第13話 俺の手と、彼女の手。
―――しまった!!
考えてたらいつの間にか寝てたみたいだ!!!
今は……朝の9時10分!! 小田さんとの約束の時間は9時半!!!
「ヤバイッ!!」
俺はベッドから飛び起きた。昨日、ジャージのまま寝転んでたからそのままだ。風呂にさえ入ってない!
女の子と会う時に風呂に入ってない、しかも部活終わった後そのまんまなんだから、さすがにそれはヤバイ! マズイ!!
すぐにジャージを脱ぎ捨てて風呂場に向かった。
朝のシャワーってのは寒い。夜入る時より寒く感じる。なんでだろう?
今まで暖かい布団の中に入ってたのが、急に身を包むものが無くなったから体の方も体温調節に困るのかな。
でも今はそんな事どうでもいいや。とにかく早く準備をしないと!
軽くシャワーを浴びて頭を洗って体を洗って、最後に流して終了。
あ、服持ってきてなかった。昨日のうちに出しとけばよかったー!!!
腰にタオルを巻いて2階へ上がってった。案の定、姉貴には文句言われたけど。
せっかくの爽やかな朝だってのに弟の裸なんて見せられちゃあ、そりゃ文句たれるハズだわな。
でも今は姉貴の文句聞いてる暇は無いんだ。スルーして、急いでタンスから服を取り出して着た。今日の服はこれだ!
紺色のジーパン、灰色のトレーナー、その上には黒色の皮ジャン。俺はこの組み合わせが結構気に入ってる。それから鏡で寝癖が無いかチェック。うん、大丈夫だ。
階段を降りて、黒とオレンジが使ってある靴を履く。トントンと足を鳴らして、これで準備万端。
掛かった時間は15分。あとは財布持ってあの公園まで走るだけ。
「いってきます!!」
ドアをバンと閉めて俺は走った。
もう季節は冬。紅葉の見ごろも終わり、散ってきてる。道は落ち葉で埋め尽くされてると言っても過言じゃないくらい。
近所のおじさんが竹箒で落ち葉をかき集めてる。
「おはようございます」
「あぁ、おはよう」
走ってても挨拶は欠かさずに。まぁおじさんの返してくれる声は最後まで聞き取れなかったけど。
でも言われた事は分かってるからノープロブレム。
公園に行く道にはバス停がある。バスに乗って公園に行けるわけではないけど、時刻表の隣に小さな時計があるから、そこで時間を確認出来る。
今は9時28分。ここから公園までならあと2分くらいで着ける。
よし、ギリギリ間に合う!! 本当にギリギリだけど間に合う!!!
走って走って、着いた。公園内に入ると、まだ小田さんの姿は無かった。
「……良かった…まだ来てない」
ホッとしてベンチに座った時、向こうの方から……小田さんかな?
薄いピンクのワンピースに薄茶色のブーツ。手には白い小さなカバンを持って歩いてくる。
淡い色が多いんだ、やっぱ。
まぁ小田さんは濃い色って感じではないからね。
「あ、榎本くん! ごめんね、お待たせ」
「いや。……行こっか」
「うん」
俺は小田さんと並んで歩いた。時々吹く風が小田さんの髪をなびかせる。
「どこに買いに行くの?」
「エチカ!」
あー。あそこね。
俺の住んでる町には、「エチカ」って言う少し大きめなショッピングセンターがある。
まぁ田舎の「大きめ」なんて高が知れてるけど。
でもじゃあ、あそこ行くならバスじゃん。
俺達はバスに乗り込んだ。中は老人が2、3人乗ってるくらいで、若者は1人も居なかった。気楽って言えば気楽。
隣同士で座ると、なんか恋人同士って感じがして嬉しい。
小田さんは犬を見つけるたびに「あっ」って控えめな、それでいて嬉しそうな声を出す。
「なに? 今の何犬?」
「多分コーギーだよ。ペンブローク」
「…………??」
分かんねぇ……。犬種図鑑買った意味無いじゃん。
! ……でもあの犬なら分かるかも……!!
「あ、ボーダー…」
「ボーダーコリー!」
小田さんが言ってる間に言った! あれ……なんか……ちょっとダメだったか……?
