第8話 彼女と犬と公園で
俺は今この気持ちをどうしたらいいのか分からなくなってる。
あの公園で小田さんを見てから1週間が経った。
季節は秋、外は落ち葉でいっぱいだ。
清掃委員の人達が必死こいて落ち葉を集めてる。後ろからクボが話し掛けてきてるけど、耳に入らない。俺には目に入るものがあるだけ。運動場を奈美さんと歩いてる小田さんだけ。
気付かないうちに、無意識のうちに、俺は小田さんを捜してる。捜し出すとずっと目で追ってる。なんかストーカーっぽいけど、どうしようも無いんだ。
やめようと思ってもやめられない。
「……はぁ……」
俺の口からため息が零れた。なんでこんな恋する少女、みたいになってるんだよ。
「榎本ー? 俺、もう帰るよ?」
「…………」
「無視かよー! 奈美ちゃぁぁぁん! 榎本くんが素っ気無ーーい!!」
クボはそう言って出てった。ごめんな、今お前の相手してられるほど心に余裕無いんだ。
じきに小田さんは校門を出て、見えなくなった。教室には俺だけが残っていた。
仕方ないから帰ろう。
帰り道、秋の景色が凄く寂しく思えた。だってそうだろう?
例え木の上の葉っぱに同じ木の葉っぱが恋してるとしても、季節が来たら別れなくちゃならない。嫌でも別れなきゃならないんだ。下で会える可能性は少ない。同じ木に居るのに迷ってたら、「好き」って言えないまま生涯を閉じなくちゃならない。
はぁ……哀しいねぇ。
そんな事を思いながら、俺は葉っぱと自分を重ね合わせてた。
あの時、あの公園で見た時。
俺はすぐにでも駆け寄ってって「好きだ」って言うべきだったのかもしれない。だって人間だっていつ死ぬかなんて分からない。
もしかしたら帰り道事故にあってたかもしれないし……。
言いたい時に言わないとチャンスはどんどん逃げてく。
俺なんて見す見すチャンスを逃してしまった大馬鹿だ。1週間ずっと心にモヤモヤが掛かったまま。
「……闇のモヤモヤなんてクソ食らえー!!」
道路の真ん中で叫んだ。通行人の中には笑う人も居た。驚く人も、バカにする人も、呆れる人も。
俺の叫び声は何十キロも遠くの山の方まで凄いスピードで走っていった。そして少し仲間を置いて俺のとこに帰ってきた。往復1秒も掛かってない。人間だったらギネスブックに載れるなぁ、絶対。
……また今度「ゆんと遊びにきた」って口実で小田さんに会いに行こうか……。
ゆんを渡す時に住所聞いたし。
でもなんで急に来るの、なんて思われたら嫌だ。そんな事思われたらもう終わりだ。こんな時、里砂の時ならどうしたっけ……。
―――あ、そうか。里砂の時は向こうから告白してきたんだっけ。だから俺はこんな歯痒い思いをしないで済んだんだ。
あーもー! こんなの経験無いからどうしたらいいのか分かんないよ!
クボと奈美さんはどうやって付き合ったんだろう。
明日聞いてみよう。
「えー? なんか友達になって自然に付き合ってた感じだよ」
俺は次の日、学校でクボに聞いてみた。奈美さんと付き合ったキッカケを。
「自然に?」
「そ。俺が何度も何度も「奈美ちゃーん」って呼びに行くから付き合ってるって思われて、それで噂されて」
「へぇ……」
そうか。そんな事もあるんだ。そんな付き合い方だってあるんだ・・・。
俺もそうすればいいのか!
毎日毎日3組に行って「小田さーん」って!
……………………。
……無理に決まってんじゃんかよぉ!!
しかも「小田さん」なんてまだまだ全然他人行儀だし……。何か用なんだ、くらいで終わるのがオチだなぁ、きっと。
あぁ。今回ばかりはクボが羨ましい。
やっぱ俺は告白タイムを設けるしかないのか……。
でもこのモヤモヤが取れない限り告白なんて出来るハズねぇよぉ!
「クボぉぉぉっ!」
「あらヤダ榎本くんたらこんなトコで」
……こんな奴にしがみ付いた俺がバカだった。誰かモヤモヤを取る方法を教えてくれー!
