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第14話 俺の自慢

「お前らいつまでそんなん続けるんだよ」

 月曜日。小田さんと出掛けた次の日だ。

 放課後、クボが急にそう言ってきた。

 いつの間にか、教室には俺ら2人だけしか居なかった。

「は?」

「いつまで「小田さん」と「榎本くん」なの?」

「……なんだよ、ダメなのかよ」

 別にいいじゃん。俺らには俺らの呼び方があったって。

「普通さぁ、付き合ったら名前で呼ぶっしょ」

「……名前じゃなくたっていいだろ」

「だって滅茶苦茶他人行儀…」

「うるせぇな! お前にとやかく言われなくなって自分で決めれるんだよっ!!」

 あーあ。また怒鳴っちゃったじゃん。でも今回は100%、いや、1000%クボが悪いんだからいいんだ。仕方ない、仕方ない。

「なっ…なんだよぅ……。俺と奈美ちゃんみたいになりたいとか思わないのか?」

「なんで思わないといけないんだよ。あー、もうあげる気失せた」

 せっかく動物園で羊買ってやったのに。もうやらないもんね!

「え? 何が??」

「じゃあな、クボ」

「校門まで行かないのか?」

「今日は1人で」

 そう言ったら途端にクボの顔が不安そうになった。

「俺が変な事言ったからか……?」

 そうだなぁ。って言うか聞かなくても分かるだろ。

 ……んじゃちょっとイジワルしてやろう。

「うん」

 笑顔でそう言った。自分的には笑ってると思う。

 クボはいつも通り、「奈美ちゃぁぁぁん」と3組に走ってった。

 だけどなぁ、クボ。多分もう奈美さん居ないよ?

 さっき小田さんと運動場を歩いてるの見たんだ。もう帰ったんじゃないかな。

「榎本ぉぉぉぉ! 奈美ちゃんもう居ねぇよぉぉ」

 ほら、ビンゴ。まぁ仕方ない。これ以上やるとちょっと可哀相な気がするから校門まで行ってやろう。

「じゃーな」

「おう、じゃあな」

 結局最後はいつも通りの場所で「じゃあな」。まぁいっか。

 あ。「あれ」あげないと。あげる気失せたって言っちゃったけど、やっぱりあげたくて買ったんだから……。

「クボー!!」

 逆方向に歩いてくクボに向かって叫んだ。振り向くクボに、俺は動物園のお土産、羊の置き物を投げた。

「…………!?」

 クボの奴、上手くキャッチしたなぁ。

 アイツはパスされるのはいいみたいだ。パスするのはダメだけど。こんな時、クボが球技系の部活に入ってて良かったって思う。

 動物園の袋から羊を取り出すと、それを上げて振って、「なんだよこれー!?」と叫んできた。

 「なんだよこれ?」って……羊じゃん。そのままクボは帰り道の方を向きなおした。

 ちょっとムカッとしたけど、またこっちを見て「さんきゅう」って言ってきたから、全部チャラにしてやる。

 やっぱりお前には「羊」が似合ってるよ、クボ。

「じゃーなぁ、クボ!」

「おう、じゃあな晴樹!」

 今度こそ本当に別れて、しばらく歩いてから気付いた。

 クボ、俺の事「晴樹」って呼んだ。

 いつもは「榎本くん」とか「榎本」ばっかだったのに、さっきは「晴樹」って言った。

 なんか……いいな。いつもと違う呼び方って……。

 俺は家のドアを開けた。

「ただいま。……母さん」

 俺も今回は少し変えてみよう。いつもは「母さん」と付けないところに付けてみよう。

「おかえり」

 本人は気付いてないけど、俺自身はなんだか変わった気がする。

 ちょっとこっ恥ずかしい。

 ……だけど、ちょっとイイ感じ。たまにはいいじゃん。言う事変えてみるのも。




 夜の11時、俺は風呂から出たところだ。

 やっぱ風呂っていいなぁー。ポカポカする。

「晴樹、アイス持ってきてよ」

「あ?」

「……「あ?」じゃなくて、アイス!」

 どーーーしてこんな寒い季節にアイスなんて食べれるんだ?

 姉貴の胃腸はどうなってるんだ??

