第17話 クボの浮気疑惑
日曜日。今日もまた、俺と小田さんは出掛けていた。勿論今度こそ2人で。
だけどコレと言って行く所も無いので、あの公園のブランコに座って世間話をしてる。
「そう言えばさ、最近奈美さんとクボってどうなの?」
「榎本くん知らない?」
「え……知らない、けど……」
「私も知らないの」
……謎のカップルってワケか。
『おばさんカップル』の後は『謎カップル』かよ。この頃クボ先に帰っちゃうし……。
「あ、そういえばこの間奈美怒ってたなぁ」
「怒ってたって?」
「奈美の話によるとね、クボくんから一緒に帰ろうって言ってきたのに、先に帰っちゃったんだって」
おぉ。そりゃあ立派に最低だな。クボの奴……命知らずめ。奈美さん可哀相に……。だけど……。
「クボにしちゃ珍しいね、そんなの」
「でしょ? 私も聞いた時変だなぁって思ったんだけど…………」
…………まさかクボ! 浮気かッ!!?
い、いや、ダメだ。疑うなんて! 証拠も根拠も無いんだから。……でも……。
「……あ、クボくん」
「え?」
ホントだ。クボだ。1人、なのかな……?
公園のベンチの後ろにある生垣の影に、クボの顔が少し見える。
ちょっと近づいてみよう!
「あ、榎本く…」
「しーッ! ……ホラ、来てみなよ」
俺は口に人差し指を当てながら手招きした。少し罪悪感があるけど、まぁいいや。小田さんも不安そうな顔でゆっくり近づいてきた。
「んー……よく見えないなぁ……」
でも辛うじて声は聞こえる。
「じゃあ。気を付けろよ」
「うん。ありがとう!」
「……なんだよ? 早く行けよ」
「あのね……また家行ってもイイ……?」
何ーっ!!? 家!? 家だと!? しかもこの声は奈美さんでは無い!!
って事はやっぱ………………ダメだクボ! OKしちゃダメだ! パッと切り捨てろ!
パッパッパッと……
「おう、いいよ。いつでも」
…………パッパッパッと…………パッパッパ………………。
バカ野郎! パッパッパどころか「いつでも」まで付けやがって!!
それ以降、話し声は聞こえなかった。
隣で小田さんも驚いてるみたいだ。ひたすら瞬きしてるだけ。ちょっと生垣の上に頭を出して見てみた。
…………もうクボの姿は無い。
俺と小田さんは近くにあるベンチに座った。
「……クボ……浮気、なのかな……?」
「分からないけど……でもあの話だと…………でも……」
あぁ……やっぱそりゃ混乱するよなぁ。俺も混乱してるもん。
クボの奴、何してんだよ……!!
次の日、俺はクボと目を合わせられなかった。でも小田さんはもっと奈美さんに目を合わせられないはず。だって小田さんは嘘付けれないから、誤魔化すの得意じゃないから。
気遣うあまり、喋っちゃうだろうから……。
放課後、小田さんは口を一文字にして俺のトコにやって来た。
窓に手を付くやいなや、肩で息をした。
「あ、お、小田さん。……どうしたの、大丈夫?」
「しゃ……喋っちゃうといけないと思って…………」
「うん。でも……息まで止める必要は無いと思うよ?」
小田さんは荒く息をしながらコクコクと頷いた。
「ほーい榎本くーん!」
俺の後ろからクボが急に声を掛けてきた。いつもなら全然ビックリしないのに、今日は何故か「うわぁぁ!」と声をあげてしまった。
「……な、なんだよ……彩乃ちゃんまで」
「え?」
窓を見ると、小田さんは教室の向かい側にある手洗い場まで後退っていた。
あぁもう……このままじゃ小田さんの方がどうにかなっちゃうよ……。
「悪いクボ! 今日別で帰る」
「え、なんでだよ」
「お前だって最近勝手に先帰ってんじゃんか」
そう言うとクボは納得したのか、カバンを持って教室を出ていった。
「小田さん、一緒に帰ろ」
と言うことで、俺と小田さんは一緒に帰っていた。彼女を家まで送り届けて、俺も家に帰る。小田さんと帰る時はいつもそうだった。
この時ばかりは小田さんもリラックス出来るようで、いつも通りだった。
「……小田さん」
「うん?」
「小田さんはもう気にする事無いから、クボの事は。だから自然にしてていいよ」
「え……? でも……」
「このままじゃ関係無い小田さんが1番どうにかなりそうじゃん。だからもう喋っちゃった場合は仕方ないし、それにギクシャクしてる方が逆に怪しまれちゃうし……」
