第4話 小田さん
夏休みはあっという間だった。
1日はボーッとしてるとすぐに過ぎてっちゃうし。
そして今日は学校。始業式。
クボの奴、まだ懲りてないみたいだ。今日も俺に泣きついてきた。勿論奈美さんにも。
あぁ。同情します、奈美さん。
夏休み明け最初の1日、つまり今日だけは学校が半日。明日からはいつも通り6時間授業になる。
なんかもう、考えるだけで憂鬱だ・・・。
しかも俺は失敗した。夏休み中にバイトをしようと思ってたのに、すっかり忘れてた。
おかげで財布の中は空っぽ。早いとこ食料与えてやらないと。
でもそれは思うだけ。現実は与える食料も無い。学生はお金が無いって本当なんだ。
トボトボ教室に入ると、クボが満面の笑みで手を振ってきた。
「やっほー! 榎本ー!」
「あれ? 先生に怒られたんじゃないのか?」
「うん、怒られた」
「なんでそんなにテンション高いんだ?」
「聞きたい?」
……? なんだコイツ?
「いや、別にいいや」
「聞きたい? 聞きたいんだろ? もーうしょうがないなぁ榎本くんは」
しょうがないのはどっちだよ……。
「だから別にいい……」
「特別に教えてやるよー。しょうがないから!」
クボは「しょうがない」を強調して言った。ちょっとムカッときたけど、一応聞いてやろう。
「俺ね、今日奈美ちゃんとラブラブするんだ〜」
「……なんだ」
「ん? 「なんだ」? なんだってなんだ?」
「デートって事?」
「うん! そう! 羨ましいだろぉ〜?」
…………。
そうだな。クボからいい情報を聞けると思った俺が間違いだった。
デートってだけでこんなに嬉しがる男も珍しいなぁ。よほど相手にされてないのか・・・。
そう言うわけで、今日はクボの奴、ピョンピョコピョンピョコ飛び回って先に帰った。
俺が呆れながら校門を出ると……。
「あっ!」
あの子だ。あの奈美さんの隣に居た子。思わず声出したから向こうも気付いたみたいだ。
「え?」
「あ…………いや。奈美さんの友達だよね?」
「そっちは? …あの…………奈美の友達、ですか?」
「まぁ一応……」
話してみるとその子は思った通りの可愛らしい子だった。声は高すぎず低すぎず、聞いてて丁度いい感じだ。背は俺より10cmくらい低い。
その日、何故だか俺は1日中気分が良かった。
次の日、偶然に偶然だ。
今度は玄関で会った。向こうも俺を覚えてたみたいで、少し控えめに「あ……」と言ってた。
挨拶しようかどうか迷ってるっぽかったから、俺が先に近づいて挨拶した。
「おはよ」
「おはよう……!」
あ、嬉しそう。先に挨拶して良かった。彼女の名前は「小田彩乃」。奈美さんには「彩乃」と呼ばれてるらしい。でもやっぱ出会ってすぐだから、俺は「小田さん」と呼ぶ事にした。
俺が自己紹介したら、小田さんの方も「榎本くん」と呼ぶ事にしたみたいだ。お互いに呼び名を決めたところで、教室に入るまでに少し会話をした。
「小田さんは……部活とか入ってるの?」
「ううん。なんか大変そうだから……」
「そっか」
「榎本くん、は?」
「俺はバスケ部に入ってる。もう練習が大変で大変で……」
「そうなんだぁ」
小田さんは笑ってそう言った。なんか見れば見るほど可愛らしい、優しい顔だ。まだ「榎本くん」って呼ぶのに慣れてないみたいで、呼んだ後には必ず少し間が開く。
でも全然イライラしない。逆に初々しくていい。
なんかこっちも初恋の時に戻ったみたいで新鮮だ。
この言い方だと何度も恋してるように聞こえるけど、実際今までの彼女は1人だけ。
その1人ってのは……言うまでもない。
小田さんと別れて教室に入ると、クボが近寄ってきた。
「あ、クボ。おは……」
「仲良くなったの?」
満面の笑みで聞いてきた。しかも手はゴマスリ状態。もー、なんだよコイツ。
「ねぇねぇなったの??」
「…邪魔だ! 退け!」
俺は目の前のクボを横にどけると、自分の席にカバンを置いた。後ろではクボがブツブツ言ってるけど、気にしない、気にしない。
だって別に女の友達がいたっていいじゃん。全然変なことじゃないだろ?
