表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

家庭教師の三角関係的恋愛物語

作者: Koto
掲載日:2026/05/03

今回は、家庭教師をネタに、恋愛小説を書いてみました。

みなさま、ぜひ、最後までお読みいただけますと幸いです。

「やった!受かった…」 

 地方の県立高校に通っていた松本蓮まつもとれんは、東京にあるT大学に合格した。

 蓮が通っていた高校は県で一番の進学校で、T大学には毎年、数人が合格する。いわゆる、地方の進学校である。

 蓮は、この高校の中で、試験の順位はいつも学年で5位以内くらいに入っていた。T大学を受けるのは大きな挑戦であり、不合格になるリスクは十分にあった。それでも蓮はT大学を受けることに迷いはなかった。蓮は、高校を卒業したら、どうしても地元を離れて東京に出たかった。わざわざ実家から遠い東京に出てくることを周囲に納得させるためには、T大学に行くことが最も説得力があったからだ。


 3月中旬、蓮は父親と一緒に、大学の入学諸手続きを行うために東京に行った。入学の諸手続きの後、二人は不動産屋へ行き、アパートをみつけた。アパートは大学のキャンパスがある沿線の駅にあった。1Kの間取りの小さな部屋だったが、ここで一人暮らしをするのかと思うと、蓮の胸は踊った。


 3月末、大学の入学式を前に、蓮は一人で上京した。

 蓮の父と母が駅のホームまで見送りに来た。

 電車に乗り、手を振ろうと両親のほうを見ると、母親は涙を流していた。

 それまでワクワクしか感じていなかった蓮だが、両親にとっての、この見送りの意味に初めて気付き、自分の胸にも、熱いものがこみ上げてきた。

 今まで毎日一緒に暮らしていた息子と、今後、一年に数回、いや、場合によっては数年に一回しか会わなくなるのだ。


 蓮は途中で新幹線に乗り換え、東京駅についた。

 東京での電車の乗り換えには慣れていなく手間取ったが、なんとかその日のうちに蓮はアパートに着いた。

 さあ、東京での一人暮らしのスタートだ。


 数日後、蓮は入学式を終えて、大学生活が始まった。

 この時期は各サークルやクラブが新入生を獲得しようと、キャンパスでは勧誘の嵐だ。

 蓮もキャンパスを歩くと多くの勧誘にあった。


 一週間もすると、それなりに友達ができてきた。

 特に仲良くなったのは村田だった。

 村田は蓮と出席番号が近く、地方出身、さらに同じ駅にアパートを借りて住んでいたのだ。蓮のアパートから歩いて3分ほどの近所である。

 ときどきお互いのアパートに遊びに行く仲となった。


 ある日、村田と蓮は、何のアルバイトをしようかという話になった。

 いろいろと話した結果、やはりT大生に定番な家庭教師が良いという話に落ち着いた。

 T大生の場合、家庭教師の平均時給はそれなりに高い。

 さて、具体的にどう生徒を獲得するかだ。

 大学の同期に聞くと、インターネットの家庭教師紹介サイトを使った生徒の募集方法が一般的であることを知り、見よう見まねで自身もそれを使って募集をかけてみた。

 すると、次の日には早速問い合わせが何件か来た。

 その中から感じのよさそうな依頼者を選び、面談をしてみることにした。

 面談の結果、依頼者の印象はとても良く、また、依頼者も蓮のことを気に入ってくれたようだった。蓮はその依頼者と契約をすることにした。


 家庭教師の依頼先への初めての訪問。時間通りに到着した蓮は少し緊張したが、深く呼吸をして気もちを整え、玄関のベルを鳴らした。

 すると、生徒の母親が出てきた。先日面談をした母親だ。彼女はとても上品で、面接の時よりもやわらかく、にこやかだった。

「先生、いらっしゃい。さあ、中に入ってくださいね」

 と言って蓮を家の中に入れ、娘の部屋に案内した。

「結衣、先生がお見えになったわよ」

 娘の部屋の前で母親が言う。

 娘がドアをあけ挨拶をした。

「こんにちは。よろしくお願いします」

 娘は少し緊張していた。

 母親は、

「では先生、お願いしますね」

 と言って娘と蓮を残し、別の部屋に行った。


 生徒は都立の高校に通う女子生徒、名前は佐々木結衣ささきゆい。真面目そうな眼鏡女子だった。

 学校での成績は中の上くらいとのことだが、教えてみると、なかなか理解力が高い。蓮の説明を一生懸命理解しようとする姿勢が強くみられ、蓮もこの子の家庭教師をすることに手ごたえを感じた。

