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第2話 元彼と。

 訂正します。人生そんなに甘くありませんでした。

 やっぱり怒られました。

 そしてついでにクボに笑われました。


 1時限目が終わった時、教室内で目立つのは「肩を小刻みに震わせる男」と「その首を引っ掴む男」。

 前者がクボで、後者が俺だ。

「笑うなっ!!」

「だってだってだって……ぎゃははははっ!」

「なに、大久保の奴どーしたの?」

 後ろから友人の杉浦が声を掛けてきた。

 「どーしたの?」って言われても……俺が「遅刻して武セン(武田先生)に怒られた」って言ったら爆笑しやがった。

 そうとしか言えないんだけど……。

 ってゆーーーーか、

「クボ笑いすぎだ!」

「あひっ…あぁぁー…………あー…窒息死するかと思った……」

「俺クボにだけは笑われたくねぇよ! 何度も遅刻してるクセに」

「滅多に遅刻しない奴が遅刻して怒られた、って方が笑えるじゃん」

 いや、笑えないよ。笑う前に慰めの言葉の1つくらい掛けてくれたっていいじゃんか。

「大丈夫だ榎本! 気を落とすなよ」

「笑われた後に言われるのが一番腹立つんだよっ!」

 俺はクボの頭を小突いてやった。

 榎本、っていうのは俺の名字。2話目で言うのもなんだけど。


 校舎内にチャイムが鳴り響いた。やっと今日1日の授業が終わった。


「今日も彼女とラブラブすんの?」

「おまっ・・・! そーゆー事言うなよっ」

「何を?」

「…………ラブラブとか…」

 そうやって言ったらクボの奴からかってきやがった。

「いやーん。榎本くんが「ラブラブ」とか言ったー。榎本くんったらエッチー」

「うるうるうるせぇよ!! なんかなんかそうやって言われると急に恥ずかしくなってくんじゃねーかっ!」

「いやんいや〜ん」

「まぁたやってるよ、あの2人。仲いいんだなぁ」

 あ、杉浦ぁ! そんなとこで眺めてないで俺の味方になってくれりゃいいのに!

 って……あれ? あ、こっち向かってきた。やった!

「杉……」

「末永くお幸せにな」

 そう言って素通り。クールに素通り。クボが更に調子に乗る始末。

「榎本くん。俺達末永くお幸せに、だって! 仲良くなろーか! ねぇねぇ榎……」

 ボコッ、って音を立ててクボの顔面にパンチを喰らわせてやった。そのままスタコラサッサと去る俺。

 ちょっとやりすぎたかな? まぁいいか。いい薬だ。

 廊下内に置いてきたから校門で「じゃあな」って言い合う相手は居ない。

 たまにはいっかな、そう言うのも。


 アパートに帰ってきた。今日の飯はなんだろ?

 ウキウキしながら上がってくと…

(…この間の男……!?)

 またあの男だ。紺色の帽子を被って黒のTシャツを着ていた、あの無愛想な男。

 すれ違う時、今日もまた無視していった。

「……お、おいっ!」

 俺が声を掛けると、無愛想な顔をこっちに向けた。うわ、目つき悪っ!

「なに」

「…………あんた、この前も居ただろう…?」

「あぁ。…会うのは2回目だな」

 声まで無愛想ときた。しかもスッゴイ棒読み。

「何……何してんだ…?」

「お前に関係あんの?」

「…………」

「じゃ」

 その男は軽い足取りで階段を降りていった。

「おいっ…………」

 俺がもう一回声を上げた時にはもうソイツは居なかった。モヤモヤした気持ちだけが残る。でもこのままココに突っ立ってても仕方ないから家に帰った。

「おかえりー」

 いつも通り、里砂が出迎えてくれた。

「ただいま……」

 靴を脱いで、そのまま座ったままでいると、里砂が肩に手を置いてきた。

「どうしたの? 元気ない」

「怪しい男を2回も見た……」

「…………え?」

 里砂の顔色が少し変わった気がする。

「ん? 「え?」って?」

「あ、ううん。……晩御飯にしよっか」

「なんか隠してる?」

 俺は立ち上がった。里砂の華奢な肩がビクンとなった。

「……隠してないよ……?」

「隠し事は無しって言ったじゃん」

「だから何も・・・」

 振り向く里砂の肩を掴んだ。驚いた顔だ。その拍子に服がちょっとズレた。

 そこにあった物は……

「ち、違うの。これはね……」

「何が違うんだよ。キスマークじゃねぇか、これ!」

「…………」

「…………アイツ…?」

「え?」

「さっき言った、変な男……アイツか!?」

 俺は里砂の肩を持つ手に力を入れた。

「違うの! あの人は悪くなくて……」

「寝たんだろ? アイツと! 俺が居ない間にアイツと寝たんだろっ!?」

 そう怒鳴ると里砂の目から涙が溢れだした。

 ふざけんなよ、泣きたいのはこっちだ。なんで俺より先に他の男と寝れるんだよ。

 何か俺に足りない物でもあったのか? 俺じゃ不満なのか?

