第20話 勘違いは災いのもと
「おはよう晴樹くん」
「あ、おはよう……彩」
俺と彩は2人でニッコリ笑った。まだこの呼び方には少し慣れない。でも大丈夫だ。絶対いつかは慣れる!! って思いたい今日この頃。
彩と分かれて5組に入る。そしたらクボが近寄ってきた。
「おはよう晴樹くん。…………だなんてラブラブじゃないのよお宅」
……出たな、おばさん。やっぱり手はカマキリで上下に激しくブランブラン揺られてる。
「いいだろ別に!」
「で? 何? もうキスは済ましたのか?」
クボにそう言われて、俺は何故か椅子ごと後ろにドッカーンと倒れた。昨日から注目の的だ。
「やだなぁ榎本くんってば。そんなに動揺する事無ぇじゃんよ。まさかもっと先までいっちゃったとかぁ?」
やっと起き上がった俺は、またクボの言葉に素っ転んだ。みんな倒れる度にいちいち見なくていいから……。
なんでクボはそんな事しか考えられないかな……。奈美さんが危険だ。……奈美さん?
あ、そうだ、奈美さんとはどうなったんだろう?
「…………クボ、奈美さんとは……」
「あぁー。なんか分かってくれなくてさぁ、俺も一生懸命話したんだよ? でもどうやっても言い訳がましくなっちゃってさー……」
…………あ、そうか。俺もクボと一緒に3組に行ったんだ。それでクボが奈美さんに連れられてくトコを見たから、何かあったんだって誰でも分かるはずだよな。だから俺がこの話持ち出しても何も変じゃないってワケだ!?
なんだ、それならもう心臓バックバック言わせなくていいんだぁ! 良かったー!!
「奈美さんとは仲直り、するのか? ……出来るのか?」
「分かんねぇ。……だけどさ、やっぱ奈美に誤解させるような事してたのは俺だし」
クボ、こう言う事に関してはシッカリしてんだよなぁ。いつもはホントにくだらない事で「榎本くーん」って言ってくるくせに。
「そう言えばさ、榎本も彩乃ちゃんとなんか喧嘩っぽい事してたじゃん?」
「あぁ、うん。…………って……なんで知ってんだよ……?」
「俺達喧嘩してます、って雰囲気出しまくってりゃ誰でも気付くって!」
え、出しまくってたのか、俺等。
「……で?」
俺がそう聞くと、クボは「は?」って顔でこっちを見た。
「あ? 「で?」って?」
「だから、俺達の喧嘩がどうかしたのか?」
「あぁ、仲直りしたのか?」
「当たり前だろ。昨日バッチリ元に戻ったさ」
ホントは戻っただけじゃなくてレベルアップしたけど。
でもその事をクボに言うとしつこく聞いてきそうだから言わなかった。
「どうやって仲直りしたんだ!?」
「えぇ? どうやって、って……2人で謝り合いっこしただけ」
そうやって言うと、クボは「う〜ん」って悩み始めた。
しばらく頭をかかえたり叩いたりその場ででんぐり返ししたりして、気が済んだのかやっと頭を上げた。で、俺を見た。
「……なんだよ……?」
「俺は謝ってなかった! 奈美に一度も謝ってなかった!! でも謝ったら浮気したって認める事になっちまうだろ!? あ、いや、ホントはしてないけどさ、ホントにホントはしてないんだけどさ、でも謝ったら「やっぱりね!」とか言われそうじゃんか!? うん、きっと言うんだよ、奈美の事だから!!」
決め付けちゃってるよ、コイツ……。奈美さんだって(多分)鬼じゃないんだからそんな風に怒ったりはしないだろ。逆に謝らなかったから怒ってるのかもしれないし……。
「でもな榎本!!」
「あ?」
クボは俺の肩を掴むと、ツバが飛んできそうなくらい一生懸命に話し始めた。って言うか怒鳴り始めた。
「やっぱり女に「浮気したのね!」って言われた時は男は素直に謝るべきだと思うんだ、俺は! この期に及んで言い訳するなんてそんな見苦しい物があるか!? いや、無い! 無いだろう!! 女に疑い掛けられるような事したのは男なんだから! 分かったか、榎本!!」
「いや、俺じゃなくてお前…」
「だからな、喧嘩したらまずは謝る! これ鉄則!! それを守らないで逃げ回ってる男は最低中の最低だ! 男の風上にも置けない! 風下に置いたって気が済まないくらいだ!! いいか!? 100個言い訳並べるよりも1個の言葉で済ませた方がいいに決まってるんだ! どうだ、分かったか榎本!!」
「だから俺じゃなくてお前…」
クボは俺に言うだけ言うとサッサと教室を出ていった。まったく勝手な奴。俺に怒鳴ったってどうにもならないだろ……。って言うかまるで俺が最低の男みたいじゃないか。
クラスメイトはまた俺を見てるし。
席に戻ろうとしたら、杉浦が近寄ってきた。
「大丈夫だ、榎本。今からでも遅くないからな。ちゃーんと謝れば分かってくれるさ」
「ちょっと待て、お前何か勘違いしてないか?」
「いや、隠す事は無い。喧嘩するほど仲が良いって言うだろ。大丈夫。不安なら俺も一緒についてってやろう」