 結衣が勉強に熱心になるのを見て、結衣の母親は、ますます蓮のことを気に入った。

 ある日、学習指導が終わった後、結衣の母親に勧められて、二人と一緒に家で夕飯を食べることになった。

 母親はとても料理が上手だった。蓮を含めた3人は、楽しく話をしながら夕飯を食べた。

 少しすると、突然玄関が開く音がして「ただいまー」と若い女性の声がした。

 母親が言った。

「あら、しおり、珍しいわね。どうしたの、こんなに早く?」

 栞は結衣の姉である。

 彼女は会社勤めをしていて、社会人3年目である。

「もう最悪よ。上司に頭にきて、全部ほっぽって今日は早く帰っちゃった」

 と栞が答えた。

 そして栞はそのまま歩いてきてダイニングに現れた。

 蓮は思わず息を飲んだ。栞はとても美人だった。

 栞は蓮を見て言った。

「あら、例の、結衣の家庭教師の先生?」

 母親は答えた。

「そうよ、栞もご挨拶なさい」

 栞は瞬時に表情を笑顔に変え、蓮に挨拶をした。

「こんにちは。結衣の姉です。結衣のことをよろしくお願いしますね」

 その笑顔の美しさに蓮の心臓は撃ち抜かれた。一目ぼれしてしまったのだ。

 あまりの衝撃に蓮はドギマギして挨拶を返した。

「は、はい。松本と申します」

 栞は笑顔で会釈すると、そのまま自分の部屋に戻り、その後、蓮が帰るまで、蓮の前には姿を見せなかった。


 蓮は、その後、結衣の家に学習指導で来るたびに、また栞と会えないかと願ったが、会えないまま何週間かが過ぎた。

 ある平日の昼間、蓮は講義で指定された参考書を買いに都内の大型書店に行った。その後、駅方面に向かって歩いていると、偶然にも栞を見かけた。最初は目を疑ったが、間違いなく栞だった。

