第11話 おんなじ
―――――好きだ。
今度こそ言った……。
そしてその時の小田さんはと言うと。
嬉しいような泣きそうなような、そんな顔をしてた。
俺はどうしたらいいのか分からなくなってつい、「……冗談だよ!!」と言って教室に戻ってきてしまった。
小田さんを試したように思われたかもしれない。
最低、って罵られる結果が待ってるかも知れない。
あそこで俺が気の利いた事でも言ってやれれば……。
「本気だから」とか「本当に好きだから」とか言ってやれれば……。
あんな時、あんなタイミングで――――
間違っても、口が裂けても、「冗談」なんて言葉を口にしちゃいけなかったんだ。
俺は今凄く後悔してる。
自分の気持ちを言ったはずなのに後悔してる。
どうしようもない……。
俺は今日、「冗談」と口にした時点で
どうしようもなく自分を嫌いになった。
誰か…………このどうしようもないヘッポコ野郎を殴ってくれ。
ばこっ
っと音が響いた。
今は放課後。小田さんに告白したのは朝。
ずっとこのままの気持ちで1日過ごした。そして放課後にクボに言ったら……殴られた。
そう、さっきこの教室に響いた「ばこっ」って音を出して。
「何してんだお前は!」
「お……おおお前こそ何すんだ!! 殴っ……なっ、なっ、なぐっ……!」
「告白後に冗談なんて言う奴があるかっ!」
それを言われたらおしまいだ。
反論出来ない。俺だって何してんのって思う事だし……。
「なぁ! 今からでも遅くないだろ!? 言えよ、冗談なんかじゃないって!!」
「もう遅いよ……」
「なんでだよ! 今日言ったばっかなんだろ!!?」
「だけどもう遅いんだ」
「……嫌われるぞ、彩乃ちゃんに」
クボのそのひと言が―――心の奥底にこびり付いて、俺の脳内に出現してコダマする。
嫌われる……。そうだよな。こんなヘナチョコ野郎だもんな……。
「そんな想いだったのか? 彩乃ちゃんに対する想いはそんなんだったのか!?」
「…………違うけど……もうどうしようもな……」
「だったら言えよ!! どうしようもないなんてヘコタレてる暇があったら言えよ!!!」
あぁもうクボの言う通りだよ。ヘコタレてる暇があったら言うべきなんだ。
「本当に好きならなぁ! うざったいって思われるくらい好きだ好きだ言ってみろ!!」
「……俺はクボじゃないんだ。お前みたいに意味もなく何度も好きなんて言えないんだよ」
「意味もなく……? ふざけんなお前!! 今言わないでいつ言うんだよ!!?」
「…………」
「外!!!」
クボはそう言って運動場側の窓を指差した。立ち上がって見てみると、運動場を1人で歩いてる小田さんの姿。どことなく寂しそうな感じが漂ってる。
「行けよホラ!」
背中を押された。俺は迷いながらも運動場に出た。30m先には小田さんの姿……。
早く……早く言わないと今日が終わる。終わってしまう。
また俺は上履きで運動場を走る事になった。
「……小田さん、待って!!」
そう叫ぶと振り向いた。だけど振り向いた途端、また前を向いて走り出してしまった。
「小田さん! ……待ってってば!! 小田さんッ!!!」
やっと追いついて腕を掴んだ。
「嘘なんだ!」
そう言うと、彼女は「……え…………?」と返した。だから俺は続けた。歯がガチガチ音を立ててる事も、足がガクガク音を立ててる事も分かってた。だけど言わないと。
「嘘なんだ。……いや、好き……って事は本当なんだけど……でも嘘なんだ! あの……冗談、って言うのは……嘘で……俺本当に小田さんが好……………………」
俺の顔が茹でタコ状態になったのを、彼女は見てしまっただろうか……。もし今日、雪が降るほど寒い日だったら、俺にから湯気が出てるのをきっと分かってしまうだろう。
そのくらい熱い。
「すっ…………すすすすす好好好好…………」
「榎本く……」
「好きだっ!!!」
ああ。言ってしまった。だけど今度こそ「冗談」なんて言わない……!
「俺は小田さんが好きだ! 本当に好きだ!! 誰になんと言われようと好きだ!! 好きだって連発しても恥ずかしくない程好きだ…………あ……?」
俺がそこまで言うと、小田さんは泣きながら笑った。口に手を当てて笑ってる。その手の上を流れるほどの涙。俺、何か泣かせるような事言ったっけ……。
「そんな連発しなくても…………」
小田さんはそう言った。少し恥ずかしそうに。やっと気付いて辺りを見ると、俺達は他の生徒達の注目の的だった。俺の顔はまた茹でタコ状態になってしまった。さっきよりも、もっともっと。
ドラマとかだとこういう時女の方から抱き付いてきたりする。だけど小田さんと俺はそんな事にならなかった。少し寂しいけど……、でもいいんだ。今からそんなんじゃなくて、徐々に徐々に……。
――――なんて言ってるけど、まだ小田さんの気持ちを聞いてないんだ、俺。それを聞くのは更に勇気が要るけど……でも…………。
「お……小田さんは……どう……?」
どう? って、何聞いてんだ俺!? どう? って聞かれたら困るに決まってんじゃん!!
だけどもう聞いちゃったものはしょうがない! 返事を待とう!! ここでまた何か言おうとすると俺の事だ。変な事言うに決まってる! あ、だけど……。
「……正直な気持ち……言ってくれていいから……」
こう言っておかないと小田さんが言えないかも知れないから……。
「……同じ、だよ……?」
「へ?」
「榎本くんと……同じ。私も」
小田さんは笑った。あの時の……携帯の話をしたあの時のように。
それは直接では無いけれど、彼女の声は今にも消えそうなくらい小さな声だけと、俺にはちゃんと届いたよ…………空気に溶けて消えてしまいそうな声が。
俺の中では戦う者が違っていた。『嬉しい君』と『悲しい君』。
勿論今は『嬉しい君』が圧勝!! もう嬉しすぎてどうしようもないくらい圧勝!!!
俺と小田さんはニッコリ笑った。運動場のど真ん中で。
自分自身、よくこんな大胆な事が出来たなぁと思う。全校生徒と言っても過言じゃないくらいの生徒達のまん前で、凄く凄く好きな小田さんに本日2度目の告白。
なんかもう、これだけで満足かもしれない…………。
だってこれ以上の事望んだら逆に災いが降掛かりそうだよ―――。