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第27話 バイト

「疲れた……」

「凄い走ってたもんね!」

「クボが逃げ回るからさぁ…………」

 今は帰り道。走ったのは朝だけど、その疲れが未だ足に残ってる。1番ムカッと来たのは、クボだけケロッと元気になってた事。

 俺はこんなに疲れきってるのに、諸悪の根元がすぐに元気になっちゃって。

 まぁいっか。家に帰ったらシップ貼らないと。

「あ、そうだ晴樹くん」

「ん?」

「帽子、買いに行くって言ってたじゃない?」

「…………あ!! そうだった!! 買いに行ってないね!!」

「うん、だから、日曜、行かない?」

「オッケーオッケー! 全然オッケー!」

 よっしゃあ! じゃあシップ貼って臭いの撒き散らしてる場合じゃない! 日曜よ、早く来い!





 日曜は思ってたより早く来た。

 今日は日曜。あの日曜。

 前に帽子買いに出掛けた時は、まだ「小田さん」と「榎本くん」って呼び合ってたんだっけ……。懐かしいな。

 俺は準備をして、公園に向かった。もう待ち合わせと言えばこの公園になってる。

 今日は彩が先に来てた。

「おはよ」

「あ、おはよう」

「早いね」

「なんか早く起きちゃったから……」

 話しながらバス停に向かった。バスはもうすぐ来る。帽子、すっかり忘れてたなぁ。ちゃんと彩が俺に似合うやつ探してくれたんだよな。

 千…………千いくらだったっけ?

 せんはっぴゃく……? だったっけか?

 まぁいいや。行けば分かるさ。



 行った。

 無くなってた。

 帽子は春物になっていた。

 彩の帽子も、買えないまま終わってしまった。

「ゴメンっ!!!」

 俺は平謝り。彩はボーゼン。

「ほんっっっとにゴメン!!!」

 また平謝り。彩はボーゼン。

「俺のせいです! 本当にゴメン!!」

 ただ平謝り。彩はボーゼン。

 目の前には春物の服達。

 やっとこさ凍ってた彩の口が開いた。

「うん……あの…………ま、また、来年……さ、買いにこれば………………」

 風が吹いた。ピュ〜っと音を立てて、吹いてった。

 その風に乗って彩の涙が飛んでいきそうだった。振り子みたいに左右にブランブラン揺れて、口を開けば「きくちゃん!」と言いそうだった。

 俺はせめてもの償いとして、昼ご飯をおごる事にした。それからまた新しい欲しい帽子が出たら、買ってあげる事にした。

 彩は「いいよ、そんなの」って遠慮してたけど、俺の男としてのプライドが許さない!

 でも……昼ご飯おごっただけで財布の中はスッカラカン。

 バイトしなくちゃなぁ……。

「晴樹くん」

「ん?」

「もうすぐ春休みじゃない?」

「あ、そうだね」

 って言ってもあと何週間後だ?

「春休みになったら、バイト、しない?」

「おー。バイトね! 俺もしたいなぁって思ってたんだ」

「そうなの!? じゃあ、同じとこでやったりとか…………」

「全然いいよ! 楽しそうじゃん」

「ほんと?」

「ほんと!」

 彩もバイトしようと考えてたんだな。

 あ、でも部活の関係でバイト出来る日が限られてきちゃうな。

 ……いいや! もうこれを期に帰宅部に変更だ!!

 じゃあ帰ったら早速退部届を書かないと! なんで俺こんなワクワクしちゃってんだろ?

 あ、きっとあれだな。多分、バスケより彩の方が好きだからだ!

「18からは出来る幅広がるけどさ、それまではコンビニか飲食店か……その辺だよね」

「晴樹くん詳しいの?」

「姉貴が死に物狂いでバイトしてた時期があってさ。今の俺等くらいの時」

「そっかぁ。晴樹くん、お姉さんとお兄さんが居たんだよね。いいなぁ」

 あ、そうか。彩は1人っ子だもんね。

 でも兄弟が居るってのも結構大変だよ。特に下は。

 姉貴が怖いし、ムカツクとすぐに頭グリグリ攻撃してくるし。兄貴がボケボケなのが唯一の救いだな……。

「どこが働きやすいのかな」

「んー。コンビニは時給安いくせにキツイって言ってた。やるなら飲食店の方がいいってさ。確かにコンビニって時給750円とかだもんね」

「凄い! バイト博士みたい!」

「えー。そこまではいってないよ」

 なんか喜べばいいのか悲しめばいいのか……。

 コンビニは夏のがキツイって言ってたな。冷房ガンガン効いてて、おまけにずっと半袖だから鳥肌が立つとか、レジ打ちは立ちっぱなしだから足が棒になるとか、お客さんが来ない時に嫌いな人と一緒になったら地獄だとか。その他モロモロ。