 あまりにも突然、かつ、偶然だったので、蓮は一瞬戸惑った。しかし、こんな機会を逃すべきではないと思い、行動に移した。蓮は急いで栞に近づき、声をかけた。

 栞は、最初、知らない男がナンパしてきたと思い、そのまま無視して行こうとした。

 これはまずいと思い、蓮はあわてて少し声を張って言った。

「あの、結衣さんの家庭教師をさせていただいています、松本です。先日、お会いしましたが、覚えてますか?」


 栞は、先日自宅で挨拶をした妹の家庭教師だと気付き、驚きとともに安心した。

 栞は今、昼休憩中で、昼食を食べに外に出たところだったらしい。

 蓮は、これはチャンスと思い、勇気をふり絞って言った。

「あ、そうなんですね。ちょうど僕もお昼ご飯を食べたいなと思ってたところでした。もしよければ、あの、一緒にどうですか?」

 すると栞はあっさりと了承した。

「じゃあ、そこのカフェでよければ、一緒にお昼ご飯食べます?」

 と、栞は、二人のいる位置からほんの数十メートル先にあるカフェを指さして言った。

 二人は、そのカフェでお昼ご飯を一緒に食べることにした。


 栞は実によく喋った。蓮は栞の話を聞くのがとても楽しかった。

 途中、栞が冗談交じりの愚痴を言った。

「先生、妹のことよろしくね。私ももっと勉強して、良い大学に入ってればよかったな。そうすれば、こんなつまんない仕事、つまんない職場で人生無駄にしなくて済んだのに」

 さらに続けた。

「先生ってT大生なんでしょ?大学の先輩とかに良い人いたら紹介してね。エリート旦那と結婚できたら、人生逆転だわ」

 そう言って栞は、蓮を見て笑い、すぐさま付け加えた。

「って冗談よ」

 蓮は少し間をおいて、真面目に聞いた。

「彼氏、いなんですか?」

 栞は冗談を言ったのに、蓮が真顔でこんな質問をしてきたので、反応に困った。

 蓮は、思わず失礼な質問をしてしまったことに気付き、慌てて謝った。

「あ、ごめんなさい。ヘンなこと聞いちゃって」

 栞は一瞬目線をそらした後、再び蓮の目を見た。そして、少し小悪魔的な笑みを浮かべて言った。

「ねぇ、そんなこと、どうして知りたいのかな?」

 蓮は赤面した。うまい一言が思いつかなかった。

 栞に対する好意を伝えたいのだが、「好きだ」と言うには未だ早すぎで、遠回しに伝えられる気の利いた表現をみつけたかった。

 蓮が言葉をみつけられないまま悩んでいると、栞は違う話題に切り替えてしまった。

 蓮は自分のうぶさが悔しかった。


 ある日、結衣の家で学習指導をしているときに、蓮は雑談的なノリで結衣に聞いた。蓮は興味本位の質問を装ったが、内心は真実を知りたく、かなりドキドキしていた。

「結衣ちゃんのお姉さんってさあ、結構美人だし、きっとすてきな彼氏とかもいるよね?」

 結衣は答えた。

「ちょっと前までいたけど、今はいないんじゃないかな。男前だったけど、チャラい男だったから私は嫌いだったわ。わかれて、ホントよかったよー」

 今は栞に彼氏がいないと知り、蓮はホッとした。


 その後も、蓮はときどき、お昼時間に渋谷に行って、栞を探した。

 めったに会えないが、それでも、ときどきみつけることができ、その度に偶然を装って声をかけ、一緒にお昼ご飯を食べた。

「ねぇ、松本先生、これって偶然なわけないわよね?」

 微笑みながら栞が言った。

 そう聞かれると少し恥ずかしい蓮だったが、勇気を出して言った。

「うん…。」

 そして続けた。

「僕、栞さんに会いたくて来てる」

 栞は嬉しそうに笑顔で聞いた。

「あら、うれしい。でも、どうして会いたいのかな?」

 蓮は答えた。

「それは、その、栞さんが、つまり、好きだから」

 モジモジしながらも、はっきりと言った。

 そしてさらに、胸がバクバクしながらも、蓮は栞に聞いた。

「あの、栞さんは僕のこと、ダメですか?」

 栞は蓮のことが愛おしく思えた。

 自分のことをズルいと思いつつも、栞は曖昧な返事をした。

「少なくとも、好きって言われて、嫌じゃないわよ」

 そして、思いっきりの笑顔を蓮に返した。

 蓮はモヤモヤしたままになってしまったが、少なくとも「ノー」と言われなかったことにホッとした。

 蓮にとってのもう一つ大きな進歩は、栞と連絡先を交換できたことだった。

 それからは、二人は、連絡を取り合って会った。ほとんどは食事だったが、時々、彼女の買い物にも付き合った。


 こうやって何度も会っているうちに、栞も蓮に対する好意が増していった。

 しかし、栞は過去に、いい加減な男に振り回された挙句、破局した苦い経験もあり、また、蓮との年の差も気になり、この恋愛に慎重だった。


 ある週末、リビングで栞と結衣が二人きりになった。

 二人とも、何となくテレビのバラエティー番組を観ながら菓子を食べていた。

 栞は何気なく結衣に聞いてみた。

「ねぇ、結衣、家庭教師の先生は教えるの上手?」

 結衣は答えた。

「うん、松本先生のおかげで成績上がってきてるよ。この前の校内模試、学年で10位だったの」

 栞は驚いた。

「へぇー、結衣すごいじゃん」

 一方、栞は心の中では「蓮君って、やっぱりすごいんだ」と思った。

 そのとき栞は、蓮のすごさを知ることで、嬉しい気持ちになっている自分に気付いた。

 栞は続けて結衣に聞いた。

「志望大学はもう決めたの?」

 結衣は答えた。

「うん、決めたよ」

 栞はさらに聞いた。

「どこー?」

 答えることに少し躊躇したが、結衣は答えた。

「T大」

 栞は驚いて聞き返した。

「え?T大ってあんた、本気なの?」

 結衣は答えた。

「うん、本気。めちゃめちゃハードル高いのはわかってる。この前受けた模試ではD判定だった。成績が上がってきたとはいえ、今の私では、まだ程遠いよ。でも、絶対T大って決めたの」