俺がそこまで言うと、小田さんは少し悲しそうな顔をして頷いた。
「うん、あの……ごめんね……。邪魔、って言うか……足手まといみたいになっちゃって……」
「え、違っ……! あ、足手まといとかそう言うんじゃなくて……なんつったらいいのかな…………でもとにかく足手まといだなんて全然全くこれっぽっちも思って無いから!」
「ううん、いいの。あ、今日ここまででいいよ?」
小田さんはそう言うと俺の返事を聞かないまま走っていってしまった。
……俺、何かマズイ事言ったかな……? 一応気を遣ったつもりだったんだけど……。
火曜日。小田さんの対応が変わったのは昨日の月曜だ。
今日、学校で俺と小田さんはあまり言葉を交わさなかった。
目が合っても「おはよう」って言うくらい。でもなんだか、それすらもぎこちない会話だった。
何がそんなに気に障ったのか分からない。昨日の会話で俺がミスしたとも思えない。だって俺なりに気を遣ったんだ。
「ねぇ待って!」
だから俺は放課後、小田さんに聞いてみた。
3組に行って、帰ろうとする彼女を捕まえた。
「……何、怒ってんの……?」
「怒ってないよ」
「怒ってるじゃん。……少なくとも俺にはそう見える」
小田さんは下を向いたままだ。俺の事を見ようとしない。いつもなら話す時これでもか、って程見てくるのに。
「……小田さん、昨日俺が小田さんを怒らせるような事言ったんならゴメン。だからさ、普通に…」
「いいってば!」
小田さんは俺の手を振り払うと自分の体の後ろに手を回した。
「お……怒ってなんかないから……なんにも……」
「……でも……絶対いつもと様子が違…」
「ゴメン、もう帰るね……」
また小田さんは走った。やっぱり何か怒ってるじゃん……。
だっていつもなら絶対…………最後まで話聞いてくれるじゃんか……。
悔しさとか悲しさとか不可解とか、心の中で色んな感情が渦巻いてる。どうしたらいいか分からなくなって、俺は教室に戻った。
窓から顔を覗かせると足早に学校を去ってく小田さんが見える。
その足取りは、やっぱりいつもとは違った。ふとその横を見ると……クボ? 誰かと話してるみたいだ。
思わず窓を開けて耳を澄ました。だけど他の生徒達の話し声がうるさくてよく聞こえない。
俺は急いで荷物を持って教室を飛び出した。下駄箱で靴を履き替えて外に出る。丁度話してる所は木の影になってたから、そこに隠れれる。
この間もしておいて言うのもなんだけど、やっぱり盗み聞きってのは気が引けるなぁ……。コレを言うにはもう遅いだろうけどさ。
相手は……女の人だ。よくは分からないけど、多分公園で聞いたあの声……。
「剛史、今日泊まってってもいい?」
「……なんでだよ?」
「彼氏と喧嘩しちゃって…………」
フムフム。まぁ有りがちな理由だな。こう言うのに限ってホントは喧嘩なんてしてないんだ。
……ん? 彼氏?? クボが彼氏じゃないのか?? ってことは……二股!!?
二股女だ! ダメだろクボ!! そんな奴にまんまと……。
「まぁ……どうしても、って言うなら」
え、マジ!? だからダメだろクボ!! お前この間からダメな事言ってばっかじゃねぇか!
なんだよ、「どうしても」って!
っていうかなんで責めないんだよ!
……ちょっと待てよ? でもなんで「彼氏」ってのをクボの前で言うんだ?? まぁいっか。
「ありがと! じゃあ後でね」
「おう。じゃあ」
……奈美さんはどうする気だよコイツ。クボに誘われたから待ってたってのに。
もしかして奈美さんが待ってる間中ずっとさっきの女の人と会ってたとかそう言うのか……!? もしそうなら最低だ。奈美さんの気持ちを踏みにじるような事しやがって!
自分の知らないところで浮気された奴の気持ちが分かるか、クボめ!!
これは一言言ってやらないと!!
「……って……あれ?」
俺が立ち上がった時には、もうクボの姿はどこにも無かった。帰ったのかな……?
帰って家で女の人が来るのをニヤニヤ笑って待ってるのかも知れない。想像するだけではらわた煮えくり返りそうだ。
……だけど俺が怒ったところで何も変わりゃしないよな。仕方ない。帰ろう。
俺は荷物を持つと、校門を出た。勿論クボとの「じゃあな」は無し……。