第45話 嫌な声
考えた結果、行くは行くけど彩を連れて行こうって事にした。
だって一人で来いなんて事は言われてない。
すぐに彩に電話して、家を出た。彩は公園に居る。走れ、俺!
「あ、晴樹くん」
「ごめん急に」
「うん、いいけど……どうしたの?」
「さっき変な女から電話あって……学校に来てくれって」
彩の顔がなんとなく固まった気がした。
「……会うの?」
「だって会わなきゃしょうがないんだよ」
「わ…私は……嫌だなぁ」
「なんで!」
「だって……私は…その、晴樹くんの……か、彼女だし、晴樹くんが他の女の人と会うなんてやだ」
なんで? 二人っきりで会うんなら嫌だろうけど…。
「俺が内緒で行ったら彩も嫌な思いするだろうなって思って、だから一緒に連れてくんじゃん!」
「なっ…なんかその言い方嫌……!」
「はぁ? じゃあ俺にどうしろって言うんだよ」
「会わないで! ……ほしい」
でも会わないと彩がどうなるか分かんないんだよ。
だけど、もしかしたらそれは嘘かも知れないし――それでも、彩に無駄に怖い思いしてほしくなかったから、言えなかった。
「……分かった。じゃあ会わないかわりに、俺の家来て」
「え?」
「いいから」
彩の手を引っ張って、俺の家まで連れていく。
その道中で、彩が何も喋らなかったから、俺も何も喋らなかった。
彩の家じゃあ知られてるかもしれないし、外でもいつ何が起こるか分からない。
女の子の家に男が堂々と何度も上がり込むのも、なんか嫌だし。
そう考えると、俺の家が1番無難だった。勝手もよく分かってるし。
今日は居るのは母さんだけだし。
「あらあら小田さん。いらっしゃい」
「あ……こんにちは! お、お邪魔します」
「どうぞどうぞ。あ、晴樹、あとでお茶取りに来なさいね。Qooもあるけどそっちのがいいかしら?」
「もー! ガキじゃないんだからお茶でいいよ!」
そう言うと、母さんは男の子は乱暴な言葉遣いねぇとか言いながら、台所へ消えてった。
「ごめんな、母さんうるさくて……」
「ううん。私、晴樹くんのお母さん好きだよ」
「そう? ならいっか」
いつの間にか、二人のわだかまりは消えてた。
ここに居ればとりあえず安心。きっと大丈夫だ。
「そういえば、晴樹くんって家に居るとき、いつも何してるの?」
彩が唐突に質問をぶつけてきた。
「んー……。大体ゲームばっかやってるかな。気が向いたらポテチ食べたりね」
「ゲームかぁ……私はやったことないなぁ」
「え! やったことないんだ」
彩はこくんと頷いた。
よーし、それなら俺のゲームを見せてやるぜ!
「ちょっと来て」
ふっふっふ。
ドラクエ、バーチャファイター、首都高レース……どれがいいかなぁ。
「じゃーん!」
ゲームが置いてある部屋のドアを開けた。
だけど、彩は『?』って顔してる。
「…あれ? お気に召しませんでした?」
「あ、ううん! そうじゃないの。そうじゃないんだけど……」
部屋の中を見ると、スッカラカン。
あるのはテレビとゲームキューブとPS2だけ。
テレビの前には紙が置いてあった。
紙の内容は『晴樹! 悪いけど今日一日あんたのゲーム借りる。友達と一緒に燃えるから。また今度コメダでなんか奢るから許してね♪』だ。
「姉貴のやつ……! 俺承諾してねーし!」
「お姉さんって権力握ってるんだね……」
「もうこれは権力どうこうって問題じゃないよ…。横暴だ! くそー!」
っていうかコメダで奢るとか安っ!
どうせバナナジュースだけ、とかだぞ。俺のゲームソフトの総額くらいのもん奢れよ!
「でもなんか楽しいお姉さんだね。私一人っ子だから羨ましい」
「いやぁ、これが毎日となるともう嫌になるよ。あ、一回家交換してみる?」
「えー?」
彩は笑った。俺も笑った。
こんなに平和で幸せな時間が過ぎてってるんだ。
きっと今日の電話はイタ電。嘘っぱちだ。
そう思いたい。
その時、母さんが下から呼んできた。
「晴樹ー!」
「なに?」
部屋から顔を出して言う。
「電話よー」
一瞬ドキッとした。まさかあの女?
階段を降りて受話器を取る。
聞こえてきたのは――あの声だった。