 栞は結衣の強い決意を聞いて、それ以上は聞かなかった。

「そっか、じゃ、がんばれ!お姉ちゃん、応援するよ!」

 結衣は「うん」と短く答えた。

 栞は受験について過度なプレッシャーを結衣にかけるのは避けようと思い、質問を変えた。

「ところで結衣、あんたさぁ、勉強も大事だけど、恋愛もしてる?」

 結衣はその質問を受けて、恥ずかしそうな顔になった。

 そしてうつむき、少し間をおいてから答えた。

「うん、好きな人いるよ」

 栞は、どんな男の子かとても興味が湧き、さらに聞いた。

「クラスの友達?」

 結衣は首を横に振った。

 栞は続けて聞いた。

「じゃあ、中学校の時の友達とか?」

 また首を横に振った。

「じゃあ、他の学校の男子?」

 やはり首を横に振った。

 全くわからないので、栞は推測をあきらめて聞いた。

「じゃあ、どこの男子なの?」

 結衣は、恥ずかしそうに下を向いていた。

 栞がじっと結衣を見ていると、しばらくして結衣は聞き取れるギリギリの声で言った。

「せんせい」

 結衣は驚いてさらに聞いた。

「え?あんた、まさか、学校の先生が好きとか?」

 結衣はあわてて訂正した。

「違う違う。まつもとせんせい」

 栞は、聞こえた名前を頭の中で繰り返した。

「松本先生」

 その名前が誰を指すかを理解したところで思わず叫びそうになったが、なんとかそれを抑えて言った。

「そ、そうなんだ。結衣、れんく、あ、松本先生が好きなんだ」

 危うく、結衣の前で「蓮君」と言いそうになったがかろうじて言い直した。

 この頃、栞は蓮と二人で会うときは、蓮のことを「蓮君」と呼ぶようになっていた。

「えっと、その、松本先生は知ってんの?結衣が好きなこと…」

 結衣は首を横に振って言った。

「先生には未だ言ってないし、気付いてないと思う」

 それに対し栞は

「そうなんだ」

 とだけ返した。

 しばらくの沈黙の後、結衣が言った。

「私ね、松本先生と同じ大学に行きたい。だからT大目指すの」

 栞は、なぜ結衣がT大を目指すのかがやっとわかった。

「はあ、なるほどー」

 そう言いつつ、栞は心の中で思った。

「これは、蓮君が私のこと好きだなんて、絶対、結衣に言えないわ」


 ある日、栞と蓮は夕食をファミレスで一緒に食べた。

 栞は結衣の蓮に対する気持ちを言うべきか言わないべきか悩んでいた。

 蓮は栞が浮かない顔をしていることに気が付いて聞いた。

「栞さん、どうしたの?何かあった?」

 栞はハッとした。

「あ、ううん、なんでも」

 やはり言い出せない。

 しかし、栞は、蓮の結衣に対する気持ちを確かめたいという好奇心もあり、遠回しに話し始めた。

「そうだ、この前、結衣から聞いたよ。あの子、成績かなり上がったんだって。蓮君、教えるの、上手なんだね。すごいよ」

 蓮は照れくさそうに答える。

「すごいのは僕じゃないよ。結衣ちゃんが一生懸命がんばってるから、その成果だよ」

 そういったやり取りを少し続けたのち、栞は思い切って聞いてみた。

 内心蓮の反応にドキドキしていたが、大人の女性として若い蓮君をからかっているふりをした。

「ねぇ、蓮君ってさあ、実は、結衣のこと、かわいいとか思ってないの?」

 蓮は意外な質問に少し戸惑ったが、頭の中で、ここは、「自分が栞一筋である」ということを栞に伝えるべき場面だと思い、言葉を選んだ。

「えーっと、考えたことないな。どうしたの?いきなりヘンな質問して…」

