第18話 ワダカマリ
次の日の水曜日、奈美さんとクボの間にも嫌〜な空気が漂い始めた。ちょっとばかし遅いような気もするけど、波風が立ってるのは事実みたいだ。
でも今は俺、人の心配してる場合じゃないんだよなぁ……。小田さんとは今も一応挨拶するくらいで。だけど奈美さん達の方がもっとヤバそう。
挨拶すらしてないみたいだ。
廊下ですれ違ったってひたすら無視。
勿論小田さんと奈美さんが5組に来ることも無し。
「どーすりゃいいんだよぉぉぉ!!」
「何がだ?」
「うおっ!!?」
急に後ろから声を掛けてきたのは……久しぶりの登場、杉浦だ。
横には女子が居る。
「す、すすす杉浦ぁぁ……ビックリした……」
「なんだよ、せっかく声掛けてやったのにその反応は」
まぁそりゃ感謝しておくよ。忘れ去られてるわけじゃない証拠だもんな、うんうん。
それはそうと……。
「その……そっちの……」
「あぁ、へへへ! 俺の彼女」
彼女……。かのじょ……? かのぢょ……!!!?
杉浦に彼女!!! あの野球一筋の杉浦に彼女!!! しかも結構カワイイ!
勿論さ、小田さんには……その……負ける、けどさ……。
とりあえず適当に挨拶を済ませて、その彼女さんは教室の外に出ていった。杉浦は俺の心配とかよりもただ単に彼女の存在を自慢したかっただけみたいで、俺に彼女との経緯を話し終わったらスタコラサッサと出ていってしまった。
なんだよチクショウ……。
「榎本」
ん? あ、今度はクボだ……。う……手が勝手に動いて殴りそうだ。
「……何?」
「あのさ、奈美からなんか聞いたりしてねぇ?」
「…………何をだ?」
あー。きっと今俺顔引き攣ってる……。口角の上辺りに山折りの窪みが出来てる。「なんだその顔は」級に引き攣ってる。
「いや、奈美さ、この頃態度が素っ気無いって言うか冷たいって言うか……」
「そりゃそう……」
「え?」
しまった……!! つい……。クボは俺が盗み聞きしてただなんて知ってるはず無いし。でも今暴露した所で奈美さんとクボの、ましてや俺と小田さんの関係が修復されるわけでも無い! 逆に俺とクボの間に溝が出来てしまう! いや、もう俺の中では一応溝は出来てるんだけど、更にその溝が深くなって下がマグマになるくらい地下に掘られてしまう!!
で、でもこのピンチをバラす以外にどう切り抜ければ……!?
「いや…………そ、そりゃそう……と、そ、そりゃそうとさ、あの……お、れ……と……トイレ! そう、トイレ行ってくんな!? な?? 今さ、スッゲェ我慢しててさ、殴……じゃなくてトイレを!! だからさ、じゃあな!!」
「そんなに我慢してたのか? そりゃ悪かった。行ってきていーぞ」
「あはははははサンキュー! じゃな!」
ってワケで一応切り抜けられたわけだ。俺はひたすら走ってトイレに向かった。だけどトイレなんてさっき行ったところだから用があるわけじゃない。
時間を潰したいわけだけど、でもそんなのわざわざこんな臭いところで……。
とりあえず俺はトイレのタイルの壁に背中を預けた。オレンジ色の床に腰を下ろして、深呼吸は出来そうにないからため息をついた。
どうすればいいんだ、俺は。
クボから見たら俺は何も知らないただの俺。
だけど本当の俺はほとんど全て知ってる俺。
完全に食い違っちゃってるよこりゃ。しかも今の俺には他の人達を心配してる余裕は無いときた。本当にどうすりゃいいんだよ俺は!?
何も知らない絶好の相談相手の杉浦も彼女にメロメロ。メロンパンナちゃんのパンチを喰らったみたいにメロメロ。俺の周りに相談相手にふさわしい人は居ないのか!!?
チクショー! 誰かに胸の内を伝えないと俺はどうにかなりそうだ!!
はっ。……1番平和そうな人物が居た。
いつもいつも分厚い本片手に誰とも話さないでひたすら本を読んでる……中村一寿……。
俺がまだ小田さんに告白してない時に「僕の好きな子を取るな!」発言してきたアイツ。でもアイツと俺はライバルっつーかなんつーか……。
一応俺の方がリードしてるんだけど、中村一寿も小田さんの事を好きなんだよな。
今アイツにそれを言うなんて、小田さんを取ってくれって言ってるようなもんじゃないか。やっぱ無理だな、中村一寿に相談するのは。
「榎本晴樹じゃないか」
「!? うわーーっ!? うっ……うわっ……!!」
な、なななな中村一寿!! なんでこのタイミングでココに来るんだっ!?
「何してるんだ、こんなところで」
「お、お前こそ……」
「僕はただ単にトイレに来ただけさ。ココに来たって事はする事は1つだろ」
…………じゃあその『する事は1つ』の事をしてない俺ってどうなんだ? まぁいいや。
早く出てってくれないかなぁ……。っつーかコイツ、トイレに来る時も本放さないのかよ。誰も取らないよ、そんな小難しい本。
「何か悩んでるみたいだね」
!? なんで分かるんだコイツ!? い、いや、カマかけてるだけかもしれない……。ココでボロを出しちゃダメだ。
「……そ、そっちは何か読んでるみたいだね」
「そんなボケかまさなくたっていいよ」
「う…………」
中村一寿……手強い……! だけどココで全てを曝け出すなんて……ダメダメ! 絶対にダメだ!! しかも相手は同じ人を好きなライバルなんだぞ! 時と場所と人を考えろ、俺!!
