第33話 待ちぼうけ
榎本晴樹、17歳、ただいま小田彩乃の家のまん前に来ております。
隊長、指示を出してください。
……って言って指示出してくれる人が居たらどんなに楽か……。
こればっかりは自分の手でなんとかするしかない。
大丈夫だ。頑張るんだ俺!
ピンポーンと音がしてから数秒後、ドアが開いた。出てきたのは、お母さんでもお父さんでも無く、彩自身だった。
なんて事だ! オーマイガッ!
そして向こうもオーマイガッ! って顔をしてる。あぁでもとにかく何か言わないと。とにかく何か話さないと……。
「話聞いてくれないか!?」
一生懸命言葉を探して、やっと出せたのがその言葉だった。
彩はうつむいて、唇を噛んだ。
「ちょっと……あの……ゆんのご飯、あげなくちゃ……」
そう言ってドアを閉めた。
俺の心の中に1つの言葉がこだましてた。「がちょーん」。
どん底に突き落とされた。マグマの中にドボンした感じだ。ターミネーターの気持ちが分かったかもしれない。お労しやシュワちゃん……。
俺は拒絶されたんだな。そりゃ無理もないかな。でも……彩にこんな風にされるなんて思ってなかった。甘く考えてたんだ。いつものように笑って許してくれるかな、ってさ。
女心はそんなに簡単じゃなかった。いや、浮気された側の気持ちは、そんなに簡単なものじゃなかった。一度されてるのにその気持ちが分からなかったなんてさ、俺ってバカだなぁ。
そしてここでスゴスゴ帰ろうとしちゃってる俺ってのも、バカだなぁ。だけどずっとココに居たって彩は迷惑するだろうし。
……いや、でも待ってるのがいいんじゃないか!? うん、そうだ。待ってた方がいい! ココで帰っちゃったらそんなもんなのかって思われちゃうじゃないか。よし。俺は待つぞ。
で、あれから2時間経った。でも彩は出てこない。大丈夫さ。このくらいは予想してたから。
……あれ? 雨だ。またかぁ。俺も懲りないな。来る前に傘持ってくりゃよかった。
まぁ小雨で済むだろ。さっきあんだけ降ったんだから。あの天気予報士にチャンスをやろう。
そっから1時間経った。「1日快晴です。ウフッ」なーんて言いやがったあの天気予報士を、俺は恨むしかなかった。快晴どころか今日で2回も雨が降ってるじゃないか。もう予報士やめた方がいいんじゃないか?
学校で土砂降り。そして大雨。台風か今日は。
俺はずぶ濡れ。うぅ、寒い。体の芯から冷えるってこの事か。だけど俺は待つぞ。
それからまた2時間経った。やばい。ホントに寒い。俺ってバカの中の大バカだ。夜風に吹かれて更に寒い。
なんか頭がガンガンしてきた気がする……。
「へぇっくし!!!」
うぉーい。我ながらデカイくしゃみ。
もう帰った方がいいのかなぁ。彩が出てくる気配は無いし。
帰ろうと思って立ったら、足がグラグラしてすぐ倒れた。
ヤバイ。これは風邪か? ヤバイぞ。まぁそりゃ雨ん中ずっと座ってりゃ風邪ひかないほうがおかしいよな。
えーっと、どうしよう。でもどうしようったって家に帰らないとゆっくり休めないし、帰る他無いよな。よし、がんばろう。
頭痛や吐き気と戦いながらも、なんとか家に着けた。家に帰ったら母さんが出てきた。
「晴樹っ! どうしたのその格好!」
頼むから大声出さないでくれ。頭痛いんだから。
それでも大騒ぎする母さんの横を通って、俺は自分の部屋に入った。すぐにベッドにゴロン。
頭がガンガンする。あぁーきっと明日は学校休んじゃうだろうな。
一応熱を測っておこう。
