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[掌編]本を読む女の子

作者: 神無月六亜

 放課後の図書室。

 なにげなく立ち寄ってみたら、司書の先生と、生徒が一人きりページを捲っているだけだった。

 特に読む本も無かったから、何気なく生徒に話しかけてみた。

「なに読んでるの?」

 話しかけられた生徒は、驚いて顔を上げた。

「あっ・・・、たかしくん・・・。こんにちは」

 質問には答えず、こちらが誰かを認めると、へにゃと笑って見上げる。

「こんにちは、あけみさん」

 特に追究することはなく、適当に笑って返しておく。

 隣の席に腰を下ろすと、あけみさんはちょっと居心地悪そうに居住まいを正した。

 読書の邪魔をしちゃったかな、と思って、今更ながら一応断りをいれておく。

「ごめんね、邪魔だったら退散しようかな」

 言ってみて、これじゃあ気の弱いあけみさんのことだ、断れるはずもないな、と思い当たる。

 案の定、あけみさんはぶんぶんと首と手を横に振って、

「ううん、そんなことないよっ。でも、たかしくんはどうして図書室にきたの?」

 一冊も本を携えないのを不思議に思ったのか、あけみさんはそう訊ねてきた。

 これといった理由も無かったので、

「ちょっと暇つぶし」

 そう言うと、

「そっかあ」

 って言って、あけみさんは屈託なく笑みをこぼした。

 それからあけみさんの読んでいる本を教えてもらった。

「みざりーっていうの」

「どんな本?」

「うーん。こわい、本?」

「怖いんだ。ちょっと意外。赤毛のアンでも読んでいそうなのに」

「意外、かな? でも赤毛のアンも読むよ。まだぜんぶじゃないけど。赤毛のアンは家にあるけど、キングは無いんだ。だからここで読んでるの」

 あけみさんは楽しそうだった。

 それに、クラスの活動や、授業中のおとなしさを鑑みて、この饒舌さは本好きに起因しているのかな、と想像する。

「ふーん。こんど読んでみようかな」

「えっ?」

「ん?」

「・・・えっと、ミザリーを?」

「そうだけど?」

「・・・・・・、やめた方がいいかも?」

 そう言ってあけみさんは苦笑いを浮かべた。

「どうして?」

「・・・だってほら、こわい本だから」

「別に、怖いの平気だけどな・・・」

 なんだか馬鹿にされたような気がして、声が低くなる。

「えとね、あの・・・・・・その・・・・・・」

「なに?」

「よ、読むとは思わなかったから・・・・・・。たかしくん、本読まないでしょ?」

「まあね。自慢じゃないけど、漫画意外は教科書でしか読まないよ」

「だよねだよね。・・・それでね、初めて読んだ本で、びっくりしちゃうのもなぁって思って・・・」

「そんなに怖い本なの?」

「う、うん・・・・・・」

 なんだかあけみさんの口ぶりはそれ以外にも何かありそうだった。

 ちょっとだけ強めの口調で質してみることにする。

「なにかあるなら、はっきり言ってくれないかな」

 言ってみて、後悔した。

 あけみさんは強めの口調に対して、明らかに怯えの色を示したのだ。

 さっきまでの楽しげな表情は引っ込み、代わりにいつもの気弱でおとなしくて、それが原因で心ない“からかい”にさらされている時の、あの悲しげな表情に戻ってしまったのだ。

「あ、あのごめんなさい・・・・・・。わ、わたし・・・・・・あの・・・・・・」

 あけみさんはすぐにも泣きそうな顔をしていた。

 惨めに狼狽して、どうにか許しを乞おうとする、哀れな存在になってしまった。

 どうにか先の楽しそうに笑う彼女の表情を取り戻そうと、こちらも慌てて取り繕う。

「あ、いや・・・こっちこそごめん。その・・・・・・」

 しかし、もう遅かった。

 あけみさんの頭にはもう、ここから逃げ出すこと以外のことはないみたいだった。

 そそくさと立ち上がり、怯えたように俯きながら、本を抱えて出て行ってしまった。

 貸し出し手続きが済んでいなかったためか、司書の先生が彼女をたしなめたけれど、それでもあけみさんは止まらなかった。

 古くなった図書室の扉が、きしみをあげて開くと、彼女を通してから、誰かをしかりつけるように大げさな音を立てて閉まった。

 突然の事に、驚き、それから困惑し、それから怒りに変わった。

 なにか自分が悪いことをしただろうか、と内心で叫ぶ。

 引かれたままになっている、彼女が座っていた椅子を蹴り飛ばしたい気持ちだった。

 でも、その後にやってきたのは、なにより、悔しさだった。

 それが彼女の逃避的な態度に対する悔しさだったのか、取り返しのつかないことをしてしまった自分自身に対しての悔しさだったのかは、わからなかった。

 少ししてから、図書室を出る。

 司書の先生に、彼女のクラスや名前を聞かれたので、一応答えておいた。これは別に答えても、裏切りにはならないとも思ったからだ。

 図書室から昇降口に向かい、それから校舎を出た。

 夕陽が鋭く眼球を突き刺して、不意に、『いや、まだ取り返しがつかなくなったわけじゃない』と思い直して、特に何を考えたわけでもなく、走り出した。

 そうすれば、彼女の背中が見えるような気がした。

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