表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/50

第19話 衝突。一方でレベルアップ!

 走ってったはいいけど、どこに行ったのか全然分からない!

 俺は犬じゃないから鼻で匂いを辿るなんて事出来ないし、ウサギじゃないから耳で足音を聞くなんて事も出来ない。

 くそ! 奈美さん、クボ、どこ行ったんだ!?

 とりあえず俺達は中庭に出てみた。まぁ2月半ばにわざわざ中庭に出て話をする人達も居ないだろうけど……。

「あ!」

 居ないんだろうけど、ひたすらそう信じてたんだけど、隣で小田さんが声をあげた。

 指差した方には、「2月半ばにわざわざ中庭に出て話をする人達」が居た。

 アンビリバボーなんて言ってる暇は無い。小田さんを連れて、俺は2人の近くにある大きな木の影に隠れた。

 2人の話し声は結構聞こえる。

「なんか誤解してないか? お前……」

「ちゃんとあたしはこの目で見たのよ! アンタが他の女とラブラブいちゃついてるトコ!」

「俺は他の女といちゃついちゃいないぞ!」

「じゃあ何よ!? あたしの目は節穴ってワケ!?」

「誰もそんな事言ってないだろ! 奈美の勘違いだろ、か・ん・ち・が・い!」

 奈美さん、知ってたんだ……。

 でもなんだか……ハードだな、こっちは。よくまぁこんな寒い中葛藤を繰り広げられるなぁ、あの2人。

 ……クボ、俺もちゃんと聞いちゃったんだ。クボが他の女の人を家に招き入れる会話を。しかも年上っぽかった。

 クボの好みが変わったとかそう言うのかな? だけどだったらちゃんと奈美さんに伝えるべきだ! 男なら男らしく言えよクボ!

「あーっそう! そうやって言い訳するんだ!?」

「だーかーら言い訳じゃねぇって! 誤解だ! 勘違いだ! 見間違いだ!!」

「そうやって必死になってるの見ると弁解っぽくて更に怪しいのよねぇ……」

 ……確かに。

 奈美さんは腕組みしてクボを見た。クボの額に冷や汗が滲んできてるような気もしないでもない。

 クボと女の人との会話は恋人同士の会話っぽかった。「家行っていい?」とか……。それも付き合い始めてから大分経った恋人同士のような。

 奈美さんとは間違ってもしないと思うけど、って言うか奈美さんの場合あんな『猫なで声』出さないと思うけど……クボの本命はどっちなんだ?

「こんな状態の時に言うとうそ臭いかもしれないけどさ、俺が好きなのは奈美だけだよ」

「……じゃあなんで他の女といちゃついたりすんのよ」

「お前が見たのは…………っつーかさ、言っとくよ。ハッキリ言っとく! アイツは……」

 あぁ! クボ言っちゃうんだ!! あっちが本命とか言っちゃうんだ!! ダメだ、見てられない!!

