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第16話 急げ!逃げろ!

 今、俺達は帰り道だ。ゆんのリードは俺が持ってる。

 川原では存分に遊んだ。こんなに疲れたのは久しぶりだ。

 部活でもここまでは疲れないぞ。なのに目の前の黒い顔、ゆんはまだ力が有り余ってるみたいで、リードをグイグイ引っ張る。おかげで俺の肩は外れそうだ。



 ゆんに引っ張られるがままに、俺達はすぐにあの公園に着いてしまった。

 公園内の時計を見ると、今の時刻は夕方の5時半。

 ちなみに小田さん一家が帰ってくるのは8時頃だそうだ。

「小田さんは……今からどうするの?」

「えっと……榎本くんが良ければ……い、一緒に……居たいなぁ…………」

 最後の方はもう蚊の飛ぶような声だったけど、分かった。

「おっけーおっけー! 全然おっけー!!」

 だって俺ももっと一緒に居たいし! だから小田さんの言葉は凄く嬉しい。

「んーと、じゃあどうしよっか。もう段々寒くなってきたよね」

 だけどゆんを連れて入れる店とかも無いし……。

 考えてたら、小田さんが口を開いた。

「あの…………あのね? う、ウチ…………」

「…………ウチ?」

「ウチ、に……来れば暖かい……けど……」

 ……それはもしや、あれか??

 あの、「ウチに来て!」と言ってるのか…………?

 あぁ、うん。俺はいいよ、全然。でも親父さんとかが知ったりしたら大変なのは小田さんでは……?

 「どこの馬の骨かも分からん男を連れ込んでいいと言った覚えはない!!」とか怒鳴られたり…………。

はっ! もしかしたら「もうその榎本とか言う奴と会う事も許さーん!!」とか言われたりするかも……! そうしたら俺と小田さんは会えなくなってしまう。こんな風に笑ってお出掛けなんて事も出来なくなってしまう!!!

 どうしよう……。

「…………榎本くん? ……あの、嫌ならいいよ、ホントに」

「え? あ、ううん。嫌じゃないよ? 全然」

 ……でもそうだ、今は小田さんの家族は出掛けてる。ならば別にビクビクする事は無いじゃないか! 何かするわけでも無いし!

 …………や、違うよ? 何かってそんなやましい物じゃないよ? 全然!

「行くよ。小田さん家」

 あぁ……言ってしまった…。そして行ってしまった……。

 今ココはその行ってしまった小田さん家。

 外からは見た事あったけど、中は見た事無かった。ゆんのケージが置いてある玄関先は広い。しかもケージの色はピンク色。どうもゆんには男らしい色は合わないみたいだ。俺だってそう思う。

 靴を脱いで上がると、右側にリビングへと繋がる木のドアがある。で、まぁそこはスルーして真っ直ぐ見ると、階段…………螺旋階段だ。なんかカッコイイ。勿論2階に行ける。

 階段の横を通って行くと、今度は左側に和室。来客用だそうだ。でもそれは小田さんの友達用じゃなくて、大人の話用。お父さんのお客さんとか、お母さんのお客さんの場合だけらしい。

 そこもスルーして少し進むと、長い木の廊下。今俺が来た道とぶつかってて、Tの字って感じ。右を見るとキッチンへ繋がるドア、左を見ると2、3個部屋が見える。左の道に行って、まず右側の部屋。お風呂みたいだ。洗面台、洗濯機、その奥に風呂がある。

