第49話 喝!!
力無くぶら下がった手を、どうしたらいいのか分からずに迷っていた。
そうしたら彩が口を開いた。
「あ……あの…晴樹くん、私…」
「俺帰るわ」
「え…?」
彩が袖を掴もうとしから、つい乱暴にはらってしまった。
両者とも唖然として立ち尽くしたけど、しばらくしてから俺は出口に向かった。
「あの、晴樹くん……ちょっと話…」
後ろから彩が追い掛けてきてることは分かってたけど、振り返ることは出来ない。
振り返ったら終わりなんだ。
次の日の月曜日、俺が学校に行くと、彩はチラリと見て、寂しそうに視線をそらした。
彩との仲が悪くなってから、一日がつまらない。
今までの楽しさがどこかに隠れたみたいだ。
なんとなく一日を過ごして、さようならの時間になった。
鞄を持って帰ろうとした時、後ろから呼ぶ声がした。
「榎本くん!」
振り向くと、奈美さんだった。
「急いでる?」
「いや、別に」
「じゃあちょっと話し相手になってよ。あたし委員会まで時間あるんだよね」
「うん…まぁいいけど」
そっか。奈美さん体育委員だっけ。
俺は何にも入らなくてよかった。って言っても奈美さんも自分から進んで入ったわけじゃないけど。
奈美さんが休みの時に先生が勝手に入れちゃったらしい。
俺はクラスの誰かの椅子を借りて、そこに座った。
「何時から?」
「んーと、確か4時から……かな?」
「そっか」
あと15分か。そんなに時間ないじゃん。
「…あたしね、榎本くんに聞きたいことあんのよ」
「何?」
って言った途端、奈美さんは俺の目の前の机にバンと手を置いた。
教室内が静かだったためもあって、すごい響いた。
「どういうつもり?」
「…………は?」
突然に奈美さんの目が肉食獣みたいになったもんだから、驚いた。
「昨日、あたしらが帰るとき出入口の前で彩乃が泣き崩れてたのよ。何があったのか聞いても『晴樹くんが…』としか言わなくて」
「……あぁ…」
「前からちょっと態度が変だなあとは思ってたんだけど」
「うん……」
そうか。やっぱり気付いてたんだ。
奈美さんになら……言っても大丈夫かな。
俺は、あったことを全部話した。
今までにされた嫌がらせ、中村の言葉、彩を傷付けたくないって気持ち――。
奈美さんは最後まで黙って聞いてくれてた。
「……終わり、です」
なんとか話し終えたけど、奈美さんは少し呆れたように額を押さえてた。
「…んーとさ……一つ言ってもいいかな」
「うん、どうぞ」
「ばか!」
「は!?」
ビックリした。
ビックリした。
急にばかとか驚いた。
だってそれは、クボにのみ向けられる言葉だと思ってた。
「あのさぁ、そんな理由で彩乃にあんな態度とってたわけ? もうホンット呆れた!」
「何が? なんで! だって俺、それが彩を護る方法なんだって…」
「だからってあんな事……。彩乃はねぇ! 榎本くんが思ってるほど弱くないし、分からず屋でもないわけ! ちゃんと説明すれば分かってくれる子なわけ!!」
「だって説明したって……中村は、そんなんじゃ諦めないかなって……」
なんだかどんどんモゴモゴになってく。
奈美さんに言われて気が付いた。俺は何か勘違いしていた。
俺と彩が完全に別れなきゃいけない、って。
そう思ってた。
だけど、別にそれこそ芝居でも構わないわけだ。
分かったぞ。
「奈美さん……ありがとう」
「いーえ」
「ごめん、俺……帰る!」
「うん、行ってあげな」
奈美さんはやっぱり『イイ奴』だ。
俺がこうなるってこと、分かってたのかな。
あ、そういえば、委員会……。
時計を見ると、もう4時5分。教室から奈美さんが出て来る様子はない。
嘘か。
まぁ、こういう嘘ならいっか。そのおかげで俺は自分の間違いに気付けたんだ。
だけど……帰り道、俺は少しショックだった。
だって、こうなるまで分からなかったんだ。
彩を護るって、そう豪語してたくせに……。
1番傷付けてたのは、
俺だったんだ――。