第7話 ジャングルジムの向こうに
昨日、部活中ずっとクボに笑われてからかわれてたのは嫌だったけど、成長したゆんを見れて良かった。
小田さんもゆんを大事にしてくれてて本当に良かった。ゆんも絶対幸せ……
「おはよう」
「……ん、え! あ…おはよ!」
考え事してたら、今日は小田さんの方から挨拶してきた。ビックリした……。
「あ、驚かせちゃった? ごめんね」
「いやいや。なんか今日元気だね?」
「そう?」
「何かいい事あった?」
そう聞くと、小田さんは少し恥ずかしそうに「昨日……」と言い出した。
昨日……は、ゆんが脱走した日だ。それと小田さんからゆんに対する愛情度が分かった日。
「あんなにね、一生懸命捜してくれて……嬉しかった。だから……ありがとう」
「昨日の帰りにもお礼言われたよ?」
「でも今日も……本当に嬉しかったから……」
俺も小田さんにお礼言いたいんだよ。
「ゆんを大事にしてくれてて、ありがとう」
なんかちょっと臭いセリフだったかな……。
あー! ヤバイ! 言った後に恥ずかしくなってきた!!!
俺は頭を抱えて廊下の隅に座り込んだ。後ろから小田さんが呼んでるけど、顔見れないよ!!
「榎本くん? ありがとうね? あの……嬉しいよ? 犬くれただけでも嬉しいのに「ありがとう」なんて言われちゃって…なんか本当に嬉しいよ? あ、そうだ! あの、またゆんと遊んであげてくれる?」
「……え?」
ゆんと、遊ぶ? そりゃもう喜んで!
「い、嫌? 嫌なら嫌って言って? あの……」
「うん。遊ぶよ! 喜んで」
俺がそう言うと、小田さんは嬉しそうな安心したような笑顔を見せた。
「何よ、何よ。やっぱり付き合ってんじゃないの? そこの2人」
「うわっ! 奈美さん…………とクボ」
「俺はオマケかい?」
声は奈美さんの物だ。クボは本当に商品のオマケみたいに奈美さんの横に立ってる。
オマケって言われても仕方ないんじゃないかってくらいヒッソリ立ってる。
「ねーえ、やっぱ付き合ってるんでしょぉ?」
「ちっ違うよ! 付き合ってなんてないよ! 私と榎本くんはただの友達!」
―――あれ?
なんか今、ちょっと胸がズキン、って……。
ズキン、って言うかドキン、って言うか……なんだろこれ……。
「友達〜? ただの友達ぃ〜? 本当かしら」
友達って言葉にズキズキする。なんだ。
…なんだこれ……。
「榎本くーん。彩乃ちゃんはただの友達って言ってますが榎本の意見はどうで…」
「やめろよッ!!」
―――あ、しまった……。つい怒鳴って……。
その場の空気が凍るのが、分かった。
「榎本ぉ、何怒ってんだよぅ。悪かったよー」
放課後に、クボが謝ってきた。
「だからもういいって」
「ホラホラ、なんかその言い方まだ怒ってるでしょ」
「怒ってねぇよ」
「あーっ! 今のもそうだー! まだ怒ってるー」
「うるせぇな怒ってないっつってんだろ!!」
……また怒鳴っちゃったよ……。俺って短気なのかな……。
「ご、ごめんってばホントに」
「ごめん、クボ。なんかさっきから異様にムカムカしてて……」
「ムカムカ? なんでだよ?」
「……分かんないんだ」
本当に分かんない。付き合ってるの? って聞かれて付き合ってないよって言えないのは……。小田さんに「友達」と言われて胸が痛んだのは……。
なんでか分かんない。こんな感情、初めてだ……。
小田さんとは友達で、間違っても恋人同士ではなくて…………。
「いい友達」なんだ。俺が犬をあげて、その犬を通じてより仲良くなって、友達のレベルが上がってって…………。
ただそれだけで…………。
……なんでだよ。
友達だ、と自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど胸が痛む。……締め付けられるんだ。
これは……「好き」って言う感情……?
