第22話 雪掻きじいさん
朝。俺は8時に目を覚ました。今日は日曜日だ。
ベッドから下りて、階段も降りた。テーブルの上には菓子パン1つ。俺の好きなダブルメロン。
でもなんでこんなに静かなんだ?
……あ、そうか。今日は姉貴も兄貴も母さんも父さんも居ないんだった。俺1人、か。まぁみんなそれぞれ用事があるんだねぇ。
確か姉貴は彼氏とデート、兄貴は彼女の家に泊まり、母さんはEXILEのコンサート、父さんは会社にレッツゴー。父さん1人可哀相だな。
でも兄貴、今日泊まりに行くなんて……。
カレンダーを見て思い出した。明日の月曜は祝日だった!! 学校休みだ! 多分部活も休みだ!! あー、やったー!!
ジャンプして喜んでたら、電話が鳴った。ちなみに家はフレッツ光に入ってる。ある日CMで長澤まさみが出てきて、父さんがテレビに齧り付いた。父さんは長澤まさみの大ファンだし。それでCMが終わったら急に、「フレッツ光に入るぞ!」って言い出した。
って、延々と解説してる場合じゃないな。電話が鳴ってるんだから出ないと。
「はい榎本です」
【あ、小田と言います。晴樹くんいらっしゃいますか?】
「彩?」
【え? あ! え? 晴樹くん?】
ビックリしたー。彩から俺ん家に電話してくるなんて全然無かったから……。
俺が彩の家に電話する事も全く無いけど。
「珍しいね、どうしたの?」
【今、大丈夫?】
「うん。大丈夫だよ。家族全員出掛けててさ、丁度暇だったんだ」
【そうなんだー! あ。あのね、今奈美とゆんと私であの公園に居るんだけど、あ、公衆電話から掛けててね? えっと、それで、晴樹くん来れる?】
「行けるけど……なんで俺?」
【奈美が「この際榎本くん誘っちゃいなよー」って……】
「はははっ! そっかそっか。うん分かった。じゃあ今から行くよ」
【うん。ごめんね】
「全然いいよ。じゃあ後でね」
がちゃっと受話器を置いて、俺は2階に上がって準備を始めた。だって今はまだパジャマのままだったし、顔すら洗ってない。
急いで洗面台の前まで行って顔を洗った。水が凄い冷たい。でもそのおかげで、バッチリ目が覚めた。
自分の部屋に行ってタンスから服を引きずり出す。ジーパンとグレーのトレーナー。
よし、準備完了! あ、一応財布も持ってこう。ポケットに財布を押し込んで、やっとこさ家を出た。うーん、今日もいい天気だ!
彩とエチカに行った時葉っぱをかき集めてたおじさんは、今日は雪掻きしてた。季節の違いを感じるよ、ホントに。
「おはようございます」
「おはよう。寒いねぇ」
「そうですねー。よく降りましたね」
「全く掃除が大変だよ。あ、そうだ晴樹くんも手伝ってくれないかい?」
…………はい?? あ、え、うそ、や、これは予想外の展開だ……!!
早く行かないと彩と奈美さんを待たせてしまう! だけど手伝ってって言ってる老人を置いていくのもなぁ……。
仕方ない。ちゃちゃっと片付けて走っていこ!
「分かりました! それ貸してください!!」
「あぁありがとう。頼むよ」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
俺は一心不乱に雪掻きした。おじいさんは感心してた。
5分後、おじいさんの家の前に溜まってた雪が片付いた。疲れた……。
でもやっと公園に行ける! 早く公園へ……! 公園!!
「あ、晴樹くん」
「なんですかっ!!!?」
「よかったらお茶でも飲んでいかないかい? お礼もしたいし……」
「あっいえ!! また今度ごちそうに…」
「まぁそう言わずに。寒いだろうに、早く入りなさい」
「いやホントに……いやいやいやいや! お、お気持ちだけ…」
榎本晴樹。一生の不覚。おじさんに敵わないなんて。
でも家に入れられちゃったら仕方ない。ちゃっちゃとお茶飲んで走って行こ!
「いやー。今時晴樹くんのような好青年居ないだろうねぇ」
「や、それほどでも……」
早く行かないと! お茶一気飲み!!!
…………。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! あぢいいいいいいい!!!!」
「晴樹くん! 何して……あ、水、水」
う…お…。どこに……こんな熱いお茶一気飲みするバカが居るって言うんだ……。きっと俺以外居ないぞ。
おじいさんは水を持ってきてくれた。そしたら奇跡的に喉の火傷は治った。
有りえないくらいの奇跡だ。このおじいさんどっかの魔法学校にでも通ってたんじゃないか?