 んでもうちょっと進むと次は左の部屋。そこは物置になってるみたいだ。

 そして通り過ぎて1番奥まで行くと、そこは仏間。仏壇が置いてある。

「へー……。広いんだね」

「そうかな。あ、座ってていいよ?」

 俺はリビングに入って、コタツの中に足を入れた。スイッチを入れて間も無いからまだ寒い。でも段々暖かい風が足に吹いてきた。

 リビングの俺が座ってるところからはキッチンに居る小田さんが丁度見える。

「ココアとコーヒーってどっちが好き?」

「え? あ……えっと……コーヒー…………かな?」

 そう言えばココアって最近全然飲んでない。小さい頃―――小学2年生くらいまでは飲んでたんだけどなぁ……。

「はい!」

 小田さんがコタツの上にコーヒーの入ったカップを乗せた。白い中に黒いコーヒー。湯気がモワモワたってる。

「ありがとう」

 飲んでみた。…………熱い。でも美味しい。微糖だ。俺が1番好きな味。

 コタツの角を挟んだ左隣には小田さんが居て、ココアを飲んでる。あー……幸せ。

 和むなぁ、こういう空間。

 もう1口飲もうとした時、外から声がしてきた。……まさか、ね。

「えっ? あれ? お父さんの声……!」

「……まっ、マジで!? だって帰ってくるの8時頃だ、って……」

 時計を見ても、今はまだ6時過ぎだぞ!? なんでこんな早いんだよ! 予定時刻はちゃんと守ろうよ!!

「榎本くん、こっち」

「あ、うん!」

 小田さんに連れられてったのは、風呂場だった。なんで? なんで風呂場?? まさか鍵を掛けてチョメチョメチョメなんて……。

 あぁっ!! なんて破廉恥な!!!

「あれ!」

 小田さんは何かを指差した。

 アレ? アレってなんだ!! いや、まさか…………風呂場にそんな物が置いてあるハズがない……!! 落ち着け、落ち着くんだ榎本晴樹ッ!

「は、早く、榎本くん!」

 恐る恐る目を開けると、小田さんが差してたのは小さな窓だった。俺が窓と小田さんの顔を交互に見てると、「家の裏に出られるから」と言った。

 俺は急いで風呂のフタに足を乗せて、窓の枠に手を乗せた。狭そうな窓は、見た目どおりホントに狭い…………。期待を裏切らない窓だ。でも、なんとか肩が出た。

「彩乃はまだ帰ってないのかしら?」

 リビングの方から声がする。ヤバイ! 心臓がバクバクだっ!!!

「ん? なんだ、このコップは」

 しまった! コーヒー!! 忘れてた!! バッチリ証拠が残ってるじゃないか!!

 もうこれは「見つけてください」って言ってるようなもんだ!!

 ヤバイ! 本当にヤバイ! 早く出なきゃ……!

 リビングからの声が聞こえる、って事は……下手したらこっちからの声も聞こえるんだ! 絶対に声を出しちゃダメだ!

「彩乃ったら、誰かお友達を連れてきたのかしら?」

「彼氏とか言うんじゃないだろうな」

「いやだわお父さん。そんな怖い顔しちゃって。いいじゃないの、彼くらい」

「ダメだダメだ! 断じて許さん!!」

 あうあうあう……。典型的な反対親父さんだぁぁ!!

 きっとバレたら「馬の骨骨骨ー!」って追いかけてくる! そして八つ裂きにされてしまう!! は、早く! 早く出ろよ、俺の身体!!


 ……よし。やっと腹まで出た! あともう少しだ!

「彩乃、居るのかー?」

 …………ん? なんか……声が近くなったような……?

「彩乃ー!」

「お父さん、お友達を送りに行ってるかもしれないでしょう」

「男じゃないだろうな!」

「またそんな事を……」

 ごめんなさい、お母様、お父様、俺は男です。

 あろう事か男の俺はご両親の居らぬ間に女の子のお家に入ってしまいました。お許しください! だから八つ裂きだけはご勘弁を……。



 ……よし、もう少し! 足を出すだけだ!


「彩乃ッ!!」


 こ………………声が…………近い!! すぐそこだ!!!

 ヤバイヤバイヤバイ!! 本気でヤバイ!!! マジでヤバイッッ!!!


「おい母さん、これはなんだ!」

 ……ホッ……。声が遠くなった……かな?

「あら、男の人の靴ね?」

 …………!!!! 靴!!! くつくつくつくつ! 靴ー!!!! なんてバカな奴なんだ、俺は!!? 靴を忘れるなんて!!!

「やっぱり男が居るのか!」

 お、お父さんの声……怒ってる気がする……。

「コレ、秋也(あきや)のじゃないわよね?」

 秋也……? あぁ、弟さんかな?

「違うよ、おれこんなの履かないし」

 ……こ、「こんなの」…………まぁいいけど……。

 とにかく俺は出る事を考えないと……。

「やっぱり男じゃないか! けしからん!!!」






 ……よし! 出た!!