中村一寿はわざと俺の前を横切って、壁にくっ付いてる手洗い場に向かった。ジャージャーっていう音の中で中村一寿が何か言ってる。
「小田彩乃の事で悩み事かい?」
……呼び捨てにするなよ。しかもフルネームで……。まぁ、ハズレってワケじゃ無いけど。って言うか殆ど当たりだけど。
「別に」
そうだ、いいぞ俺。ここで「そうだよ」なんて言っちゃった日にゃあ災難が降り掛かってくるぞ。まるで鮭フリカケみたいにパラパラとご飯の俺に降り掛かってくるんだ! 真っ白な純粋な清楚な白米だったのに!!
「チャンスチャンス」
「え?」
「あぁ、いや、何も。じゃあ」
……? 何言ったんだ?? よく聞こえなかったぞ。
中村一寿はそのままトイレを出て行った。最後に「もう授業始まるけど」って言い残して。ヤバイヤバイ! 怒られるところだった……。
放課後、クボは奈美さんのクラス、3組に押し掛けてった。何故か俺も一緒に連れていかれた。
なんでも、
「だってさぁ、1人じゃ怖いじゃんかよぉ! 奈美ちゃんが爆発したらどーすんだよぉ! 俺広島の原爆ドームみたいになっちまうよぉぉ! なぁ榎本ぉ!」
だそうだ。言い訳は呆れるほどにドンドン出てくるんだから、クボの奴。
3組に行ってクボは窓に腕を乗っけて、いつもより大分控え目な声で「奈美ちゃ〜ん」って呼んだ。
奈美さんは一度こっちを向いたけど、すぐに元の方を向いてしまった。隣には小田さんが居る。少し緊張した。
だけどクボは凝りずに何度も呼んでる。しつこいのは良くないぞ、クボ。奈美さんもうるさく感じてきたのか、クボが20回くらい呼んだ時にズカズカ歩いてきた。
「く、クボ! どーすんだよ、原爆ドーム、シャレじゃ済まないぞ……!?」
「え、ええ榎本くん助けてよ」
「なんで俺なん…」
「剛史!」
俺等がくっ付いてると、今度は奈美さんがクボの名前を呼んだ。迫力満点。
「………………はい……」
クボは恐る恐る返事をすると、服を捕まれて奈美さんに連れていかれた。
なんか獲物を仕留めたライオンみたいな迫力だ。ちなみにクボは…………シマウマ。
3組の人達も唖然とする中で、小田さんが俺にゆっくりと近づいてきた。
「………………榎本……くん……あの……」
「……ん?」
彼女は俺の袖の部分をシッカリ握り締めて、バッと顔を上げた。
「ご……ごめん、ね……?」
……えっと、これって、もしかして、あの……この間の事を謝ってる、のかな……?
「や…………」
なんか言葉出せよ俺!! でないと……小田さん心配そうな顔してんじゃねぇか!!
「お、俺こそゴメン!! 気ぃ遣ったつもりで居たんだけどさ、実際そうじゃなかったみたいでさ、それで……なんかさ、なんか、小田さん傷付けちゃったみたいでさ、なんかなんか……ホントにゴメン!!!」
バッと顔を上げた小田さんの前で俺はバッと頭を下げた。みんなの注目の的だ、きっと。
だけどもうそんなのどうでもいいや。
注目の的になって笑われようが茶化されようが、小田さんと仲直りできない方がよっぽど嫌なんだ。よっぽど苦痛なんだ。
しばらくして、小田さんは掴んでた俺の袖を放して、そのまま床に座り込んだ。
……なんか心做しか震えてるような……。
「…………小田さん……?」
「良かった……」
「……「良かった」? って何が……?」
小田さんは俺の問いには答えなかった。答えられなかった。彼女は言葉の代わりに涙を出した。正直ビックリ。今来た人から見たら完全に『俺が泣かせちゃった図』じゃないか!?
だけどそんな心配よそに、小田さんは泣くばかり。泣きながらやっとこさ言葉を発した。
「…………私、ヒドイ事……しちゃったから……許してもらえなくて、仲直り出来なかったらどうしようとか……考えてて…………」
「……そんなん…………あの……あんなのさ、ヒドイうちに入んないって!」
「……でも……」
「俺こそさ、ホント……変な心配させちゃったり傷付けちゃったり……………………もうさ、なんつーかホントにさぁ!」
…………俺がそこまで言うと小田さんは涙のいっぱい溜まった目で俺を見た。ヤバイ、言葉が出てこない!! なんだ? 何言おうとしたんだ、俺!?
「ご……ゴメン!! ホントにゴメンね!!」
謝ると小田さんは更に泣きだした。でもそれは不安からくる涙ではなくて、悲しさからくる涙でもなくて……安心と、嬉しさからきた涙…………。
俺も安心した。
こうして俺と小田さんのわだかまりは消えた。今までずっと息を殺して静かに見てた外野達も、一気に騒ぎ出した。ヒューヒューうるさい。でも…………こんなのも悪くない。
あとはクボと奈美さんだけか…………。
俺と小田さんは我慢しきれず、奈美さんがクボを連れ去ってった方へと走っていった。