授業中もクボと席が近いのが運の尽き。先生の目を盗んでヒソヒソ話掛けてきた。
前向けよ、って言っても後ろ向いてくる。づくづくなんだよコイツ。
放課になってやっと離れれた。
だけど、いつもなら「仲良くなったの?」って聞かれると即「違う」って言えるのに。
今回はそれを言うのがなんか嫌で…………。
廊下に座って考えてると、小田さんと奈美さんだ。笑いながら歩いてきた。奈美さんは俺に気付くと、「あ、榎本くん」と声を掛けてくれた。
「なにどしたのー? あれ、そいえば剛史は?」
「今はちょっと、ね……」
「喧嘩?」
「喧嘩ではないんだけど……たまには一人もいいなぁって」
俺がそう言うと奈美さんは笑って「アイツうるさいからねぇー」と言った。そんな奈美さんの後ろで、小田さんがこっちを見た。小さく手を振ってる。俺も小さく振り返した。
「なに? なに? 友達になったの?」
「えへへ……」
奈美さんに聞かれて小田さんはちょっと恥ずかしそうに笑ってた。奈美さんは「あっ」と言って俺のクラスの時計を見た。
「ヤバイ。彩乃、もう行かないと」
「あ、そうだね」
「じゃあね榎本くん」
「うん、じゃあ」
俺は小走りで音楽室に向かった二人に手を振った。二人が曲がり角で見えなくなった時、丁度チャイムが鳴った。かったるいけど行かないとなぁ。
ノロノロ立ち上がると教室に入った。
学校が終わって帰り道。
俺はまた一人校門を出た。今日放課後にクボに「今日は奈美さんとデートしないのか?」と聞いたら、クボは泣き叫んで出ていった。
俺が二人の関係を知ってから、ずっとあのまんま。何の進展も無し。春に知ったんだから、もう9ヵ月は経ってるハズ。まぁ俺の方がもっと進展無しだけど。
新しい彼女も作れないままなんとなく学校に通う日々。全然つまんなかったけど……。
でもこの頃学校に行くのが少し楽しくなってきた。
それはクボや奈美さんが居るから、ってだけじゃない―――。
考えてると家に着いた。「ただいまー」と言ってドアを開ける。でも返事は無かった。
「あれ?」
いつもなら誰かしら居るのに。
台所に入ったらテーブルの上の白い紙が目に入った。何か書いてある。何枚にも重ねてあった。
一番上の紙『急に仕事が入ったから家に居れない。姉』
二番目の紙『彼女とデートの約束が入っちまったー! じゃあな。兄』
三番目の紙『ご飯ちゃんと食べるのよー。母』
四番目の紙『いつも通りの時間に帰る。父』
合計四枚。みんな色んな事情があるみたいだ。母さんの事情は分かんないけど。
俺の家は結構広い。二階建てで、5人住んでもまだ全然余裕がある。こんな家に1人。なんか某映画っぽい展開だなぁ。ホントに泥棒来たりして。あはははー!
考えてたら外からガタガタって音が聞こえてきた。
「……!!!?」
反射的にテーブルの下に隠れた。
……俺何してんだ……。何17にもなってテーブルの下隠れてるんだ。地震でも無いのに。ここは外を見にいくしかないな。
でもやっぱり立って行くのは怖いから四つんばいになって見てみた。庭に出る為のガラス張りのドアをガラガラと開ける。
どうやら生垣の向こうから音がしてるみたいだ。緑色の小さい葉っぱの上から顔を出して見てみると――――居たのは犬だった。
「子犬……?」
犬か。里砂が飼いたがってたな。
その犬は俺の方を見てきゅんきゅん鳴いてきた。
「迷子かな?」
みかんのダンボールに入ってる。いわゆる「捨て犬」かな?
俺はとりあえずその子犬を抱き上げた。耳が途中まで下がってて、目がまん丸だ。
口の辺りが黒い。他のとこの色は全部茶色と白だった。胸と腹が白で、あとは茶色。
それとにくきゅうがピンク色。確か里砂に聞いた話ではにくきゅうがピンクいのは子犬だから、だったなぁ。理由は忘れたけど。
だけど俺のとこに来てもきっと飼ってやれない。姉貴と母さん動物アレルギーだし。だからウチには金魚しか居ない。こういう動物も飼ってみたいと思うけど、反対されるよなぁ。
誰か飼ってくれる人、居ないかな―――。