「わしはね、魔法学校に通っていてね……」
「はい……………………うそぉ!!!?」
「ハリー・ポッターと同期だったんだ」
「……………………」
この後、どこで誰がどんな風に聞いたって「嘘だろ」って思う、おじいさんの輝かしい青春時代の話を聞かされた。
所要時間30分。もうダメだ。大遅刻だ。きっといくらの彩でも怒ってる。呆れて帰っちゃってるかもしれない。
それもこれも全て俺の不覚さから来た大失敗だ……。
「あの、ごちそうさまでした」
「え? もう帰るのかい?」
「もう十分に聞かせていただきました……」
「そうか。気を付けてね」
はい。気を付けます。もう二度と雪掻きの手伝いしないように。もう二度と急いでる時にこういうおじいさんに近づかないように。
「くっそおおおおおおおおお!!!!」
俺は走った。ひたすら走った。今の状態で持久走大会に出れば優勝ってくらいに走った。
いつもは走ったとしても5分の道のりを、走って2分で着いた。
とりあえずベンチに座る。
「彩は居ない……か……。そりゃそうだよな。こんなに遅刻したんだし……」
「遅かったね。どうしたの?」
「うん。おじいさんの雪掻き手伝ってて……………………………………え?」
横に彩が居た。奈美さんもゆんも居た。奇跡だ。
「あっ……あああああああ彩!!! 奈美さんも!! ゆんも!」
「あや? え、なに? 榎本くん彩乃の事「彩」って呼んでるの?」
「あ、いや、まぁ……」
改めてそう聞かれると照れる。でも呼んでるのは事実なんだし。
奈美さんもクボみたいにおちょくってくるのかなぁと思いきや、「知らない間に進展してるー!」って喜んでんのか悔しがってんのか、よく分かんない事を空に叫んだ。
「彩遅れてゴメン!! 奈美さんも……」
彩は、笑顔で許してくれた。奈美さんはと言うと…………まだ空を見てた。
良かったー。もう別れる、なんて言われたらどうしようかと思った。
「あ、そう言えば今日クボは?」
「あー剛史ね。もうダメよあいつ」
「え?」
また喧嘩でもしたんだろーか? それともまたクボが浮気したんだろーか?
でもそんな深刻そうじゃないぞ??
「ホラ、昨日草野球のとこで会ったでしょ?」
「うん。会ったね」
「野球見ててさ、急に「俺って野球が似合ってるんじゃないかな!」とか変な事言い出したのよ。もう付き合ってらんないわ」
クボ……。すぐ影響されんだから……。まぁクボなら言い兼ねないな。
そして奈美さんの話はまだ続いた。
野球が似合ってるとか頓珍漢な事言い出したクボを置いて、奈美さんは先に帰っちゃったみたいだ。だけどその日の夜奈美さん宅に電話があったらしい。相手はクボ。
てっきり「なんで置いてっちゃうんだよ〜」とか言ってくるのかと思いきや、「奈美ちゃん、俺がプロ野球選手になっても選手のサインねだっちゃダメだよ」と、またまた頓珍漢な事抜かしたらしい。
勿論奈美さんは即受話器を置いた。以上、奈美さんの記憶劇場だ。
「また凄い事言い出したんだね、クボの奴」
「でしょ!? そうでしょ!? もう呆れたわよ」
奈美さんは腰に手を当てて頬を膨らませた。俺は何も悪い事なんてしてないんだけど、まるで俺が怒られてるみたいだ。
「ゆんちゃ〜ん。もう剛史なんて無視だね、無視!」
でもついさっきまでタコチューになってたと思いきや、奈美さんはゆんを撫で始めた。
その奈美さんと、幸せそうなゆんを見て彩は笑ってた。そしたら今度は俺を見た。
「あのね?」
急に口を開いた。
「ん?」
「私………………」
「なに。どうしたの?」
「私ね、やっぱり晴樹くんの事お父さんに言った方がいいんじゃないかと思って……」
な…………なんだって?
「え??」
「だからね、お父さんに晴樹くんの事を言った方がいいと思うの」
そこから俺が何も言わなかったもんだから、公園内に重苦しい空気が漂った。
ひたすら沈黙だった。
俺の中以外は。
俺の中では、言葉がグルグル回ってた。めまくるしく動いてた。
そして、1つの言葉が俺の口から飛び出した。
「なんですとぉぉぉぉぉぉぉ!!!?」