第32話 俺&奈美さん
学校へ行っても彩は目を合わせてくれない。
当たり前だ。あんな事してしまったんだから。諸悪の根元はそりゃ里砂だ。だけど言い訳がましく言いたくもないし。
って言うかあの時に里砂がどうのこうのって言う時点でもう言い訳だ。
昨日は教室があんなに楽しかったのに、今日は入りたくもない……。教室の中では彩と奈美さんが何やら話してる。
きっと俺の事をバカだアホだって罵ってんだろう。最低男だ、って……。
そうだよ。俺は最低だ。里砂にムカつける立場じゃないんだ。いいよ、もっと罵ってくれ。それで被害者面出来るんだったらもっともっと罵ってくれ。
地獄の底まで突き落とす勢いで罵声を浴びせてくれ。
教室は全然楽しくない。相談出来る相手も居ないし、第一に彩が気になってしょうがない。俺が黒板を見てる時に彩は俺の事を睨んでるんじゃないか、って……。
「こら榎本!」
バシッと音がして頭に衝撃がきた。しばらくグラグラした。
顔を上げたら、目の前に担任が立ってる。くそー、ファイルで叩いてきたんだな。しかも凄いプリント挟まってんじゃん。こりゃ痛いに決まってるや。
「お前さっきからどこ見てるんだ」
「……あっち……」
適当に指差したら担任は呆れてため息をついた。
教室中がドッと笑いに包まれたけど、彩は1人暗い顔で、笑ったりなんてしてなかった。
彩を気にしてるうちに、1日はあっという間に終わった。
放課後、しばらく教室から外を見てた。
やっとカバンを持って教室を出ようとした時、奈美さんがパタパタ走ってきた。
「あれ?」
「ん?」
「まだ居たんだ」
「うん」
「……どーしたのよその顔。凄い暗いけど」
「いや……」
奈美さんは微妙に首を傾げてから縛ってた髪を解いて、教室に入った。
「…………彩から聞いたんだろ?」
いそいそと帰る準備をする背中に向かって、言葉を投げた。
その背中は訝しげな顔に変わった。
「聞いた? 何を?」
「え?」
「え? 「え?」じゃなくて……何を?」
「聞い、てないんだ?」
「うん、何も。今日だっていつも通り話してたし。って言うか「晴樹くん」の「は」すら出てこなかったわよ?」
奈美さんは肩をすくめて見せた。
「あー……なんだ……。じゃあいいや。うん。あの、バイバイ」
余計な事を言ってしまった!
しまったぞ! てっきり彩は奈美さんに話したんだと思ってた!
急いで靴に履き替えた時、外が土砂降りな事に気が付いた。あくまでマイペースにカバンを持ってきた奈美さんも驚いた顔をしてた。
「……榎本くん」
「はい」
「今日の天気予報……見た?」
「うん、見た」
「なんて言ってた?」
「…………1日中……快晴……」
そこからは沈黙だらけだった。雨の音が余計にうるさい。
こんな土砂降りの中、お互い学校から家が近いわけでもなく、傘を持ってるわけでもなく……。どうしたらいいのかと途方に暮れた。
結局学校に残って雨が止むのを待つことにした。
教室に入って、俺は自分の席に、奈美さんはその前の席に足を組んで座った。
「奈美さん、彩は?」
「何言ってんのよ。先帰っちゃったの知らなかったの?」
「え。全然知らなかった」
「ま、日頃から晴樹くん晴樹くん言うからね。禁止ワードにでもしてやろうかと思うくらいよ。それが今日出てこなかったのは変だなとは思ってたけど……」
「そっか……」
「2人が一緒に帰らないのが決定的だったわね」
うーん。確かに。最近は別々に帰ることなんて無かったからなぁ。
あ、この間は違うか。まぁあの時は彩にも理由があって別々だったわけだしな。
「で? 何があったの?」
奈美さんはニッコニッコ笑って聞いてきた。
いや、笑う話題じゃないと思うのですが……。どうなんでしょう??
どうしよっかなぁ。奈美さんに話しても大丈夫なのか大丈夫じゃないのか……。もしかして奈美さんからクボに伝わってクボから校内中に回覧板のように回り回ってグルングルンと噂になって新学期早々ありゃりゃこりゃりゃと……。
うー! そうなってからでは遅い!! どうしよう!!!
って悩んだあげく……俺は奈美さんに全てを話してしまった!
誰かに聞いてもらわないとどうにかなりそうだったんだ。
話し終わった後、奈美さんはジッとしたまま動かなかった。急に立ち上がって怒鳴ってきたらどうしよう。
「最低じゃない!」とか「榎本くんバカよ!!」とか言われたら……もうホントに立ち直れないぞ。自分で分かってる事だからこそ余計に立ち直れないぞ。
だけど俺の心配は心配いらなかった。奈美さんは立ち上がりも怒鳴りもしなかった。
「それ全部彩乃に言ったらいいじゃない」
それだけだった。ケロッとした口調で言い放った。
「…………え?」
「って言うかそれって浮気って言うのかしら。榎本くんの話聞く限りでは相手の女が一方通行してるだけに思えるけど?」
「でもやっぱ……キスしちゃったしさ……」
「だーかーら、そこまでの過程を彩乃は見てないんでしょ?」
……確かにそうだった。彩が見てたのは多分、キスする寸前。それを見ちゃった後では全てが全て浮気らしい行為にしか見えっこない。
里砂が体押し付けてきたりしたのに対して抵抗したって、それはもう彼女に見つかってしまったから、と言う見苦しい抵抗であって……。
全てを話せば彩は許してくれるんだろうか?
「雨、止んできたみたいよ」
奈美さんは窓をガラリと開けて手を伸ばした。
そう言えば、さっきまでの激しい音はいつの間にか無くなってた。小雨が地面を叩く音が聞こえるだけ。
風に髪をなびかせながら、奈美さんは俺を見て小悪魔みたいに笑った。
その笑顔が何を表してるのか、なんとなく分かった。俺も同じ考えだった。せっかく雨も止んできてくれたんだ。早いとこ彩に会って全てを話そう。そして素直に謝ろう。
今までみたいに彩が晴樹くん晴樹くん言ってくれるような関係を取り戻すんだ。
……またまた奈美さんに感謝だな。