……でも俺の心配とは裏腹に、小田さんは俺を振り向いて、「負けちゃった」と言ってニッコリ笑った。
だけど通ってく犬全部は分からない。6匹中、俺が言えたのは1匹、小田さんは5匹だった。やっぱまだまだ小田さんのがうわてだ。
もっと勉強しないと。
犬種早押しクイズをやってるうちに、エチカに着いた。
町内で一番大きな建物だからバスは必ず止まる。先に乗ってた老人達もココが目当てらしくて、俺らと一緒に降りた。
バスの中は空っぽになってしまった。居るのは運転手だけ。
手動ドアを押し開けて中に入る。そこまで賑やかではなかった。帽子とか洋服があるのは2階。ちなみに、1階は食料品ばっかり。
ドアは手動のクセに中にはちゃっかりエスカレーターが設置されてる。
まず最初に自動ドアにした方がいいと思うんだけど……まぁいいや。階段なんかより全然楽なんだし。
エスカレーターで2階に上がると、まず正面に子供用の洋服コーナーがある。多分この中で一番広い。今の時期だと小さなトレーナーとかてっぺんにボンボンの付いた帽子とかが目に入る。
その隣にはレディース。黒いジーパンとかトックリとか、ルームシューズとかがある。毛糸の靴下もあって、それも部屋の中用みたいだ。
そう言えば俺の家も寒いんだよなぁ。毛糸の靴下、メンズコーナーに無いかなぁ……。
男用の毛糸の靴下って見た事ない気がするんだけど……都会に行けばあったりするのかな?
「あ! あった! 帽子、帽子」
考えてたら小田さんが前を指差して言った。指の先には帽子がたくさんあった。グリグリ渦巻いてる帽子掛けに掛けられてる物とか、棚の中に入ってる物とか、とにかくたくさんある。
小田さんはその中の白い帽子を手に取ると、鏡を見ながら被った。
頭の部分にボンボン付き。
「へぇー。色んな種類があるんだね」
「榎本くん、これ被ってみて!」
そう言うと、グレーの帽子を俺に見せた。やっぱりボンボン付き。
被ってみると横で小田さんが「カッコイイ」って言ってくれた。小声だったけど。
でもその瞬間、一気にこの帽子が気に入った。
値札を見てみると―――1500円。
「……帽子って……こんなにするもんなの……?」
「キャップなら安い物で800円とかあるけど、毛糸の帽子とかならそのくらいだよ」
「…へぇ…………」
高いよ! 高いよグレー帽子!!
俺今財布の中に2000円しか入ってないのに。
あと500円しか残らなくなるじゃん! バスに乗って帰れるくらいの金はあるけど……。昼ご飯代が無くなるし……。
「どうしたの?」
俺が財布と睨めっこしてると、小田さんが覗いてきた。
「あ、いや……。きょ、今日は……帽子はやめとこっかなぁー……」
「お金?」
「いやいやいやいや!! 無いわけでは無いんだよ決して!!! だけど……! その……バ、バイトでもっと稼いでから買おうかなと思って……それで……」
なに焦ってんだ俺……。ホラ、小田さんに笑われたじゃないか。
でも確実にバカにした笑いじゃない。ニッコリ笑うと、俺の顔を見た。
「分かった。じゃあ今度また一緒に来よう?」
「あ…………うん」
「私もその時まで買わない!」
「え、なんで? 小田さん買う為に来たんじゃん。 買った方が…」
「いいの! 榎本くんと一緒に買うから……」
…………。チクショウ。
可愛いぜチクショウ!!!
俺には勿体無いくらい可愛いぞ!!!
なんじゃこりゃッ!!!!!
「……分かった。じゃあまた一緒に買おうね」
「うん!」
それまでに売れちゃいませんように。
そう祈って、俺と小田さんはエスカレーターで下に降りた。
下の階、1階には食料品などが売ってて、そこを抜けるとちょっとしたピクニックコートがある。マックとかスガキヤとかがあるんだ。でも今は昼の11時。まだ昼ご飯にするには早い……。
「昼ご飯、まだ早いよね?」
「そうだね。あんまりお腹空いてないし……」
「んー。だよなぁ」
どうしようかな。時間潰そうにもなぁ……。なんかいいトコ…………。
あ! あるじゃん!! 犬好きな小田さんにはもってこいの場所!!!
「ペットショップ行こうか!」
「ペットショップ……? あったっけ?」
「ココじゃないけどあるよ。ちょっと歩くけど……」
「いいよ、行く!」
よっしゃー!! リード出来てる? 俺リード出来てる!?
