上げようとした所で。
「動くな」
背後から、敵意のこもった声がかけられた。
「…っ!?」
後ろを振り向こうとした瞬間、後頭部に固い物が押しあてられる。それで、自分の現在の立場を理解した。
「座れ」
カチリ、と音がしたのは拳銃だろうか。牙撃は浮かしかけた腰を下ろしながら考える。声からして、後ろのいるのは男か。何故自分を狙うのか。そう考えた所で、ある仮説が頭の中で浮かんだ。
「武器を全部出せ」
その一言で、仮説は確信へと変わった。
「…今流行りの撃退士狩りか?」
「だったらどうする」
「……何故こんな事してるんだ?俺達に恨みでもあるのか?」
「お前には関係ない。早く武器を全部出せ」
拳銃が、せっつく様に牙撃をたたく。せっかちだな、と牙撃は冷えた頭で考えながら、密かに迎撃の為の準備を整えた。
「………断る、と言ったら?」
「……じゃあ」
その瞬間、牙撃は横にとんだ。
「っ!?」
突然の行動に一瞬固まる男。慌てて銃を向けるが、
「遅い」
すぐさま牙撃は下に向け銃を放つ。ボンッという音と共に、たちまち辺りが白い煙で見えなくなる。
「くっ!」
男は牙撃がいるであろう場所に躊躇い無く発砲。が、既に牙撃はいなくなっていた。
「まだ近くには行ってないはずだ!探せ!!」
男が指示すると、公園の脇からさらに3人の男が出てきた。彼らは警戒しながら、公園を背中合わせに見渡すと。
カラン、と音がした。
瞬間、男達が一斉に音のした方へ銃を放つ。
しかし、彼らが撃ち抜いたのは先程牙撃が飲んでいた缶ジュースだった。
「野郎!」
「落ち着け。…人が集まってきた。俺達も逃げるぞ」
激昂する男を窘める男性。彼の言うとおり、先程の銃声を聞いて、公園に野次馬が形成されつつあった。
「…ちっ!」
舌打ちすると、男達は野次馬に見つからない様に白煙の中を潜り抜けて公園から消えた。
(……行ったか)
牙撃は、公園の遊具に身を隠して彼らの様子を窺っていた。どうやら、向こうは自分という撃退士を知っていて、一人になった所をピンポイントで狙ってきたようだ。
(…だとしたら、同胞や影炎も。いや、あいつらなら何とかなるだろう。だとしたら、今一番危ないのは……)
そこまで考えた所で、牙撃は遊具から飛び出し自分が出せる全速力で走りだした。
向かう先は、万相談所・同影。
*****
同時刻。
同胞は道に迷っていた。
とりあえず、相談所の近くからチラシを貼っていき、もう少し先まで足を延ばしてみようと思ったのが運の尽きだった。気が付くと、周りは見知らぬビル群に囲まれ、薄暗い裏路地に呆然と突っ立っていた。
「………さて。どうしようか…」
所持金は500円。電車に乗れるか分からないギリギリの金額。持っているチラシは30枚。携帯は充電し忘れ、残り10%を切っている。
「……とりあえず、表に出るか」
裏路地を抜けようと、来た道を戻り始める同胞。
その背中に、視線が突き刺さった。
「………」
立ち止り、軽く後ろを見やる。視線は消えたが、先程まで感じなかった人の気配を感じる。
「……」
一瞬、ニュースの撃退士狩りを思い出し、急ぎ足で抜けようとする。そこへ、正面から誰かが向かってくるのを感じた。
同胞の足がピタッと止まり、瞳が急速に感情を失くす。そのまま立ち止っていると、やはり前方の気配はこちらに向かっている様だ。
『一般人を撃退しちゃダメだからね』。春都に言われた事も忘れ、臨戦態勢を取りその姿を現すのを待ち構える。そして、遂に黒い影が同胞の目の前にやってきた。
「ぁン?こんな所で何やってんだ、お前」
現れたのは、男だった。角張った顔に無精髭、服を着ていても分かる程の筋骨隆々の肉体。着ているジャケットが窮屈そうだ。
「……神埼?」
そして、同胞はこの男を知っていた。
「どうしたってんだよ同胞。間の抜けた声出しやがって」
そう言って彼、神埼進は煙草に火をつけ、美味そうに吸った。
「……何やってるんだ、というのはこっちのセリフだ。お前、一応警部だろう?こんな所で何やってるんだ。サボりか?」
誰もが驚く彼の職業。それは警察である。しかし、初対面で彼に会う者は彼を警察の人間だとは思わないだろう。
「バカ、さぼってるんじゃねえよ。ニュース見てねえのか?最近、撃退士狩りが頻発していてな。俺たちゃその見回りをしてんだよ」
「あ、そうだったな。…というか、俺『達』?」
「神埼さ~ん!やっと追い着きましたよ~」
二人が話していると、神埼の後ろから若い男が走ってきた。
「おせえぞ佐藤!てめ、さっきまで何やってたんだ!」
「だって…神埼さんが急に車降りて走りだすから、どこに車止めていいか分からなかったんすよ~」
「事件の匂いがしたんだよ。刑事のカンだ」
「ほう……その匂いの元凶が俺だった、と…」
「あれ?その子、誰っすか?」
若い男がグルッとこちらを見る。
「同胞です。よろしくお願いします」
「佐藤道則っす。…でも同胞さん、ダメっすよ。最近、撃退士狩りが流行ってるんスから」
「そうだ。お前、何でこんな所にいやがんだ?また変な事してんじゃないだろうな?」
神埼が鋭い目で同胞を睨む。
「……変な事とは何だ。ちゃんとした依頼だ。犬を探してるんだが、知らないか?」
少しの間、佐藤を見つめていた同胞が面倒臭そうに答え、持っていたチラシを二人に見せる。
「う~ん、すいません。分からないっす」
「………」
二人がそれぞれの反応を示す。
「そうか。知らないならいいんだ。すまなかったな」
「いえいえ~、全然気にしなくていっすよ~」
ヘラヘラとした笑顔で佐藤が返す。
「ふんっ、犬捜しもいいが、もうすぐ日も暮れる。同胞、お前もとっとと帰れ。じゃねえと、お前も撃退士狩りに遭っちまうぞ」
「…分かってるって」
「それと、撃退士には撃退法が適用されるっすからね~。もし仮に襲われたとしても、一般人を傷付けちゃダメっすかよ」
「そうですね、気を付けます。んじゃ、俺はこれで…」
そう言って、神埼の横を通り抜ける際にちらと先程の裏路地に目をやると。
黒い生き物が、シュッと裏路地を横切っていった。
「…………あ!」
気が付いた時には、同胞はダッシュしていた。
~続く~
斉凛様、沙原葉月様、ご参加ありがとうございました!