里砂の時には感じなかった気持ち――――。
その日、俺は家に帰ってからも考えた。小田さんと出会ってから1ヵ月は経ってる。最初に奈美さんの後ろに居たのを見た時から好きになってたのかもしれない。
いわゆる「一目惚れ」ってヤツだ。
だけど、俺は彼女を作るのが怖くて。また他の男に取られるんじゃないかと怖くて、勇気がなくて、小田さんを好きって気持ちを自分で抑えつけてたのかもしれない。
でも俺今、小田さんの顔思い出すだけで心臓が張り裂けそうなんだ。
顔を思い出す際に不思議なのは……
それをゆんのマヌケ顔が邪魔をするって事。
どうも俺はあの反っ歯にハマってしまったみたいだ。
あのなんとも言えないヘタレ顔。マヌケ顔。小田さん曰く『散歩では豹変する』らしい。
愛嬌のある顔って言えばあるけど、俺の頭の中にはケンケンしか思い浮かばない。
ゆんが「キッシッシッシ」って笑ってる姿。チキチキマシーン猛レースに出てる姿。
なんでゆんが出て来るんだよ。俺は小田さんを思い出してるのに……。
「……おい、まさか」
俺は……
ゆんに恋してる!?
―――我ながらバカな事を考えてしまった。
ゆんに恋するハズが無い。だってアイツはオス、俺もオス。同性愛になっちゃうじゃん。
今の天気は雨。外からザーザー音が聞こえる。その夜の俺の夢には、ゆんばかりが出てきた。あの白い下の歯を俺の顔にこすり付けてる夢。
痛いよ、ゆん。
次の日、学校は休みだった。昨日の雨が嘘のようないい天気だったから、俺は散歩に出た。
そうだ。久しぶりにあの公園に行ってみよう。あの小田さんにゆんを渡したあの公園。
行ってみると、昨日の夜の雨で出来たぬかるみに犬の足跡が付いてた。
「ゆんか……?」
まさかね。……まさか。…………マジで?
そう、俺は見てしまった。ジャングルジムの向こうに見える黒い顔を。黒い中に出てる白い物を。
「……ゆんっ?」
声をあげると、1秒遅れて俺の方を見た。柔らかそうな薄っぺらい耳がピロッと揺れた。
そしてその向こうに居るのは―――小田さん。
さっきまで強かった日差しは雲によって隠された。俺は額に置いてた手を下ろして小田さんとゆんを見た。
小田さんはまだ俺に気付いてないみたいだ。ゆんだけがこっちを見てる。カラフルなジャングルジムの向こうから。
黒い顔の下からは赤い首輪が覗いてた。リードも赤。俺の中では「青はオス」、「赤はメス」って感じで勝手に決まってたから少し変な感じもした。
だけど何故かゆんには似合ってる。ゆんにはシックリくる。
赤い首輪、赤いリードが。
ずっと見てたら小田さんの黒い髪が見えた。短めのショートヘアがそよ風に揺れてる。サラサラだ。
俺は今どんな顔してるんだろう。マヌケな顔してるのかな、ゆんに負けないくらいの。小田さん見てると顔に力入れる事さえ面倒くさくなる。小田さんはどんな顔でゆんの散歩をしてるんだろう。
話したい。顔を見たい。でも今行ったら言いたくなる。言いたいけど、物凄く言いたいけど、言ったら小田さんは、きっと俺を傷付けないように、って考えて優しく断る方法を考えるだろうから……。
小田さんを苦しませる結果になってしまうのは嫌だから……。
言いたいけど言わない。言えない―――。
(……とりあえず帰ろ)
俺は公園を出た。ゆんがずっとこっちを見てたのは分かってたけど、振り返る事が出来なかった。
「今なら間に合う」、「今戻れば言える」って。そう思って早まりそうで。
今回気付いた。俺は慎重型なんだ。直球型じゃないみたいだ。直球でいければ……どれだけ楽だろう。
クボは直球型の典型的な例だろうな。
―――公園を出てから心にモヤモヤした物が引っ掛かってる。
それは俺の心へ光を当てない物で、闇のモヤモヤで、俺の心に配布される光の道を遮る物。そして光が当たらない限り俺に勇気はわかない。
きっと今そのモヤモヤのせいで言えないんだ。
きっと……。
居るのに。すぐそこに居るのに、言えない。
カラフルなジャングルジムを抜ければ目の前に顔があるのに、
そんな近くに居るのに、言えない。
もどかしい気持ちが俺を攻撃する。今弱ってる心に傷をたくさん入れてく。
俺は、
どうしたらいい――――?