 大変そうだなぁ。

「ねぇねぇ、マクドナルドとかでも出来るのかなぁ?」

「あーマックねぇ。出来るんじゃない? また今度行ってみようか」

「うん!」

 っつうわけで、月曜日の学校帰り、俺と彩とでマックに押し掛ける事にした。

 そしてその月曜日。

 授業が終わり、俺と彩はいつも通り一緒に帰る。

 ここ最近やってなかったクボとの「じゃあな」も、今日は久々にやった。

「さて、じゃあ行こうか」

「うん!」

 俺と彩はマックへ向かう。さすがファーストフード。店に近づくほどいい匂いが漂ってくる。思わずヨダレをすすりたくなってきちゃう程いい匂いだ。

 モスとかケンタッキーとかでも、マックでも、やっぱ店の外からでもいい匂いはするんだなぁ。

「いらっしゃいませー」

 店に入ると、愛想のいい笑顔のお姉さんがそう言った。

 あー。店内は更にいい匂いがしてる。

「あの、すみません」

「はい?」

 ちょっとドキドキしたけど、俺はそのお姉さんに話し掛けた。

「ここって、高校生でもバイト出来ますか?」

「あ、ちょっと待ってくださいね」

 奥に行く時も笑顔。

 俺、ああいう人好きだなぁ。あ、いやいや。恋愛対象とかでは無くて、ね。

 しばらく待ってると、『店長』と書かれたネームプレートを付けてる中年の男の人とさっきのお姉さんが来た。

「バイトですね?」

「はい!」

「大丈夫です。高校生も出来ますよ」

「そうですか! ありがとうございます。……あの、ちなみにバイトの内容とかって……?」

 俺がそう聞くと、店長さんは奥を指差した。

「厨房とか、他はレジ打ちとか」

「分かりました。ありがとうございます」

 高校生も大丈夫なんだ。よかった。

 俺は彩と話し合って、ここでバイトする事にした。履歴書を書けばいいらしい。

 じゃあ早速家に帰って書かないと。

 ……あれ? そう言えば、家に履歴書ってあったっけか?


「無いわよそんな物」

 家に帰って聞いてみた。即答だった。

 だから俺は買いに行った。家のすぐ近くにある、俺が小さい頃からお世話になってる馴染みの文房具屋さん。

 『文房具屋』って言っても、色んな物が置いてある。バスに長時間揺られないと店の無いこの辺りは、この文房具屋が頼りだ。

 だから片隅に冷蔵庫が置いてあったり、ちょっとした本も置いてあったり。

 あ、冷蔵庫ってのは売り物じゃ無くて、冷蔵しておかないといけない食品の為の冷蔵庫。俺達客は、その冷蔵庫から欲しい物を勝手に取ってってレジに行けばいいってワケ。

 なんか店屋に来てるのに、家に居る感覚を覚える、変わった店だ。店主も変わった人。

 名字は普通に『鈴木さん』なんだけど、いっつも竹刀持ってて、服装は何故かずーっとジャージ。店に居る時も外に居る時も。さすがに外に竹刀は持っていかないみたいだけど、初めて見た人はきっと驚く。顔もゴツイからね。

「鈴木さん、履歴書ってある?」

 俺はもうお馴染みの客、言わば常連さんだから普通に話せる。俺が話し掛けると、ブスッとした顔の鈴木さんは顔をクシャクシャにしてニッコリ笑う。

「よぉ晴ちゃん。……履歴書か。何に使うんだ? アイドルの学校にでも行こうってか?」

「違うよ。バイトすんの。マックで」

「マック…………。あぁ、あの最初の帽子のとこか」

 鈴木さんは「ファーストフード」の事を「最初の帽子」と言う。合ってんのか間違ってんのか……。

 いくら教え直しても、次会う時は必ず「最初の帽子」に戻ってる。

 だから俺はもう何も言わない事にしてる。ノーコメントってやつだ。

「あったあった。あったぞ晴ちゃん」

「お、ありがとう! ……ねぇ鈴木さん、履歴書の書き方って分かる?」

「書き方ぁ? そんならお前、自分の姉貴に聞きゃいいだろぉ」

「姉貴は怖いんだよ。ね、お願い! またガムたくさん買いにくるからさぁ」

「…………まぁ……しょうがねぇなぁ!! ホラ来い」

「へへっ! ありがとう!」

 鈴木さんは奥に上がってった。

 店の奥は鈴木さん家になってて、店と家の間に廊下がある。そこから両方繋がってるんだ。俺も小さい頃はよく遊びに来てカキ氷とかアイス棒とか貰ったりしたなぁ。

「あらー晴ちゃん! 久しぶりじゃないの。やだわぁ大きくなっちゃって!」

「おー、ブンさん! こんにちは!」

 鈴木さんの奥さん。通称ブンさん。名前が文子だから、「文」を取って「ブン」。

 最初は本人も「ハエみたい」って嫌がってたけど、呼び続けるうちに満更じゃなくなってきたみたいだ。

 今ではもう「ブンさん」と呼ばないと変な気さえするくらい。

 アイスとかはいつも、ブンさんから貰ってた。勝手にズカズカ座敷に上がり込んではアイス貰って。今考えると凄い事してたんだなぁ、俺。

 だけど勝手に上がってたって嫌な顔なんて絶対しない。2人には子供が居ない。だから孫も居ない。俺の母さん曰く、俺の事を孫同然に扱ってくれてるらしい。

 それがスッゴイ嬉しくて毎日通ってたんだよなぁ、ココ。最近は全く来てなかった。

「ホラ、いいか。まずここに名前だ。それから住所、電話番号、まぁ書いてある事に従ってきゃあいい」

「うん」

 それから色々教えてもらって、なんとか書き終えた。

「終わった終わった! 鈴木さんありがと!!」

「ま、俺に出来る事っつったらこのくらいだからな。またガム買いに来いよ?」

「分かってるよ! じゃあね!! ブンさんもさよなら」

 俺が手を振るとブンさんも手を振ってくれた。

「いつでもおいでね。アイス用意して待ってるから」

 ブンさんの言葉に、俺も鈴木さんも笑った。

 履歴書を書き終えて、あとは送るだけ。バイトして金が入ったらまず何しよう?

 いや、「何」じゃない。まず最初は彩に帽子を買う。それだけ! それで余ったら…………旅行とか行ってみたいな。

 よし。頑張ってバイトするぞ!!!

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