「自分で取ってくりゃいいじゃんか」

「はぁー? ……もー。使えねぇなぁー」

 姉貴はそう言い捨てると、ドシドシと階段を降りてった。

 ………………。いくら弟にでも言っていい事と悪い事があると思うんだけど??

 ゲームやってたのか、姉貴。……って、コレ、俺のドラクエじゃん!!

 ふざけんなよ、俺が一生懸命金貯めて買ったゲームだぞ!?

「おい姉貴っ!」

 俺はアイス片手に戻ってきた姉貴を責めた。

 どういう事か聞いたら、「アンタの物はあたしの物、あたしの物もあたしの物」って言ってきた。

 よくまぁそんなしゃあしゃあと……。

 弟のゲーム勝手にプレイしておきながら……。

「姉貴! 姉でもしていい事と悪い事があるだろ!?」

「あー待って待って。次のセーブポイントまで…」

「いい加減にしろ! 切るからな!」

「あ、ちょっとコラ…」

 俺はゲームの電源を切ってやった。セーブポイントまであと2、3歩ってトコで。姉貴は悔しがった。凄く悔しがった。レベルが上がったとこだったのにー、って。うんうん、その気持ち分かる分かる。

 だけどな姉貴、俺なんて昔、何も悪い事してないのに姉貴に勝手に電源切られた事あったんだよ。そうなれば今回の事は自業自得ってなれるからまだ合点がいくじゃないか。

 理不尽な切られ方じゃないだろ??

「もーーー!!! せっかくアイス持ってきてこれからってトコだったのにー!! 晴樹のバーカッ!!」

 ドアをバンと閉めて、姉貴は出ていった。

「………………」

 なんで俺が「バカ」呼ばわりされなきゃならないんだ?

 まぁいっか。ウチの姉貴は短気だからな。

「おう晴樹。……また真樹怒らせたのか?」

「姉貴が俺のゲーム勝手にやってたんだ」

「ほぉ」

 姉貴に比べて、兄貴はいいヤツだ。変な怒り方しないし、俺をコキ使ったりもしないし。

 兄貴はコタツの中に足を入れて、タバコを取り出した。

 スパスパ吸ってる。

 なんでタバコを吸うのか俺には全く理解できない。近くに居るだけでも煙いのに。

 匂いだって嫌だ。臭い。あんなのが体内に入ってって大丈夫なのか?

 よく、タバコを吸うのはカッコイイって言ってるのを見るけど俺が思うに、カッコ良くもなんともない。肺が真っ黒になるみたいだし、第一タバコを買うだけの金が勿体無いと思う。

 ストレス上の問題で吸わざるを得ないんだったら仕方ないと思うけど……。

 姉貴は吸わないよなぁ。

 もう22歳なんだから吸ってもいい歳だ。まぁ吸わないでいてくれた方が俺もいいけど。

 タバコのせいで早死にされたりしたら堪らないし。

 姉貴、タバコを吸わない代わりにゲームを勝手にやるんだよなぁ……。

「あ、そうだ兄貴。兄貴からも言っといてよ、姉貴に。勝手に人のゲームやんなって」

「忘れなきゃ言っといてやるよ」

「俺から言っても効き目ないんだから……。じゃ、おやすみ」

「おう」

 そして俺は自分の部屋に行って、ベッドに入った。だけどなかなか眠れない。

 放課後、クボに言われた事がまだ頭の中にあったんだ。


『普通さぁ、付き合ったら名前で呼ぶっしょ』


 この言葉とクボの顔が頭の中でグルグル回ってる。

 なんで普通は名前で呼ばないといけないんだ。どこにそんな決まりがある?

 法律で決まってるのか?

『第528条 恋人同士は名前で呼び合わねばならない』

 どこにそんなたわけた法律があるって言うんだ。

 なんか思い出したら急に腹立ってきた。クボの奴……、羊なんてやるんじゃなかった!