体温計を脇に突っ込んでから1分後、電子音と一緒に取り出された体温計には38.0なんて数字が。
やっぱ風邪だ。でも風邪って事で安心しちゃってる俺ってなんなんだろう。
――あぁ、きっとあれだな。今日彩に拒絶されちゃったから学校で顔合わせるのが嫌なんだな。心ではそんなんじゃダメだって思ってんのに体がどうしても嫌がっちゃってるんだな。
いいや。たまには休ませないとな、俺の体も。
熱は、次の日の朝には39度まで上がってしまった。
これは行くなって事か。きっと学校では俺にとって嫌〜な事が起こってるんだろう。だから行かない方がいいって事なんだろう。
母さんに学校に電話してもらって、今日はゆっくり休もう。彩には明日会えばいい。
あー眠い眠い。
で、2度寝する俺。夢の中にまで出てきた彩、そして里砂。
夢の中でくらい解放してくれよ。特に里砂。
夢の中で、俺は彩に全てを打ち明けてた。なんで俺は夢だとこうも饒舌なのかねぇ。現実では羨ましいくらいだ。
話し終わったみたいで、俺はフゥと一息ついた。彩はニッコリ笑って、「話してくれてありがとう」と言った。
いやいや。現実はこうも上手くはいかないさ。夢はいい事尽くしだからなぁ。
――でもすぐに場面が変わった。今度は里砂の前に居た。相変わらず校門で待ち伏せ。俺は彩と歩いてて、里砂に怒鳴ってた。
それでも里砂は諦めない様子。いい加減にしてくれよ。っと思ってたら、夢の中の俺は急に里砂のすぐ後ろにある木を殴りつけた。思い切り殴ったみたいで、木には大きな穴が開いてる。だけど俺は痛そうな顔してない。スゲェー! 夢の中の俺って強ぇー!
「晴樹」
彩が俺を呼び捨てにした。なんで? いつの間に呼び捨てに?
しかも今この場面でそんな落ち着き払った態度で。へぇー、夢の中の彩ってこんなに肝が座ってるっちゅーか躊躇無しっちゅーか。
「晴樹!」
うんうん分かってるって。何?
「晴樹ったら!」
だから聞こえてるって! 早く言えよ!
「晴樹ッ!」
あーもーうるさいなぁっ!!
……目が覚めた。
覚めたところには眉間にしわを寄せる姉貴。
「もー。呼ばれたらすぐ起きなさいよ。友達来てくれてるわよ」
姉貴も無茶を言う。病人にすぐ起きろなんて無茶苦茶だ。まったく強引だなぁ。
起き上がって上着を羽織った。階段を降りて玄関の前へ。
「あぁ晴樹。小田さんが来てくれてるわよ」
小田さん……彩? お見舞い? マジで? やった!
俺は嬉しさを全面に出さないように一生懸命注意して、ドアを開けた。
「やっほー!!」
――奈美さんとクボの顔があった。彩はその後ろに居る。きっと母さん、彩の名前しか分からなかったから「小田さん」だけにしたんだな。
なんだ。ウキウキしてた俺バカみたいじゃん。
「榎本大丈夫かよ?」
「あ、ほらほら。メロン!」
この2人はホントに騒がし……じゃなくて、元気がいいな。
「あー……ありがとう」
「じゃあねぇ」
「え? 帰んの?」
「そ。宿題やんないと。ほら剛史、帰るわよ」
奈美さんはクボの服を掴んでスタコラサッサと帰っていった。玄関には唖然とした彩と俺だけが残された。
「えっと……その、とりあえず、上がる……?」
「え、う、ううん。悪化させちゃうと悪いから……帰るね」
「でも…」
「じゃあね」
彩は逃げるようにして俺の家から出ていった。やっぱり怒ってるんだ。そうだよな、いつもの彩なら俺が「上がりなよ」って言うと「うん」とか言って上がるもんな。
だけど……俺、どうしたらいいのか分かんないよ。
どうしたら彩に許してもらえるのか、分かんないよ―――。