小さくガッツポーズを決めて、俺と小田さんはエチカを出て右に曲がった。そこからは直線の道をひたすら歩くだけ。
そしたら右側に小さなペットショップがあるハズだ。
「榎本くん、犬何が好き?」
「え、俺は……」
あ……この会話、里砂ん時と同じだ……。俺は柴って答えて、アイツは……パピヨン。
あの蝶々みたいな耳―――「バタフライ・イア」の。
「俺は……柴かな……」
「あー。日本人っぽいね」
「だって日本人じゃん。小田さんは……?」
「私はね、ゆん」
ゆん? ゆんなんて犬種…………あぁ!!! あの雑種の!!
小田さん家の!!!
「ゆんが好きなの?」
「うん」
そうかぁ。ゆんが好きなのかぁ。幸せ者だな、アイツ……。
ご主人にこんな好きになってもらえて。おい、ゆん、たまには感謝してリード強く引っ張るのやめてみたらどうだ?
―――あ、ペットショップ。
「着いたね」
「あっ子犬! カワイイ!」
俺らの目の前にあるカゴの中に、4匹くらい子犬が入れられてる。みんな飼い主を求めてるみたいで、小田さんと俺が近づくとカゴを乗り越える勢いで飛び付こうとしてくる。中には仲間の犬を踏んづけてでも来ようとする子犬も居た。
俺らみたいに、産まれてから大人になるまでずっとずっと親の許に居られるわけじゃないんだ。人間の勝手で引き離されるんだ……。引き離すくらいなら産まなきゃいいのになぁ……。だからゆんみたいな捨て犬が出るんだ。
あ、でもゆんは今小田さん家に引き取られて幸せに暮らしてる。こんなにご主人に愛されて幸せに暮らしてる。
親から離れてなかったらこの幸せは分からなかっただろうし、何も親から引き離されること全てが不幸なわけじゃないんだ。
ちゃんと引き取る側が責任持って飼ってあげれば、不幸になる事はないんだ。
この子犬達も、ゆんみたいに幸せになれればいいなぁ。
「榎本くんっ!」
「ん、え? あ!?」
しまった。考えてたら小田さんの呼ぶ声に気付かなかった。俺の顔覗きこんで「大丈夫?」って顔してる。
「ごめん、考え事してた。何?」
「もう行かないと混んじゃうかも」
小田さんは腕にしてる薄ピンクの腕時計を見せた。昼の12時半。
そっか、昼ご飯!
「あ、そっかそっか。えっとじゃあ……行く?」
「うん」
子犬達にサヨナラして、俺達は来た道を戻った。でもわざわざエチカに入って昼ご飯、ってのも何だから近くのファミレスに入った。
席に座って、店員の持ってきたメニューを広げる。
『季節限定! ドラコッコのクリーム煮!』
……何、ドラコッコって……。
まぁ名称はともあれ、俺は「季節限定」と言う言葉に弱いみたいだ。それがある時は他のメニュー見ても「これ!」ってのが無いから。
「ね、ドラコッコってなんだろう?」
小田さんも同じの見てたみたいだ。
「やー。俺も分かんないんだよねぇ。ドラえもんとニワトリの合体物とか?」
俺がふざけてそう言うと、小田さんは笑った。だから俺も笑った。自分で言った事に笑うってのも変だけど、でも笑った。
「じゃあ俺、このドラコッコ!」
季節限定メニューを指差して、俺は言った。そしたらまた小田さんが笑った。何故だか俺もまた笑えてきた。
俺達2人は「ドラコッコ」と言う単語にハマってしまったらしい。ドラコッコの「ド」が出ただけでも笑えてくる。
小田さんはホワイトクラムチャウダー、俺はドラコッコを頼んだ。
俺、あんま気にしてなかったけど、女の子はカロリーってのを気にするみたい。だって小田さん、最初「ハンバーグ」って言ったんだけど、次の瞬間にはメニューを凝視して漫画だったら冷や汗掻きそうな顔してた。多分カロリーを見てギョッとしたんだと思う。
カロリーとか気にせず自分の食べたい物食べればいいのに……。
これが男と女の違いかなぁ? 女の子ってやたら体重とかカロリーとか気にするから。
俺達はそれぞれの昼ご飯を食べ終わって、外に出た。本来の目的は帽子を買うことなんだけど……それは今度になったし、っていうか元々帽子買うのに1日も使わないし……。
だけど後の事考えてなかったんだよね。どうしようかな……。
「あ、あのね? これ……」
「ん?」
小田さんがカバンから取り出したのは……動物園のチケット??
