第3話 奈美さんとその子
そっか。里砂……あの女が浮気したからだ。
最初は犬塚しか憎めなかったのに、段々と里砂も憎めるようになってきて……。
やっぱり、浮気は嫌だなぁ……。された側の身にもなってみろ、っての。
俺がそんな事思ってたら、下から母さんに呼ばれた。電話みたいだ。俺はまだ携帯を持ってないから、電話は家のを使うしかない。
電話の相手は……クボ。下に降りてって母さんから受話器を受け取る。
「もしもし?」
【あ、なぁなぁ、今暇?】
「? 暇、だけど……」
【じゃあ一緒に昼飯食べようぜぇ〜!】
「悪い。さっき食べたとこ」
【ガーーーーーン】
クボは電話越しに自分で効果音を作った。でもまぁ、付き合ってあげよっかな。
「行ってもいいよ」
【マジ!? じゃあ学校の近くのジョイフル来て】
「おう、分かった。じゃな」
クボも携帯を持ってない。「榎本くんが持たないんだったら俺も持たないんだーい」だってさ。きっとジョイフルの公衆電話から電話してきたんだな。
受話器を置くと、俺は財布をポケットにしまって家を出た。
はぁー。真っ青な空がずっと向こうまで続いてる。ココらは田舎だから邪魔するものが無い。あー、気持ちいい。
蝉の鳴き声もいい感じだし、俺の横を網持った少年達が通ってくし。
おーい君達、虫除けスプレー撒いたかー? あっはっはー。
バカみたいに頭の中で会話してると、ジョイフルの黄色い看板が見えてきた。外からチラッと中を覗くと、クボは窓側の席に座ってた。一生懸命小銭を財布にしまってた。やっぱり公衆電話からだ。家に電話するだけでそんなに小銭使うわけないだろー。出しすぎだよ、クボ。
小銭がテーブルの下に落ちたのか、クボはしゃがみ込んだ。少し後、顔を上げた時に俺に気付いたみたいだ。手を振ってきた。俺も軽く手を振り返して中に入った。
「榎本〜! やっぱりお前も俺と仲良くしたい……」
「早よ食え」
クボにそう言って、俺はアイスコーヒーを頼んだ。
「そいえばさ、年上の彼女とは別れたんだろ?」
「……あぁ……」
「新しい彼女とかは?」
「そんな簡単に作れるわけないだろ」
テーブルの上に置かれたアイスコーヒーを飲みながら、俺はそう言った。だってアイツが初の彼女だったんだ。もう「彼女」にはコリゴリだよ……。
「じゃあもう付き合わないの?」
「時期が来れば自然と付き合うよ」
「ふーん……」
「クボ」
「ん?」
「この後……久しぶりに2人で遊ぼ」
多分「ちょっと照れ気味」な俺の言葉に、クボは一瞬驚いた顔をしたけど、いつもみたいにニカッと笑うと「おうっ」と言った。
そこから俺は夜までクボと遊んで、家に帰った。
次の日、宿題をやり始めた。面倒臭いけどやらないとなぁ…………。
レポートとか教科書とかが山積みになってる。それを見ただけで、空は快晴なのに俺の心には雨が降りまくった。
俺は毎年、夏休みになっては「宿題は1日3ページ」と決めてる。……が、それが達成された試しは無い。威張ることじゃないけど。
だけど今年こそは……!!
俺は机の上に転がってるシャーペンを手にした。レポートに芯を擦りつけてく。
しばらく経って、手を休めて見てみると今日やったのは4ページ。
……やった! 本日のノルマ達成だ! あー。もう今日は心置きなく好きな事が出来る!
姉貴は仕事だし、ゲームやりまくりだ!! 今日は『ドラクエ』をやろう。この頃全然進めてなかったから。
その日、俺はドラクエを気が済むまでやりまくって終わった。
「……出校日、かぁ」
気が付くともう夏休みは後半まで来ていた。
と言ってもウチの学校は夏休み2週間しかないけど。そして今日は出校日だ。今日までに出さないといけない宿題は……レポート25枚、ノート2冊、教科書30ページ。
これを約一週間でやれ、ってのはちょっと拷問に近くないか? これが普通なのかな?
一番心配なのは、クボがやってきたかどうか、って事。俺は一応やったけど。
学校に行くと、予想通りクボは俺に泣きついてきた。
「榎本くん俺ってばどーすりゃいいのよ!? レポート10枚しか出来てねぇよぉぉ! ノートも1冊半だし。……教科書なんて30ページも出来るわけないじゃんかよぉぉ!」
「俺に言うなよ……」
「だってだって教科書の問題、あんなの分かるわけねぇじゃんかよぉぉぉ!!」
「剛史!」
教室の窓の方から声がした。
あ。あれは、クボの彼女の「楠本奈美」さん。同学年なんだけど、なんとなくいつの間にか「さん」付けになってる。
俺がクボと友達になってから彼女って事を知って、奈美さんとも友達になったんだ。奈美さんは3組で俺らは5組。クラスが違うけど、結構会う機会がある。
クボはよく俺に「可愛いからって奈美ちゃんをとるなよ?」って言ってくる。確かに顔は可愛い……って言うより綺麗かな。とにかく整った顔をしてる。んでもってアネゴ肌。
だけど人の彼女なんだからとらないっての。アイツと同じになりたくないし……。
「あっ! 奈美ちゃぁぁぁん!」
今度は奈美さんかよ、クボ。
「何してんのあんた」
「宿題が全部出来てないんだよぉぉぉう!」
「榎本くんも苦労してるねー。コイツと同じクラスなんて」
「あ、いや。まぁ……」
奈美さんは窓のレールに肘を付いて笑ってる。
なんて答えたらいいか分からなかったから曖昧な返事になっちゃったけど……まぁいいか。
―――ん?
そう言えばさっきから奈美さんの横に居る子……誰だろ?
「あ、じゃ、そろそろ戻るね」
奈美さんと隣に居たその子は自分達のクラスに帰っていった。その直後チャイムが鳴って、1時限目が始まった。
クボは先生に少し怒られて、また俺に泣きついてきた。しかも泣き言が凄い理不尽……。
「だって榎本が俺に宿題見せてくれないからー!」
だとさ。
お前毎日奈美さんに「自立しなさい」って言われてんのにまだ懲りないのかぁ?
「なぁ、今日遊ぼうぜ」
急に話題を変えるなお前は……。
「悪い、今日は無理」
「なんで?」
「クボと同じ目に合いたくないから宿題やんないと」
ちょっと意地悪してそう言うと、クボは泣き叫んで走ってった。向かった先はとゆーと……。
お決まり、奈美さんのクラス。窓から大声で「奈美ちゃぁぁん」なんて叫んでるから…あぁホラ、やっぱりゲンコツ喰らってる。
決めセリフは「うるさいっ!!」だ。
その時にも、あの子は奈美さんの隣に居た。クボと奈美さんのやり取りを見て少し笑ってる。なんだろう。印象としては……「可愛らしい」子。
カッコイイ系の奈美さんとは対照的だなぁ。でも逆にバランスが取れてるのかも。
……っつかマジでこんなとこで分析してる場合じゃなかった! 宿題ってのは口実。今日は姉貴の仕事が早いから、帰ってくるその前にゲームをやりまくらないといけないんだ。
俺はクボに「先に帰るから」と言って家に帰った。
帰ってから30分だけは俺の時間だった。