 栞はこれ以上深掘りをして、逆にヘンに詮索されるのを避けようと考えた。

「ハハ、ごめんごめん。ちょっとからかってみただけよ」

 それ以降、栞は、一旦結衣のことは忘れて、蓮とのとりとめのない会話を楽しみながら食事をした。


 季節は夏。例年のことながら、今年の夏も猛暑だ。

 蓮が結衣に勉強を教えていると、遠くのほうから太古の音が聞こえてきた。

 結衣が言った。

「そっか、今日は天神様の縁日だ。先生、今日の勉強終わったら一緒に縁日行かない?」

 蓮もお祭りが好きだった。

「うん、いいよ。行ってみよう」

 その日の指導が終わると、二人は、結衣の家から3分くらい歩いたところにある神社に向かった。

 神社は縁日で盛り上がっていた。結衣も、蓮も気持ちがウキウキした。

 二人は、わたあめ や りんご飴 などを買い、縁日を楽しんだ。

 結衣はヨーヨー釣りに挑戦することにした。

 結衣の針はヨーヨーのゴムをとらえた。しかし、もち上げようとしたとき、こより紙はあっけなく切れてしまった。

「うー、くやしーい」

 くやしがる結衣を見て、蓮が挑戦することにした。

「よし、じゃあ、次は僕が」

 蓮は、巧みにヨーヨーを釣り上げた。

 それを見て結衣が褒めた。

「先生、すごーい」

 蓮は、照れくさそうにして、そのヨーヨーを結衣にあげた。

「はい。どうぞ」

 ヨーヨーをもらった結衣はとても喜んだ。

「ホント?やったー!大事にする!」

 蓮は笑って言った。

「そんな、大事にするようなものでも」

 結衣からすると、これは、先生からもらった初めてのプレゼントだったので、とても大事な宝物になったのだ。

 一方の蓮は、ヨーヨーでこれほど喜ぶとは、やっぱり結衣は未だ子供なのだと思った。

 縁日を楽しんだ後、二人で神社の拝殿に来た。

 結衣は、お賽銭を投げて鈴を鳴らし、小さな声で願い事をした。

「もっと成績が上がって、T大に受かりますように」

 蓮も結衣の真似をして同じことをお願いした。

 実は、結衣は、声には出さなかったが、心の中でもう一つお願いをしていた。

「天神様の得意分野じゃないかも知れないけど、先生と両想いになれますように!もできたらお願いします」


 それから何日かした日の夕方、蓮は都内で栞とあった。

 その日は、その近くにある神社のお祭りだった。浴衣の親子やカップルが、神社のほうへ歩いていく姿が目立った。

 元々、二人はお祭りに行く予定はなかったが、人の流れにつられて、神社へ向かい、お祭りを楽しむことにした。

 境内につくと、縁日の様子を見ながら栞が言った。

「ねぇ、こないだね、結衣、喜んでたよー。先生に縁日でヨーヨーとってもらったって」

 それを聞いて蓮は言った。

「そうなんだ。じゃあ、栞さんにも、一つとってあげるよ」

 蓮はヨーヨー釣りに挑戦し、今度もまた、見事に釣り上げた。

 そして、その釣り上げたヨーヨーを栞にあげた。

「はい。どうぞ」

 ヨーヨーをもらった栞は、とても喜んだ。

 その喜ぶ栞を見て、蓮は笑顔で言った。

「姉妹そろってヨーヨー好きなんだね」

 栞は

「へへ、そうみたい」

 と笑いながら答えたが、本当は、栞も、蓮にもらえたことが嬉しかったのだ。

 その後も二人は縁日を一通り楽しんで、その日は別れた。


 気が付けば、暑い夏が過ぎ、過ごしやすい季節になった。

 いよいよ大学受験が近づくこの時期に、全国版の模試が実施される。