「だからさ、俺じゃなくて…」
「俺と俺の彼女は今まで喧嘩した事無いんだ。喧嘩するほど仲が良いって言ってもやっぱ喧嘩しない事に越した事は無いだろう? 俺達きっとこのままいけるんじゃねぇかなぁ。同棲までいっちまったりして……」
もういい。今のコイツには何言っても右耳から入って左耳から抜けてくだろう。
っつーか付き合い始めてまだ2日じゃねぇか。それで喧嘩してたらそれはそれでちとキツイぞ。
杉浦は「うきゃきゃっ」って笑うと俺の事なんか放って自分の席に着いた。
とんだ勘違い&お惚気野郎だ。
そんなこんなで、とりあえず今日も終わった。
5組を出て3組に向かおうとした時、クボが奈美さんを引っ張ってくとこが見えた。3組の窓から溢れだしそうになってる野次馬達がうるさい。そんな教室の中に、困り果てた表情の彩が居た。
「…………。あ、晴樹くん」
「なに、どうしたの?」
「クボくんが急に3組に来てね、奈美を連れてっちゃったの。なんか凄い真剣な顔して……」
……謝るのかな、アイツ。どうしよう。見に行きたいけど……でもあれは2人の問題であって、俺等が行くことじゃないよな。
行きたいけどここは大人しく我慢しよう。
「2人の問題だもんな。……帰ろっか」
「でも……何か出来る事ないかなぁ」
「俺等に出来る事は、2人に任せる事だけだよ」
下手にでしゃばると事がこじれて更に仲直りしにくくなっちゃうし。もう俺は覗き見なんかもしないし盗み聞きもしない!
「……そっか……。そうだよね。……うん、帰ろう」
「うん」
その日、俺と彩は手を繋いだ。お互いぎこちなくて、里砂とも何度か繋いだはずなのに何故か俺もぎこちなくて、すんごい照れたけど繋いだ。
もう完璧に茹でタコ状態だったけど、でも幸せだった。今週はレベルアップの週なのかもしれない。クボと奈美さんもレベルアップするかなぁ……。
次の日、クボと奈美さんは何も無かったかのように話してた。仲直りしたんだな、きっと。俺、公園でクボを見たって事言った方がいいかなぁ。
そうだ、言おう。そして真実を知るんだ!
「……クボ」
「んえ?」
「ゴメン奈美さん、ちょっとクボ借りるね」
「うん、どーぞどーぞ好きなだけ」
「あっ奈美ちゃんヒドイッ!」
奈美さんに手を伸ばそうとするクボを連れて、俺は男子トイレに行った。
「なんだよ急に」
「……あの、さ。俺……お前の事…」
「ダメだよ男同士なんだから!! それに俺にはちゃんと奈美って言う彼女が!」
「…………あぁ? バカヤロー違ぇよ!! 何勘違いしてんだお前!?」
ホントに何考えてんだ、コイツ……。
冗談とは分かってるけど気持ち悪ぃ……!
「俺はな! 公園で! お前を! 見たんだよっ!!」
あー。言ってしまった。パンチが来るかもしれないなぁ。でも知らないと気が済まないって言うかモヤモヤしたままだし……。
「え、何、見てたのかぁ。なんだよー」
「…………え? 怒ら、ないのか?」
「なんで怒るんだ?」
「いや……怒らないならいい……。で、なぁ、あの女は誰なんだ? スゲェラブラブっぽい話してたけどさ、あの人が浮気相手か?」
パンチが飛んできた。
見事右頬にビンゴだ。危ういとこで、もう少しで奥歯が抜けそうだった。
「バカ者! だから俺は浮気なんてしてねぇっつってんだろ!!」
クボはオレンジ色の床に倒れてる俺の上に馬乗りになって、俺の服を掴んだまま叫んだ。
だけどな、今はそんな事聞いてられるほど余裕ないんだよ……。脳味噌がグルグル回ったままだ。今自分がどんな状況にあるのかさえ分かんないや。
やっとこさ頭が回復してきた。だから口を開いた。1番疑問に思ってた事を口にした。
「じゃあ…………あれ誰だよ……?」
「あのな、あれは浮気相手でも何でも無く、姉ちゃんだ!」
…………あぁ……なるほど……姉ちゃん……………………。
姉とならあの会話もあり……え? ありか? だってあんな恋人みたいな会話……。
「なんで姉貴とあんな会話すんだよ?」
「俺の姉ちゃんは東京に住んでんだよ。彼氏と。んでたま〜に家に帰ってくんだけど、初めて家出た時に親父と喧嘩して、口利くのが未だに嫌みたいで、だから俺を通して今日泊まってっていいか、とか決めるんだ。だから奈美もお前も見事に勘違いしてたわけだ」
……なんだよ……そう言う事、かよ……。姉貴、ね……。ははっ……。
こりゃ一本取られたな…………あっはっはっは……。
「で、いい加減下りろ」
「あぁ、悪い」
クボはスッと立ち上がると、「奈美ちゃ〜〜ん」って言って走ってった。
って事は俺が盗み聞きしたのがキッカケで彩との関係が危うくなり、俺が盗み聞きしたのがキッカケでクボを軽蔑するとこだったんだ……。
もう盗み聞きなんてしない。
絶対しないからな!!!!