第40話 夜の脱走
大分走ってから、降ろされたのは大きな屋敷の前だった。
ドドーンと聳え立つデカイ屋敷を見て、彩は声を上げた。
「……ここ、中村くんの家だ……!」
なるほど。
確かに庭には2羽鶏が居そうだ。
ポケーっと屋敷を見てる俺と彩乃を、中村一寿は後ろから押した。
「さぁ早く入れ」
命令形かよ。と思ってちょっとムカついたけど、夜風が冷たいからとりあえず入った。
入ると、外見は然る事ながら中も凄かった。
まずは真っ赤な絨毯。その上には大きなシャンデリア。こんなに大きいの見た事無い。
ホールの真ん中に設置されたこれまた大きな階段。そこにも真っ赤な絨毯が敷いてある。
部屋の数だって凄い。入ってすぐ、右側に見えるだけでも最低5つのドア。左側も同じだ。
中村一寿はこんないい所に住んでるのか……。
こんなに嫌な奴がこんなにいい所に住んでるなんて。なんか生きる気力失っちゃうな。
だけど……もしかしたら、アイツも一生懸命なのかも知れない。
俺が彩を好きなように中村一寿も彩の事が好きなんだ。だから好きな人と一緒に居たいと思うのは至極当然の事であって。
俺も自分の好きな人を他の人に渡すのなんて嫌だし。
自分の力が足らなくてそう言う結果になったんだったら悔しさ倍増。
――でも何もしないで他の人に取られるんだったらそれは仕方無い事じゃん。
自分何もしてないんだから気持ち伝わるはず無いじゃん。
なんでその怒りの矛先が俺に向くんだ?
俺何もしてないぞ?
そうだよ! 俺は何もしてないじゃん。なのになんで中村一寿にこんな風に拉致されなきゃならないんだよ。
おまけに彩まで……。
「連れてって」
横で中村一寿が言った気がした。
見ると、それは執事に言った事だった。
「連れてって」? どこに?
なんか嫌な予感。凄い嫌な予感。背筋がゾゾッとした。
当たるな、と念じたけど、その行動は無意味だった。
嫌な予感は見事的中。マッチョなおじさんに連れられて、俺と彩は階段の窪みの所にある部屋の中に入れられた。
その部屋の中――四畳半くらいの狭い部屋――は薄暗かった。
頼りになる電気は上の方にある電球1つだけ。ホールにはあんなに大きなシャンデリアがぶら下がってたくせに。
しかも寒い。どうしよう、これ。
クラスメイトを暗くて狭くて寒いこんな部屋にぶち込むなんて。まったく何考えてんだ。
「……彩、大丈夫か?」
「うん。……でもなんか……寒いね」
「あ、上着、着る?」
「ううん!! 大丈夫! ……大丈夫なんだけど……」
首を左右にブンブン振ってから、彩は下を向いた。
「私達……どうなるんだろうね……」
……そうだよな。不安なはずだよな。
俺達はただ単にバーベキューを楽しみたかっただけなんだけどなぁ。
「……そうだ、携帯……」
ポケットを探った。無い。無い。無い。
そりゃ無いはずだ。元々持ってないんだから。
「彩、電話とか持ってない?」
「ううん。持ってない……」
――そっか。前にも言ってたな。持つんなら自分で金払わないといけないから、って。
あーくそ! どうしよう!!
外に連絡すら出来ないじゃん! 彩の両親心配しちゃうじゃん! 俺の親…………は、まぁいいとして。
「……よし!」
頭に浮かんだ考えはただ1つだった。
「逃げよう!」
暗くて狭くて寒い部屋の中で、俺と彩は頷き合った。
中村一寿に仕返しとか、屋敷をぶち壊してやるとか、そんなデッカイ目標じゃない。
目標はただ1つ。逃げる事。それだけ。
出口目指して突っ走る。
……突っ走るはいいんだけど、まずはどうやってここから出るか、なんだよな。
ピッキングの技を習得してる奴でも居ればよかったんだけど、生憎俺達はそんな技備えてない。
こうなったら目の前にあるドアを開ける方法は1つだ。
蹴破れコンチクショウ!!
って事で、ドアに体当たりを何度も何度もやった。
ドアがミシミシ言ってるのが分かる。
そのすぐ後、ドアが吹っ飛んだ。凄い音がしたけど、幸い誰も気付かなかったみたいだ。
近くには誰も居なかったから、逃げ出すのは意外と簡単だった。
屋敷を飛び出して、大きな噴水が真ん中に置いてある庭まで出てきた。だけど門をもうすぐで抜けられるって時、門は勢いよく閉まった。
「え!?」
もう少しで顔面衝突するところだった……。
門の手前にしゃがみ込んだ時、後ろから足音がした。振り返ると、中村一寿がゆっくりこっちに歩いてきていた。
すぐそこまで来て、中村一寿は手を振り上げた。
反射的に目を瞑ったけど何も衝撃は来ない。恐る恐る目を開けてみると、中村一寿は彩の腕を掴んでいた。
「……お前何してんだっ!!」
立ち上がった瞬間に、中村一寿は彩の手を引っ張って走ってった。
「んなっ……!!」
意外と足が速い事にビックリした。だっていつも部屋にこもって本読んだりしてるばっかだと思ってた。
でも俺の方がちょっとは速いみたいだったから少し安心。距離はどんどん縮まってく。
彩の腕を掴める、と思ったら、2人は屋敷の裏に消えてった。
俺も急いで追いかける。
曲がった先に2人の姿は見えなかった。
「どこ行ったんだ……?」
ふと横に目をやると、屋敷の壁には大きくポッカリ穴が開いていた。
裏口かな。
入ろうとした時、急に人が出てきた。
「おわっ!!」
後ろに転んでから、それが誰なのか分かった。
「あれ。彩。……大丈夫か?」
「え、あ、ん? あ、うん!」
なんだ? なんなんだ? なんか挙動不審になってるぞ?
まぁいいや。とにかく今は早く逃げないと。
屋敷の中から中村一寿の怒鳴り声が聞こえてきた。また捕まるのも時間の問題だ。
今度こそ門を抜けて、しばらく行ったところにあるベンチの上に腰を下ろした。
「はぁー」
座ると同時にため息が出た。なんか凄く久しぶりな気がした。
話し辛い空気が漂ってる。多分、俺も彩も疲れたんだ。
「……監禁罪で捕まるよな、あれ!」
笑いを取ろうとしたけど――全然取れなかった。1人で空振りして終わった。
それから俺の口から笑いを取ろうとする言葉が出てくることは無かった。