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Someone's love story:Emerald  作者: 幸見ヶ崎ルナ(さちみがさきるな)
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▽1. 夜空を見上げる欠食児童

愛本理生あいもとまさおがあおいと初めて会ったのはミカのキッチンスタジオだった。


理生が所属するアイドルグループ「エニタイ」ことAnytime Anywhereと同様、人気者になってきたエニタイ専属フードスタイリストのミカにアシスタントをつけようと、どういった方面に声をかけたのかはまったくもって不明ではあったが、事務所が水面下で数人候補を見つけた中の一人があおいだった。


その日がエニタイとミカのマネジメントを兼任するケリーさんとミカによる最終面接の日だとは知らずに、理生はいつものようにアポ無しでミカのキッチンスタジオを訪れた。


誰とも食事の約束がなく、かといって作る気力もさらさらない―。

そんな日で且つ何となくひとりで食事をする気分でもない時、理生はミカのところへ行き、その日の出来事を聞いてもらいながら夕食(…時には夜食)を食べさせてもらうことが定番になっていた。


(あー、腹減った…。今日は何 食べさせてもらえるかなぁ?)


ミカの(キッチン)スタジオに行く時いつも理生は、東京隣県の実家に帰る時のようになぜかワクワクした気持ちになった。


夕方5時を知らせる放送が区の防災スピーカーから聞こえてくると一緒に遊んでいた友達と三々五々別れて家に帰り、「おっかえりぃ~!」とテンション高く玄関に出てきた母親に向かって、「晩御飯なに?」と脱いだ靴を揃えることももどかしく思いながら鼻息荒く聞いていた子どもの頃のように、


「今日のメニュー何?」


と自分が突然の『闖入者』であることも忘れてミカに聞きそうになってしまうこともしばしばだった。


+++++


「こんばちは~。ミカさ~ん、今日もまた何かたべさせて~…っと?」


勝手知ったるさまでキッチンに入っていくと、仕事モードのミカとケリーさんと向かい合って座る、おそらくは自分が知らないであろう女子がいた。玄関には背を向けて座っていたので後ろ姿しか見えなかったが、背丈の割には肩幅が狭く、とてもスレンダーな女の子だった。



ミカは手に持ち見ていた書類から視線を外すと理生に言った。


「あら、らーくん。今日も欠食児童?…ちょっと待ってて、もうすぐ面接終わるから。」


(『面接』だったんだ。…でも、何の?)


いずれにせよ面接中の部屋にいるのは気まずかったので、理生はガーデンテラスに出て星を眺めて待つことにした。



ついこの間ミカと自分たちエニタイのコラボ料理レシピ本に載せるメニューを検討するためのディナーパーティーをミカがここで開いてくれたばかりだった。


あの時は『もうちょっとで満月!』といった形の月が綺麗な夜だったが、あれから日一日ひいちにちと肌寒さを覚えるようになり、気がつけばいつの間にか季節は『凛とした冷たい空気に東京の空で輝く数少ない星たちが似合う冬』になろうとしていた。


ガーデンテラスに出てしばらくして星を見ることに飽きてきた理生は、ミカが育てているベランダ野菜のプランターの間をぶらぶらと歩いてみた。


夏にはたわわに実っていたプチトマトは今は葉っぱだけになり、ミカが


「毒消し。」


と言って、そうめんにたっぷりとのせてくれたシソも今はなりを潜めていた。


プランターの下には、この間メンバーとやった花火の袋にホチキス留めされていた厚紙が落ちていた。袋の持ち手だったその厚紙には線香花火をする浴衣姿の子ども達が派手な色で描かれていた。ベタな絵柄は自分が子どもの頃に売っていた花火と全く変わっていなかった。



理生が長い手足を器用に折りたたみ背中を丸めた姿勢でベタに描かれた子どもの顔についていたプランターから漏れ出た土を払っていると、黒いブーツのつま先が視界に入った。


(…誰だろう?)と顔を上げるより少し早く若い女性の声がした。

合唱するとしたらパートはメゾソプラノ―。どこか落ち着く、柔らかいトーンの声だった。



「…あの、すみません。

面接終わったので部屋に戻ってってミカさんが…。」



驚いた訳でも急かされた訳でもないのに、なぜか慌てて立ち上がろうとしてしまった理生は尻もちをつきそうになった。

…実を言うとプライベートで見知らぬ女の子と二人きりなんて久しぶりのことだった。


地元の悪友たちは揃いも揃って未だに独身シングルだったし事務所に内緒で合コンめいた場所へ行ったこともあった。けれど、ここ数年クルクルと仕事が回り始め、プライベートの時間にも見知らぬ人から「らーく~ん!」などと声をかけられるようになってからというもの、悪友たちは理生を気遣ってか『野郎同士』で遊ぶことに専念しだした。

たまに女の子が加わるとしても悪友たちの彼女か、今更『恋仲』になんて絶対なれないかつてクラスメートだった小生意気な女子たち…。

もちろん仕事で初対面する女子もいたが、いつもマネージャーやスタッフや誰かしらが「○○さんです」と名前つきで紹介してくれてしまうので、『出逢い感』なるものは薄かった。



異性関係の近況を話せばそんな風だった理生は、くだんの悪友もエニタイのメンバーもいないガチの『ひとりぼっち』状態で女子に話しかけられてテンパっていたのかもしれない。


『メゾソプラノ』嬢はバランスを失った理生に向かって手を伸ばしたが及ばず、理生はカッコ悪くも尻もちをついてしまった。

「ごめんなさい、驚かせちゃって…。いつもTVで観ているから初めてような気がしなくてつい…。」




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