 ―――クボと奈美さんは名前で呼び合ってる。

 2人の関係を羨ましいと感じないと言えば嘘になる。だけど…………。

 俺は小田さんを「彩乃ちゃぁぁぁん」って呼ぶつもりはないし、小田さんが俺を「ちょっと晴樹!」って呼ぶ事も想像できない。

 第一キャラ違っちゃうし。

 あれはあくまで「楠本奈美と大久保剛史の関係」であって、「恋人同士の関係」ってワケではない。

 別に恋人同士ならあーしろこーしろって決まってるワケじゃないんだから、やっぱ自由でいいじゃん! クボが変な事言うから頭こんがらがってくるんだよ。いいんだ、俺らは俺らの呼び方で。「小田さん」と「榎本くん」でいいんだよ。

 自分に言い聞かせて、とにかく目を瞑った。

 眠れない、とか言っときながらなんだけど、目を瞑って3分もしないうちに俺は寝れてしまった。



 次の日、部活の朝練中に小田さんが体育館にやってきた。

 部活が休憩に入ってやっと彼女の許に行けた。

「ごめんね、お待たせ」

「ううん。あのね、日曜日…………暇?」

「あー……うん。大丈夫」

 そう言うと、小田さんの顔がパアッと明るくなった。顔に出易いんだなぁ。

「じゃああの…………一緒に…………出掛けよ……?」

「うん。そうしよっか」

 俺は小田さんに向かって微笑んだ。そしたら小田さんも満面の笑みを返してくれた。

 あぁー。ずっとこうしてたいんだけどなぁ……。

「オラ榎本ー! 始めるぞ、早く来い!!」

 後ろから先輩の怒鳴り声。あーもーうるさいな、分かってるよ。

「今行きます! えっと、じゃあね」

 軽く小田さんに手を振って、俺は体育館の中央まで走ってった。

 ゲーム中、小田さんはずっと見てた。

 見られると緊張するなー……。

「……榎本ボール!!」

「んえ? ……ふごっ!!!!」

 う…………顔面直撃……。鼻痛い……。

 俺、最ッッッ高に、カッコ悪ぃー…………。

 なんかもう小田さんの顔見れない。

「大丈夫か!? ちゃんとボール見ろよ! 練習の意味ないだろ!」

「すいません……」

「鼻なんともないか?」

「ちょっと痛いです……」

「ったく、しょーがねぇなぁ。一応保健室行ってこい」

 部長に背中を押されて、俺は保健室に向かった。

 ……なーーーんか背後に違和感が……?

「なんでお前も来るんだ」

「なんでって、同じ部員だからさぁ!」

 クボ……コイツ俺の失敗を嘲笑う気だな。もういいよ。笑うなら笑え。

 ―――――……でも、いつまで経っても笑う声は聞こえてこない。

「クボ、笑うなら笑っていいぞ」

 俺はそう言った。だけど返事は無い。

「クボ?」

 振り返ると、クボの姿は無く、代わりに小田さんの姿があった。

 俺の顔は一気に真っ赤になった。

「クボくんなら「ヨロシク」って言って行っちゃったけど…………大丈夫?」

「う、うんっ! 平気平気! こんなのへーっちゃら!!」

 とは言ったものの、鼻はまだ痛い。なんて言うか、鼻血の出る1分前みたいな痛さ。

 だけどこんなトコで鼻血出たら大変だ。

 とにかく小田さんだけにはそんな姿見られたくない。

 クボとなら笑い話で済むけど、小田さんだけにはそんなみっともない姿見られたくないんだ。全校生徒の前で醜態曝すより恥ずかしいよ。

 でも、なんか、ちょっとヤバそう。

 …………こんな時、大分先のトイレに駆け込むのがいいか、いち早く保健室に入って先生だけに鼻血姿を見られた方がいいか、どっちだ!

 結論。どっちも嫌だ!!

 だけどどっちかをやらないと一番嫌なケースになる!


 俺のとった行動とは……………………


 一寸(と思いたい)先のトイレへ!!!!

「あ、榎本くん!?」

 小田さんの声が、まだ静かな廊下に響く。

 ごめんよ、小田さん! だけど俺は小田さんにだけは見られたくないんだっ!!

 最初、急いでて女子トイレに入ってしまった……。

 慌てて戻って男子トイレの鏡で顔を見た。……良かった、まだ大丈夫だ。

 安心したせいか、鼻の奥の方がツーンと痛くなって――――出た。

「うおっ!!」

 なんだっけ、こう言う時は上を向くんだっけ? 寝転ぶんだっけ??

 あ、でも上を向くとダメって聞いた事があるぞ。だけど母さんは鼻血が出たら寝転ばされたって言ってた……。

 一体どっちを信じればいいんだっ!?

 ティッシュを持ってれば話は別だけど…………。

 ―――そうだ、トイレットペーパー!!