 結衣も先日、T大の模試を受け、今日、その結果が返ってきた。

 ちょうどその日は、蓮が家に来る日であり、結果を蓮と一緒に見ることにした。

 ドキドキしながら、結果を開く結衣。開いた瞬間、思わず目をつぶってしまった。恐る恐る、目を開くと、判定欄には、Bと書かれていた。

 前回はD判定だったが、コツコツと努力した成果が出てきて、ここまで成績が上がった。油断はできないが、B判定は十分合格が狙える。

 蓮は言った。

「よし、上出来だ。このままの調子で勉強を続ければ、十分、合格を狙えるよ」

 そういう連に結衣は笑顔で答えた。

「うん。でも油断しないで、もっと頑張んなきゃだね」

 この季節になると、受験勉強に疲れて気力が低下する生徒が多い中、結衣は、ますます勉強に打ち込むようになった。


 気温は日に日に下がっていき、いつの間にか季節は冬になっていた。

 クリスマスイブの日に結衣の学習指導が重なった。蓮は、この後、夜に栞と会う約束をしているのだが、そこで栞に渡す気の利いたプレゼントを決めきれずにいた。

 いっそここで結衣に栞が喜ぶものはないか相談したい衝動に駆られた。

 すると結衣が言った。

「先生、今日、かてきょー お願いしちゃってごめんなさい」

 いきなりの質問に蓮は聞き返した。

「大丈夫だよ。なんで?」

 それに対し結衣は。

「だって、イブだし、彼女とかいたら、約束あるのかな?って思って」

 実は蓮は栞と会うのだが、そうは言わず

「いや、今晩は、あれなんだよね。彼女のいないモテない男友達で、鍋でもするかって話してるところ。男友達ってのが村田ってやつなんだけど、近所に住んでて。ハハハ」

 と若干の後ろめたさがありつつも、ウソでその場を取り繕った。

 それを聞いて、結衣が言った。

「そうなんだ。友達同士で鍋とか、楽しそう。来年は私も入れてよ」

 それに対し蓮は、励ましの意味を込めて答えた。

「うん、もちろん。そのためにも、大学受からないとだね」

 結衣は少し真顔になって続けて言おうとした。

「先生、あのね…」

 しかし、なかなかちゃんと言い出せない。

「私ね、実は、その…」

 蓮は、少しじれったくなって聞いた。

「どうした?」

 結衣はなぜか、言い出せないまま、涙が出始めた。

「おい、結衣ちゃん、急にどうしたの?」

 と蓮は言いながら、少し結衣の肩に手を置いた。

 すると、結衣が泣いたまま蓮にもたれかかってきた。

 蓮は、結衣の肩に手を回すしかない状況となった。

 きっと、結衣が受験のプレッシャーで苦しくなったのだと思った。

 この場面で「大丈夫だよ」と言うのは簡単だが、無責任な発言でもあると思い、控えた。何か結衣の気持ちを軽くしてあげられる言葉はないか考えたが、良い言葉は思いつかなかった。そして、言葉が思いつかないまま、ただ、結衣の肩を抱いていた。

 結衣の髪の毛がとてもいい匂いだった。

 しばらく沈黙が続いたのち、結衣はポツリと言った。

「好き…」


 蓮は、いきなりの結衣の言葉に驚いた。

 今ちょうど結衣の髪の毛をいい匂いだと思ったところで「好き」と言われ、蓮は、急激に結衣のことを女として意識し始めた。

 女として意識し、結衣のことを見ると、今までとはまるで違って見えた。今まで、眼鏡をかけた真面目な女の子という印象で意識していなかったが、改めて見ると、結衣は美人であり、蓮の好みの容姿だった。栞と姉妹なのだから考えてみれば当然だ。