「あ、奈美ちゃん! 彩乃ちゃんも」
頭を抱えてる俺の隣で、クボが声をあげた。いつもみたいに奈美さんが窓からこっち見てる。そしてクボが犬みたいに寄ってく。最初「彩乃」って言われても分からなかったけど、小田さんだ。
「ホラホラ、榎本くんもおいでー」
ちょっと迷ったけど行くことにした。今は昼。「おはよう」なら軽く言えるけど「こんにちは」とかになると少し小っ恥ずかしいって言うか、照れるって言うか、言いにくいって言うか……。
「こんにちは、榎本くん」
ワタワタしてたら小田さんから声を掛けてくれた。あぁ、良かった。言い易くなったかな。
「こんにちは」
あー。こうして目の前に居られると余計言いたくなる。いや、居てくれていんだけど、嫌じゃないんだけど……全然嫌じゃないんだけど…………。
「あ、ねぇ……前に言ったでしょ? ゆんと遊んでほしい、って……」
「ん? あぁ……」
「それでね、今日はどうかなって・・・」
今日!!
急だけど今日!!
急だけどいいよ! 全然いいよ!
「うん、いいよ!」
「ホント!? ありがとう! じゃあ……あの公園、来てくれる……?」
「分かった」
笑ってる俺達の隣でクボと奈美さんが話してる。隣だから嫌でも聞こえた。
「ねぇねぇ奈美ちゃん、あの2人……」
「仲良いわよねぇー」
「うん、そう! 仲良い! なんで付き合わないのか不思議なくらい」
「彩乃って男子と話すの苦手なのよ。でも榎本くんとだとあーんなに!」
へぇ、苦手なのか。うん、まぁなんとなく分かるけど。男子とペラペラ喋るようなタイプじゃなさそうだしね。
でもだったら尚更嬉しい。だってなんか俺だけ特別って感じがする。
「あ、もうすぐチャイム鳴るよ」
「ホントだ。じゃあ……来てね……?」
「うん」
俺は小田さんに軽く手を振って席に着いた。
放課後、午後6時。
いつも通りクボと校門の前で別れて家に走って帰ってきた。
ゆんに会える、それも嬉しいけど、小田さんに会える!
そっちの方がもっと嬉しかった。
私服に着替えて家を出た。公園までは歩いて8分、走って5分と言ったところ。
小さい頃に調べたから分かってる。
さすがに今の季節には「虫網持った半袖半ズボンの少年等」は通らないけど、紅葉を「綺麗だ」って見にくるおじさん、おばさんは居る。みんな愛想がいいからこっちも挨拶したくなる。
「こんにちは」
「あらこんにちは。紅葉が綺麗ねー」
「はい、もう少し経つともっと綺麗になりますよ」
「そうなのー。大体何月頃かしら?」
「今月の下旬頃には」
「じゃあまた見に来させてもらうわねぇ」
「是非!」
紅葉の季節の会話はこんな感じ。小さい頃から「観光客の人にはちゃんと挨拶しなさいね」って言われてきたからもう慣れた。変な質問さえされなければドモる事はない。
変な質問って言うのは例えば……。
「こんにちは」
「こんにちはー!」
「元気だね、小学生かな?」
「そうだぜ! おれ達子供だけで来たんだぜ!」
「へぇー。凄いねぇ」
「ねぇねぇ彼女居んの?」
こんなのとか。
この頃は変な事聞いてくる子供が増えたから困ってる……。この間なんて「もうエッチした!?」って聞いてくる子供まで居た。
小学校高学年くらいは色んな事聞きたがるからなぁ。どんな返ししたらいいか分かんなくなるよ。でも今回はそんな子達居なかったからよかった。
毎年毎年紅葉ばっかで見飽きたけど、やっぱり綺麗なのは否めない。公園に着くまでの間、俺は久しぶりに紅葉を満喫した。
公園に着くと、小田さんとゆんはベンチの所に居た。
「小田さん」
俺が声を掛けるとハッと顔を上げて立ち上がった。
「ゴメンお待たせ」
「ううん、大丈夫」
「ゆん、大きくなったな、お前」
「もう体重が13キロもあるんだよ」
「え。そんなに?」
でもやっぱ人間よりは重くならないんだ。そりゃそうだよな。でなきゃ病院とか行く時大変だし。
「抱いてみる?」
「あ、うん。じゃあ折角だから」
一度小田さんが抱き上げて、そこから俺に抱かせてくれた。小田さんの手から俺の手に渡す時にちょっと触れてビックリしたけど、むこうはそんなに意識してないみたいだ。