 俺は必死に上を向いて個室に入り、トイレットペーパーをグルグル引き出して破いて、鼻に突っ込んだ。

 危なかった……。もう少しでジャージに付くとこだった。

 治まるまでココに居ようか……。だけど小田さんが置いてけぼりだ。

 どうしよう。鼻血が出た事を素直に言って保健室に行こうか……それとも、大声で小田さんに嘘を言おうか……。

 やっぱり好きな人に嘘ってのは気が進まない。だけど……好きな人にこんな姿見せるのも気が進まない……。

 くそー! どうしたらいいんだ!!

 あ、でもそういえば、さっきから小田さん、声を掛けてこない。帰っちゃったのかな……?

 だったら外に出ても大丈夫だ。そこから保健室まで走っていけば……。

 俺はそう考えて、トイレからヒョッコリ顔を出した。右を見ても居ない。左を見ても……………………居た。

 気を遣ってくれてるんだ。向こう側を向いてくれてる。

「榎本くん……? 大丈夫?」

 向こう側を見ながら言った。小田さん……なんていい子なんだ!

「大丈夫……。ありがとう」

 そう言ったら小田さんはこっちを向こうとしたから、慌てて止めた。

「まままま待って!! お、俺、今、ちょっと見られたくないって言うか……。しょ、詳細は言えないんだけど…………だから……俺の顔見ないでね?」

 一応鼻を手で隠して言った。そしたら小田さんは、コクンと頷いた。俺は右側を向いて、保健室へと向かった。後ろには小田さん。俺の顔は見ないでいてくれる、優しい彼女。

 多分、小田さんじゃなかったら俺の顔見てケラケラ笑うだろう。「なーに晴樹、鼻血ー?」と大声で言ってケラケラ笑うだろう。そして俺は注目の的にっ……!!! 最悪だ!!

 だけど俺の彼女はそんな事をしないでいてくれる。

 胸を張って「自慢の彼女だ!」と言える彼女。

 やっと保健室の前まで来て、ドアをノックしてから開けた。

「あの…………」

「あら、鼻血?」

 ―――――今までの俺の計画は、この保健の先生によって見事に打ち砕かれた。

 俺のすぐ後ろには小田さんが居るってのに。

 この先生は生徒の隠し事を暴露出来るほど偉いのか?

「バスケットボールが当たったので」

 なんか凄くムカついたから、わざと不機嫌そうに言ってやった。

 だけど目の前の先生はなーんも気付いてないみたいだ。

 くそぉ…………。

「鼻血出たのねー?」

 先生は何かに書きながらそう言った。そうですよ、その通りですよ。

 全くもってその通りですわ。だけど鼻血鼻血大きな声で言わないどいてもらえますか。

「まだ鼻は痛い?」

「はい、少し」

 俺がそう言うと、先生は急に鼻を触ってきた。

「骨は大丈夫そうね。この辺りを押さえてしばらくジッとしておいて」

 優しく触ったと思ったら、次は鼻の骨のトコを押して言ってきた。

 痛い痛い! ボールより先生の手の方が痛い!!


 言われた通り、骨の辺りを押さえて待った。しばらくしてから鼻センを抜くと、見事に止まってた。良かった。

 水でバシャバシャ顔を洗って、保健室を出た。

 小田さんは壁にもたれて待っててくれた。

「大丈夫?」

「うん。…………あのさ、さっきの……」

「何も聞いてないよ」

 小田さんは、いつもの優しい笑顔でそう言ってくれた。やっぱり優しい自慢の彼女!


「今から部活行くの?」

 体育館に向かう廊下を歩きながら、小田さんは俺にそう聞いた。

 多分今から行ってもあと5、6分くらいしか出来ないだろうなぁ。

 でも一応部長に一言言っとかないと……。

「うん」

 どうせ荷物を取りに行くんだし。まぁ、シュート練習くらいは出来るだろ。

「そっか。じゃあ私は教室に……」

「小田さん」

 階段を上がろうとしてた小田さんを、俺は呼び止めた。「ん?」と言って振り向く。

「ありがとね」

 俺は笑って手を振った。

 小田さんも笑顔で頷くと、手を振った。

 そして体育館に戻り、部長に「大丈夫でした」と言った。

 そこからシュート練習をして終わった。


 さて、今から授業だー…………。


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