「あの、この間、家族と従弟の子2人連れて行こうって事になったんだけど、急に行けなくなっちゃったの。従弟の子が……。それで2枚余ったから…………」
動物園か。まぁ小さい子は行きたがるからね、遊園地とか動物園とか……。
「あ、あ……で、でも嫌だったらもっと他の…」
「動物園、行こうか」
「……え? いいの……?」
「ん? 「いいの?」って? いいよ? 行こうよ。最後に行ったのって……確か俺が幼稚園児の時かな? 久しぶりだなぁ! 動物園とかっ! 場所どこ?」
俺は小田さんにチケットと一緒にあったパンフレットをもらって、そこに書いてある地図を頼りに歩いてった。
30分くらい歩いたら着いた。道は簡単。
右に曲がってまっすぐ行って2番目の十字路を右に曲がって斜めの道に入って3つめの信号の横断歩道を左に渡ってずっとまっすぐ行って左に曲がってずっとずっとまっすぐ行って橋を渡って横断歩道を渡ってココ!
説明するのはちょっとばかし大変だけど……。
「はい」
チケットを2枚窓口に出した。
「あの、お客様?」
「え? はい?」
入ろうとした時窓口の人に止められた。窓口の人は止まった俺の前にチケットを出して、「これ……」って言った。
「…………?」
チケットを見ると……。
「申し訳ありません。こちら期限が切れてるんですけれども……」
「え!!!」
よーく見てみた。今日は11月27日。このチケットが使える期限は11月25日。
「!! ゴゴゴゴメン!! 期限切れてる事気付かなかった!!」
「えーっと…………」
「本当ごめんなさい!!」
「いや、いいよ。いいんだけど……」
俺は窓口の上に書いてあるチケットの値段を見た。『大人500円』。
うん。大丈夫。これなら自腹で入れる。
「……じゃあ大人2枚ください」
「ごめんなさいね。えーと、1000円です」
何故か窓口の人も謝った。
まぁ結局入れる額だからいいんだけど。
1000円出して、今度こそ中に入った。
「あ、あの……榎本くん、ゴメンね?」
「いやぁ、全然いいよ。チケット自体高いわけでも無かったし」
「……あ、そっか、500円だったよね」
小田さんはカバンから財布を取り出した。あ、でも……なんかこう言うのって……。
「いいよ、500円くらい。俺の奢り!」
「え……でもダメだよ! やっぱ……」
それでも500円取り出そうとする小田さんの手を、俺はいつの間にか握ってた。
だけど…………握ったところで何言えばいいんだ??
えーっと……えーーーーーーーっと…………………………。
―――あっ! これだ!!!
「お、小田さん帽子今度まで我慢するでしょ? そのお返しに」
「……お返しって……だけど帽子は私が買うわけで……500円…」
「いいんだって! 俺がいいって言ったらいいんだよっ! ホラ、行こ」
どうしたらいいか分からなくなったから、とにかく手を引っ張って進んでいった。
途中で小田さんは「ありがとう」と小声で言った。なんか俺、何をしてもらったでもないんだけど、何故かそれだけで凄く嬉しかった。
動物園の中にはキリンやら象やら猿やら……色んな動物が居た。子供の泣きじゃくる声とか遊ぶ声とか、動物の鳴き声とか、騒がしかった……。親の叱り声とかもあった。
最後に来たの、もうずっと前だから全然その時の事覚えてない。同じ動物園だったら薄っすらでも思い出せたかもしれないけど。
だけどいいや。過去も大切だけど、今は今! だって俺等が居るのは「今」。
今、此処に居るんだから。
動物園内では、小田さん曰く、俺凄くはっちゃけてたらしい。動物に餌あげる時の顔が楽しそうだったって言ってた。
「あ、榎本くん、お土産買ってもいい?」
「うん、いいよ」
俺と小田さんは園内のショップに入った。中はビスケットとかクッキーとか、動物の置き物とかあった。いかにも『動物園のお土産屋さん』って感じ。
小田さんは色んな物を見て周って、なんだか迷ってるみたいだった。
「あっ」
置き物に目をやって、声を上げた。どうしたんだろう?