「前足の下とお尻を持って抱え込むように……そう、上手!」
「…う……お、重いね……」
「あ、重かったら下ろしていいからね?」
「うん」
ゆん暖かい。小田さんの手の温もりも残ってるようで……もっと暖かく感じた。
でもさすがに腕が痛くなってきたからゆんを下ろした。
それから犬の事をたくさん教えてもらった。抱き方とか種類とか、餌とか。
犬は前足の付け根部分だけで抱いちゃいけないみたい。腰や背中に負担が掛かるから。
種類もたくさんいるんだ。今日初めて知った名前とか凄い出てきた。中でも一番長かったのは…………。
「一番長い名前の犬、なんだっけ?」
「ノヴァ・スコティア・ダック・トーリング・レトリーバーだよ」
うーん、さすが。3回言ってって言われたら俺には無理。まず覚えられない。
その犬種はレトリーバーの中でも最小らしい。
小田さんは犬の耳の種類とかもよく知ってた。
「…パピヨン……」
「え?」
「パピヨンの耳ってなんて言うの? あの蝶々みたいなの」
「あぁ、あれはバタフライ・イアって言うの。榎本くんの言った通り耳が蝶々みたいだから」
「へー。そのまんまなんだ?」
「うん」
バタフライ・イア。あともう1個は、ノヴァ…………。
ノヴァ……スコーピオン・ドック・トレーニング・レトリーバー…?
…絶対違うな…。
まぁいっか。―――あ、そういえば……
「小田さんって携帯とか持ってるの?」
「ううん。持つんなら自分で払いなさいって言われてるからちょっと……」
「そうなんだ」
「榎本くんは?」
「俺もまだ。調子乗って凄い使っちゃいそうだから」
頭掻きながらそう言うと、小田さんは笑って「私も」と言った。その後、俺はゆんと一緒に走り回ったりして遊んだ。
気が付くと辺りは暗くなってて、紅葉を見に来てたおばさん達ももう居なかった。
時刻は8時。ヤバイ、遊びすぎた。
「もうそろそろ帰らないとマズイね」
「え? あ、ホントだ!」
小田さんも今気付いたみたいだ。
「暗いから家まで送ってくよ」
「え、大丈夫だよ! そんなの悪いし……」
えー。ホントに大丈夫かなぁ?
だって何かあってもゆんじゃ助けてあげられそうにないし。
ホラ、今でも何か音がするだけで尻尾足の間に仕舞い込んじゃうような犬だし。
「いいよ、送ってく」
「でも……」
「ゆんじゃ頼りないじゃん」
俺は笑ってゆんの頭を撫でた。怖くても俺の匂いは嗅ぐみたい。緊張して泡の出てきた口(鼻?)を俺に近づけてきた。
それを見て、小田さんは笑った。そして「じゃあ……お願いします」と言ってくれた。
帰りはゆんのリードを俺が持った。ゆんは見かけによらず凄い力で、気を抜くとこっちが引きずられそうだった。
「こんな力でいつも散歩してるの?」
「凄い力でしょ」
「うん。やっぱオスなんだね」
「私も散歩の時に初めて実感した!」
「オスって事を?」
「そう」
また笑った。
小田さんはよく笑う。可愛らしい笑顔をよく俺に見せてくれる。
その笑顔を見てると独占したくなる。笑顔を、そして小田さん自身を。
……なんかこんな臭い事考えてるのが自分で恥ずかしくなってきた……。
「ここだよ」
隣で声がした。指を差された方を見ると、結構大きめな家が建ってた。表札には『小田』って書かれてる。まぁ当たり前だけど。
小田さんの家は意外と普通。門があってドアがあって……ドアは白い。なんだか小田さんらしい。
でもその足元を見ると――――黒い。
ゆんの顔は黒い。真っ黒。その黒い顔からピンクい舌を出してこっちを見てる。
真っ白なドアを開けて出迎える顔が真っ黒なゆん。
ギャップが激しすぎて腰抜かしそうなほど真逆。まるでオセロ。
「じゃあ、ありがとう」
門を開けて、中に入りながら小田さんは言った。ゆんも門の中に入れてから、俺の方を見た。
「うん。また明日」
「気をつけてね」
「ありがとう。バイバイ。……じゃあな、ゆん」
最後にゆんの頭をちょいっと撫でて、俺は家に帰った。
―――その後姿を小田さんが見つめてるとも知らず。