「彩乃ぉっ!!!」


 ……い、今……お父さんがお風呂のドアを開けたみたいだ……。

 小田さんが口パクで「早く!」って言ってる。そうだ、俺は早く逃げないと!

「なんだここに居たのか……。何してた?」

「あ、あのね…………お、おふ、お風呂の準備を……って思って…………」

「風呂の準備? もうしてあるだろう、母さん」

「ええ、出て行く前に準備していったわよ?」

「え? あ、ああああれー? あ、あ、ほ、本当だぁ!」

 ごめん小田さん! でも今俺が出てったら小田さんまで雷喰らうだろうから……。明日学校で!!

 俺は靴下のまま走ってきてしまった。でもあそこで俺が出なかったのは正解だと思う。靴下のまま、ってのはどうかと思うけど…………。

 あー。足冷たいし、足の裏真っ黒だし。


 この最悪なシチュエーションで、俺は小田さんのお父さんに(一応)会った。




 次の日、学校で小田さんと会った。

「ごめんね、昨日……。大丈夫だった…………?」

「うん! なんとか言い訳出来たから……」

 あぁ……良かった……。小田さんが滅茶苦茶に叱られてたらどうしようかと思った……。

「あ、そうだ、これ……」

 小田さんは自分の机に行ってカバンを開けると、何やら袋を持ってきた。

 うわー、凄い。ちゃんと値段の付いてる袋っぽい。スーパーの袋なんかじゃない。

「榎本くんの靴……。昨日靴下のまま帰らせちゃって……ごめんね?」

「…………いいよ! 全然いいよ!! ホラ、俺足って丈夫なんだ! そ、そう言う問題じゃないかもしれないけど、でも全然大丈夫だったから! 小田さんが謝る事は無いし、しかもこんな高価な袋で……俺なんかに勿体無いっ!! お、俺の靴臭くなかった? 大丈夫? 大丈夫だった!? ふ、袋は返すから……あの…………小田さん……?」

 俺は随分とテンパってしまったみたいだ。だってでも口が勝手に動いちゃったんだもん。俺の目の前では小田さんが笑ってる。ひとしきり笑った後、小田さんは「はい」って言って高価な袋ごと俺の靴を渡してくれた。

「あ、ああありがとぅ…………は、はい、袋……」

「このまま家に持って帰ってもいいのに」

「いいよ、いいよ! こんな高価そうな袋家に持って帰るわけにはいかないよ! 第一家に持って帰ったら母さんが何言うか……」

「うん。……分かった」

 ……俺はもう笑うしかない。だから笑ったまま袋を小田さんに返した。

「ありがとね、わざわざ」

「ううん、全然!」

 小田さんはニッコリ笑うと、袋をカバンの中に入れた。

 もう昨日の事に懲りて一緒に出掛けない、とか言われなくて良かった……。

「……あの、さ、小田さん…………」

「うん?」

「ま…………また今度、さ」

「……?」

「い、いいい一緒に…………ど……ど、どっか行こう!!」

 あぁもう!! なんで俺ってこう男気が無いんだ!! なんでこんなナヨッちいんだ!!

 こんな時誘う技術の1つや2つ持ってたらもっともっとカッチョ良く言えたのに!!

 「今度一緒にどこか行かないかい? ベイベー」とか「君の為にホテルの部屋を取っておいたのさ」とか、キザだとは思うけど、明らかに体狙いかとも思うけど、言えるもんなら言ってみたいよチクショウ!!!

「うん! 行こう!」

 ……だけど小田さんはこんな俺でも好きになってくれたんだ。

 こんな俺でもいいのかなぁ? こんな俺とでも、楽しく居てくれるのかなぁ?

「……どこ……行きたい……?」

 って言っても歩きか自転車だから行けるとこなんて高が知れてるけどさ。あ、あと電車もあるか。電車があれば行ける所の幅は広がるなぁ。電車でどこか行こうか……。

「どこでもいいよ。…………今度こそ2人で……」

「……そうだね。今度こそゆん無しで!」

「うん!」

 どこに行くか、なんてどうでもいいや。小田さんと居れればそれでいい。

 小田さんと居れれば……俺は幸せなんだ!


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