「何? どうしたの?」
「これ…………」
彼女が手に取って俺に見せた物、それは―――虎の置物。目が丸くて黒くて、体が硬いんだけどツルツルしてないヤツ。なんだっけな、なんて言えばいいんだ??
……でも、なんかこの置物……。
「奈美にいいかな、って・・・」
「奈美さんに?」
「うん」
同じだ。なんか奈美さんに似てる気がする。この置物。
一見虎って聞いて怖そうなイメージだけど、本当に持ってるのはこう言う優しい目……。クボに向けるような……。
「……いいね」
「え?」
「ピッタリだよ、奈美さんに!」
「そう?」
「うん! きっと喜ぶ」
俺がそう言うと、小田さんは安心した笑いを見せた。小田さんと奈美さんは本当に仲がいいんだ。……俺もクボに何か買ってってやろうかな。
んーと、そうだなぁ……。アイツなら……羊でいっか。
あ、でも、その人に合うイメージの動物の方がいいかなぁ。さっきの虎みたいに。
クボに合うイメージの動物ってなんだ……?? んー。いつも奈美さんに襲われてる(自業自得だけど)から、やっぱ草食動物だよなぁ。そうなったら羊じゃん!
よし、羊で決定。文句言ってきたら蹴飛ばしてやる。
それと家にクッキー1缶買っていこう。
それぞれの物を買って、ショップを出た。
「楽しかったねー」
「うん。ホント久しぶりだったからなぁ……。なんか新鮮だったよね」
「ね!」
……あ、そうだ!! 忘れてた! ……って言うか今思い付いた!!!
「ゴメン、ちょっと待ってて」
「え?」
「待っててね!」
小田さんを自販機の辺りに置いて、俺はショップに走って戻った。自動ドアをくぐって中に入る。俺が手に取ったのはキーホルダー。ぬいぐるみみたいなキーホルダー。
チェーンの下には犬のぬいぐるみが付いてて、バンダナを首に巻いてる。その色は赤だけだった。最初は他のにしようか迷ったけど、丁度いい。これがいい!
それを2つ買って外に出た。自販機の方までまた走ると、小田さんは隣のベンチに座って待ってた。
「ゴメン……。じゃあ行こうか」
「何? もういいの? 大丈夫??」
息を切らしてる俺の顔を、小田さんは覗きこんだ。頷いて下を向いてた顔を上げる。
「はい!」
ポケットにしまってたキーホルダーを出した。だけど急に目の前に出された物を、小田さんはキョトンと見つめるだけ。だから俺は彼女の手にそれを乗せた。
「え…………あの……これ……?」
「ゆんだよ」
「えぇ?」
だってゆんみたいに顔黒いし、ゆんみたいに赤いの首に付けてるし、ゆんみたいに、カワイイし……。
「え、これを……買ってきてくれたの?」
「財布、出しちゃダメだよ?」
「………………でもこれ……」
「だってホラ、初………………は、初、デート…………だし……? まぁ、記念ったってこのくらいだけど……」
あ、ヤバイ。記念ってキザっぽかったかも……。なんかしかも……喋ってる間になんか……顔赤くなってる気がする、俺。
「ありがとう……」
「あ、いや……うん」
今度は小声じゃなく、聞こえるように言ってくれた。小田さんの「ありがとう」には、彼女の感情が全て詰まってる気がする。感謝、感動、感激……。
だからそんじょそこらの「とりあえず言っときゃいいや」の「ありがとう」とは違うんだ。
それだけで嬉しくなるんだ、彼女の「ありがとう」は。
ただそれだけだけど、たったの5文字だけど、そう言ってもらえるだけで嬉しくなる。彼女の為にやってよかったー! って心から思える。
「帰ろっか」
「うん」
俺と小田さんは、並んで動物園を出た。出た時、小田さんは俺の手を少し遠慮がちに握った。握ったと言うより、触れたって感じ。
里砂のように大胆に腕にくっ付いてくることは無い。だけど、今はそれでもいいと思う。
小田さんはこの遠慮がちなところも含めて「小田さん」。
これでいいんだよ。
俺も小田さんの手を握り返した。なんか照れちゃって顔は見れないけど、今スッゴイ幸せだ、俺。
大丈夫だ。里砂の二の舞にはしない。
この手は放さないから。絶対死んでも放さないから。
小田さんは、絶対他の男なんかに渡さねぇから……。