 とはいえ、蓮は栞のことが好きであり、それを貫くために、蓮は必死で自制した。一方で、受験直前のこの大事な時期に、不用意な発言で結衣に精神的なダメージを与えるわけにはいかず、蓮は言葉を慎重に選んだ。

「ありがとう。とても嬉しいよ。でも、今は受験に集中しよう。まず、T大に受かろう」

 結衣は涙で濡れた顔のまま笑って言った。

「先生、ズルいよその答え。でも、うん、そうだね」

 と答えた。そして更に言った。

「でも、約束して。私の受験が終わるまで、彼女作らないで。ねえ、お願い」

 蓮は栞のことが頭にちらついたが、

「そんな、すぐにできるわけないじゃん」

 と言って、お茶を濁した。


 それからというもの、蓮は、結衣のことを女として意識するようになった。

 ただ、栞が好きであるにもかかわらず、結衣に恋愛感情を抱いてしまうことに罪悪感を感じ、なんとか結衣に対する気持ちを抑え込んでいた。


 ついに受験シーズン到来。


 一月。結衣は、最初の関門である共通テストを受けた。

 緊張はしたものの、出来栄えとしては、今まで受けてきた模試の結果と大きく変わらない物だった。まずまずのスタートと言うところだ。


 二月に入り、いよいよ大学の入試が始まった。

 結衣は、まず私立のK大学を受験した。

 T大を目指す結衣としては本命ではないが、K大は私立の中では難関大学である。

 結果は、見事に合格。

 結衣の家族一同、その結果に歓喜した。

 しかし結衣にとっては、これは当然の結果であり、本番は次に控えるT大であった。


 いよいよ次は、本命であるT大の受験。

 入試の前夜、いつになく、結衣は寝付きが悪かった。

 眠りが浅く、苦しい夢を何度も見ては目が覚めた。

 結衣は、入試本番前で緊張しているのだと思った。

 試験当日の朝、結衣はからだに若干の違和感を感じていた。少しふわふわした感覚がしていた。

 食欲もなく、朝食もヨーグルトとバナナだけで済ませた。

 母親は少し心配したが、結衣は緊張しているためだと解釈した。

「お母さん、行ってくるね」

 と言って結衣は試験会場に向かった。


 結衣は試験会場についた。

 そして、ついに一科目目の試験が始まった。

 問題は難しいが、それでも、だいたいいつも通りのペースで解答を進めていき、一科目目の試験を終了した。

 続いて、二科目目の試験が始まった。

 ここで結衣は、からだの違和感が加速的に増してきていることに気付いた。

 しばらくして、自分の身体が発熱をしていることを確信した。

 意識はどんどん薄くなっていき、とても試験どころではなくなった。

「なんでこんな時に熱が出ちゃうのよ!」

 結衣は心の中で叫んだ。

 そこから先は、もうろうとした意識の中で試験を続けた。試験会場にいるだけでもやっとな状態だったが、何とか最後まで退席せず、全教科の試験を終了した。

 試験の記憶は全くなく、絶望的としか言えない状況だった。


 結衣は高熱でふらふらだったが、なんとか自力で家にたどり着くことができた。体温を計ると40℃の高熱だった。

 これ以上何をする気力も体力もなく、そのままベッドに倒れ込んで寝た。

 数日寝込んで熱は下がった。しかし、その後、結衣はほとんど部屋に閉じこもったまま出てこなくなった。

 母親が心配してドアの外から話しかけるが「ほっといて」と返事が返ってくるだけだった。

 心配になった母親は、蓮を家に呼んだ。


「結衣ちゃん、大丈夫?みんな心配してるよ」

 蓮が結衣の部屋のドアに向かって話しかけた。

 部屋の中で、結衣は先生が来たことに気付いた。

「先生」

 蓮は結衣が返事をしてくれたので

「中に入っていい?」

 と聞いた。

「だめ。今、私、ぶさいくだし、部屋も散らかってるから、今日はだめ」

 蓮は言った。

「わかった。じゃあ、ここで話そう」

 結衣は部屋の中を移動し、ドアにもたれかかった。

 ドアを挟んで外側に蓮、内側に結衣がいる。

「私って、なんでこんなについてないんだろう。入試の当日に、40℃の熱が出ちゃうなんて。突然だよ。もう、試験めちゃくちゃだったよ。今までかけてきた時間と努力、全部台無しになっちゃった」