「ゴメン小田さん、俺あっち行ってる」

「え?」

 俺はすぐに立ち上がって走った。


 校舎内に戻ってからもしばらく走った。やっと止まってふと後ろを見ると、小田さんも追い掛けてくれてた。

「あ、小田さん……。ゴメン」

「どうしたの……?」

 小田さんはハーハー息を切らしながら俺を見た。

「なんかさ……見てられなくて……っつか本来俺が見てなくてもいい事なんだろうけど……」

 俺がそう言うと、小田さんはニッコリ笑って「そうだね」って言った。

「奈美とクボくんの問題だもんね」

「ははっ! なんか必死に探した俺等バカみたいだね」

 俺のその言葉を合図にしたみたいに、俺達2人はゲラゲラ笑い出した。

 ひとしきり笑った後、小田さんは笑い涙を拭いながら「一緒に帰ろ」って言ってくれた。俺も「うん」って言って、2人で下駄箱まで歩いてった。


 帰り道。

 俺と小田さんは絶えず話しまくった。言葉が途切れて気まずくなる事なんて全く無くて、俺って小田さんがホントに好きなんだなぁって実感した。

 2人で居ると時間はあっという間に過ぎていく。いつもの公園で話して、気が付くともう時計の針は8時を差していて、冬の空はもう真っ暗だった。

 暗い夜道を外灯が照らしてる。

「もうそろそろ帰らないとダメかなぁ……」

「そっか。そうだよね。お母さんとか心配するよね」

 俺は今、小田さんにあの事を言おうと決意した。頷いて手を振って、公園を出て行こうとする小田さんを、俺は引きとめた。

「ゴメン、あのさ、最後にさ…………あの、まぁ、頼み、って言うか……うんあの、そう言うのがあるんだけど……いいかな?」

「? いいよ?」

 さぁ、深呼吸、深呼吸。まずは落ち着いてからだ。

 深呼吸を済ませて、改めて小田さんを見た。

「ずっと言おうか迷ってたんだ。山ん時にも。……でもなかなかタイミングが掴めなくてさ、だから……」

「うん」

「率直に、言うね?」

「いいよ」

 ヤバイ。よし、もう一度深呼吸、深呼吸……。

 寒さと緊張で口が震える。

「もう俺は……「小田さん」を卒業したい……」

「……卒業?」

「だからさ、なんつーかさ、もう「小田さん」と「榎本くん」の呼び方を卒業したい、って言うか……」

「……卒業……」

「ダメ、かな……」

 不安だ……。まだ嫌だ、って言われたらどうしよう……。

 俺がオドオドしてる間に、小田さんは首を横に振っていた。それでニッコリ笑うと俺を見た。

「榎本くんがいいなら……私もいいよ」

「…………ホントっ!!?」

「うん!」

 うそっ! ホント!? うそじゃないよな、ホントなんだよな!? ホントにホントなんだよな!?

「じゃあ、なんて呼べばいいの?」

「え……えっとね……」

 そうか。そこまで考えてなかった。だけどせっかく呼ぶなら俺だけの呼び名がいい。

 奈美さんには「彩乃」って呼ばれてて、クボには「彩乃ちゃん」って呼ばれてて、中村一寿には「小田彩乃」って呼ばれてて(小田さん本人は気付いてないみたいだけど)、じゃあ俺は…………。

 考えろ、考えろ俺! なんて呼びたいんだ、俺は!? 誰にも呼ばれてない小田さんの呼び方……なんだ? 何がある!?

 …………! そうだ!!!

「あやっ!!」

 咄嗟に出た名前はそれだった。なんか小田さんのイメージに合わない気もするけど、何を隠そう小田さんの名前は「彩乃」なんだ! だから「彩」って呼んだって変じゃないような……。でも小田さんが気に入らないとダメだよな。それに誰も呼んでない名前なんだからあんまり馴染めないって言うデメリットもあるかも知れない。そうなったら「小田さん」から卒業出来ないままじゃないか! 「小田」って呼ぶわけにもいかないし「彩乃」って呼ぶのも変な気もする。

 そうなるとやっぱり「彩」が1番…

「あや…………」

 俺が頭の中で色んな文字をグルグル回らせてると、小田さんが俺の言った名前を呟いた。

 気に入らないかな……? まぁ気に入らないなら気に入らないで別の名前を考えればいいだけなんだけどさ……。

「うん……いいよ!」

「え……おっけ?」

「うん!」

 ……やった。

 …………やったじゃん俺!!! やったよ! やったよ父ちゃん!!!

「じゃあ、えっと……小田さ……彩は? 彩は俺の事なんて呼ぶ……?」

 俺がそう言うと、彩はキョトンとした顔になった。

「え? 私も変えるの?」

「変えないの?」

「変えるの?」

「……変え……たくない?」

「いや、いやいやあの、いいんだけどね? いいよ、じゃあ変える! えっとねぇ……」

 小田さんはどんな呼び方をしてくれるんだろう……。

 ウキウキ。ワクワク。ドキドキ。(少しだけ)ビクビク。

「じゃあね、私も下の名前で……えっとね……」

 なんだろう……。でもなんとなく彩には「くん」付けで呼んでもらいたい気もする。

「晴樹くんか晴くん。どっちがいい?」

 おぉ!! 望み通りの「くん」付けだ!!

「どっちでもいいよ。彩、の呼び易い方で……」

 彩、って名前を心の中で思うならいいんだけど、いざ口に出そうと思うと急にこっ恥ずかしくなるのはなんでだろう……? いいや、じきに定着してくるだろ。

「じゃあ晴樹くん!」

「分かった!」

 なんかちょっとレベルアップっぽいじゃないか! いいじゃんいいじゃん!

「これから晴樹くんって呼ぶね!」

「うん。俺もこれから彩って呼ぶ」

「うん!」

 自然と口角が上に上がってく……。口裂け男にでもなっちゃうんじゃないか、ってくらい上がってく。ポマードポマードポマードって言われたらおしまいの口裂け。

 ……まぁそんなくだらない事考えてる暇があったらさっさと送ってけ、って思うから、そろそろ送らなきゃ。

 明日から学校でも「彩」と「晴樹くん」なんだ……!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