「ゴメン……晴ぅ……」

 畳に涙ボタボタ落としながらそうやって言ってきた。

「…………俺じゃ…ダメなのか…?」

 そう聞くと里砂は首を横に振った。でも今は……そんなの信じられない。どれだけ首を横に振られても信じられない。

「最初に……約束、したよな。絶対に浮気はしない、って」

「…………ごめんなさい……」

「約束の意味無いよな」

「…………」

 里砂は黙りこくった。

 黙ってないでなんとか言えよ……。俺どうしたらいいか分かんなくなるじゃんか。



「ごめんなさい、晴……!」

 立ち上がろうとする俺の腕に里砂がしがみ付いてきた。

「ごめんなさい…………!」

「…………アイツ、誰なんだよ?」

「……高校生の時に付き合ってた人で…」

 元彼、ってワケか。ヨリを戻したいとかそう言うのか? それともただの体目当て―――?

「今どこに居んの」

「…………」

「どこに居んの!」

「……隣の地区の…ココと同じアパートに……」

「名前は?」

「……犬塚康平…………あ、ねぇちょっと!」

 俺は飛び出してた。

 あの男が許せない。里砂も悪いはずなのに、俺はあの男を許せない。


 ―――あの男しか憎めない―――。


 隣の地区っつってたな。今度こそ里砂に近づくなって言ってやるから。

 思い切り走ってたら、意外と早く着いた。

「犬塚…………犬塚康平……犬塚……あった!」

 心臓がバクバク言ってる。走ってきたせいもあるけど、やっぱ緊張してるのもある。

 …バカ、なんで俺が緊張するんだよ! もっと堂々としてなきゃ……。

 ちょっと震える手でチャイムを鳴らした。

 数秒後、中から出てきたのは……当然だけどあの男だ。

「! …………」

「どーもぉ」

 俺はわざと憎たらしく挨拶をした。一瞬、ソイツの眉間にしわが寄ったのがわかった。

「里砂の元彼なんだって?」

 ソイツは一瞬動きが止まったが、そのままドアを閉めようとした。だけどそんな簡単に逃がしてたまるか。俺はもうすぐで無くなりそうな少しの隙間に手を突っ込んだ。

 ドアを掴むと、強引にこじ開けた。

「逃げんなよ!!」

「…………」

「アンタさぁ、人の女にちょっかい出しといて、ただで逃げれると思ってんのか?」

「…………」

「なんとか言っ…」

「残念だったな!」

 急に叫んできた。なんだよ。なんだよコイツ。

「アイツの体はもう俺の物だ」

「はぁっ!!?」

 手に妙な感触が残った。気が付いたら俺はあの男……犬塚を殴ってた。玄関に尻もちを付く犬塚の上に座って体を倒させ、尚も殴る。

 …だって許せねぇよ! こんな奴を里砂は一生懸命にかばって……。なんでこんな奴かばうんだよ!

「……晴!? 晴! やめて! 死んじゃうよぉっ!!」

 ハッとして後ろを振り向くと里砂が居た。俺を犬塚から引き剥がすとハンカチを取り出した。滲む血をそれで拭いてる。

「……放っとけよそんな奴……!!」

「バカ! 何言ってんの!? このまま死んじゃったらどうするの!」

 バカ……? バカはそっちだろ…?

 俺よりその男のが大切なのか……?

「じゃあ……一生ソイツと居ろよッ!!!」

 俺は階段を駆け降りた。しばらくは後ろから里砂の呼ぶ声がしたけど、じきに聞こえなくなった。追いかけてくる気配も無い。

 なんだよ。その男がいいんなら最初から俺と付き合ったりなんてすんなよ。

 そのままアパートに帰る。里砂の出迎えが無い部屋はいつもよりシンとしてて、少し寂しかった。

「……里砂なんて…もう知らないからな……!」

 誰も居ない空間に向かって、俺はそう呟いた。タンスの一番下の段を開けて黒い大きなカバンを取り出すと荷物を詰めた。もう服がグチャグチャになろうが構わない。とにかく一刻も早くこの部屋から出たかった。

 だってこの部屋は――――



 ―――他の男が上がりこんだ部屋だ……。



 そんな部屋でのうのうと暮らしてられる方がどうかしてる。

 俺が荷造りしてると里砂が帰ってきた。

「……晴? 何してるの……!?」

「決まってるじゃん。出てくんだよ」

「どうして!?」

 「どうして」? 聞くまでもないだろ。

「……そうだよな。とりあえずはそうやって聞いておかないとな」

「え?」

「里砂はあの男……犬塚とか言う男と暮らせばいいじゃんかよ! 俺は単なる暇つぶしの相手だっただけだもんなぁ!?」

 俺がそう怒鳴ると里砂の肩が震えた。

「そんな……そんな事ないよ…………」

 じゃあどうして他の男をこの部屋に……。

 そう聞きたかったのに。ただそれを聞きたかっただけなのに。

 俺の口から出たのは――――

「最低、だよね」

 その言葉だった。里砂が凍ったのが分かった。だけど言ってからダメだって思ったってもう遅い。

 引っ込みつかなくなった俺は、無言のまま出ていった。やっぱりさっきと同様、里砂が追いかけてくる気配はなかった。


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