 蓮は答えた。

「でもさあ、未だ合格発表されてないんだから、わかんないじゃん」

 結衣は言った。

「試験のこと、何も覚えてないくらいひどかったの。無理だよ」

 そういう結衣に蓮は続けた。

「ありえないくらい運の悪いことがあった後は、ありえないくらいの奇跡も起きるよ。人生は、プラマイゼロになるようになってる…。って誰か言ってた」

 結衣は答えなかったが、蓮には、扉の向こうで結衣が少し笑っているように感じられた。

 そこで、蓮は更に続けた。

「合格発表の日、一緒に結果見ようよ」

 すると結衣は

「うん。でも、落ちた時の慰めの言葉、ちゃんと考えといてよ」

 と答えた。

 蓮は、何か結衣を勇気づけられる言葉はないかと考え、勢いよくこう言った。

「考えない。奇跡は起きるから、考える必要なし」

「何よそれ」

 結衣は思わず笑った。

 蓮は心の中で、無責任な発言をしているかも知れないと、若干の不安もあった。

 ただ、少なくとも、この会話で結衣が少し元気づけられたことは確信できた。


 合格発表の日、蓮と結衣は近くのファーストフードで待ち合わせた。

 いよいよ合格発表の時間が近づいてきた。

 蓮は自分のノートパソコンを開き、大学の合格発表のサイトにアクセスする準備をした。

 合格発表の時間になり、合格発表のサイトを表示すると、大変な混雑でエラーが出る。

 再表示を繰り返す蓮。

「アクセスがめちゃくちゃ混雑してるね」

 そういう蓮に結衣も

「そうだね」

 と答えた。

 数分間、再表示を繰り返し、ついに合格発表のリストが表示された。

 まず、結衣の受験番号に近い番号が出てくるまでページを送っていく。

 そして、そこから、二人で細かくそのリストを見ていく。

「お!」

 蓮が思わず叫んだ。その直後に

「え!」

 結衣も叫んだ。

 蓮がカーソルをあてた番号は、結衣の受験番号だった。

 二人は、間違いがあってはならないと、もう一度、番号を読み合わせた。

 間違いなかった。結衣は合格した。

「やったー!」

 二人は叫んで抱き合った。

 お店にいた他の客は最初びっくりしたが、状況を察して一瞬笑顔になり、また元に戻った。


 結衣は母親にすぐさまメッセージを送った。

 メッセージを送っておきながら、やはり、思い直して電話をした。

「お母さん、私、受かったよ!」

 電話の向こうでびっくりしたと同時に、嬉しくて泣いている母親の声が漏れてきた。

 泣いて喜ぶ母親と話しているうちに、いつの間にか結衣も涙声になっていた。


 電話を切った結衣は蓮に話した。

「ねぇ、先生の言った通りになっちゃったよ。奇跡が起きちゃった」

 しかし、蓮は、首を振って言った。

「ごめん、それ訂正しなきゃ。そもそも、奇跡じゃないんだよ。結衣ちゃんはT大に受かるために十分な準備をしたんだし、これは、起きるべくして起きた結果だ。高熱で、意識が飛びそうになってても、ちゃんと出来ちゃうくらい、十分な準備をしたからだよ!」

 それを聞いて結衣は嬉しかったが、恥ずかしくもあった。

「先生、褒め過ぎ」


 その後、二人は結衣の家まで一緒に歩いた。

 家の玄関前まで来たところで、蓮は言った。

「じゃ、僕はここで。お母さんによろしくね」

 すると、結衣は、そのまま行こうとする蓮の腕をつかんで止めた。

「先生、あのね、実は私、先生がお姉ちゃんが好きなこと知ってたよ」

 いきなりの発言に蓮は焦った。

「え、なんで?」

 すぐさま結衣は言った。

「先生のこと、一年間ずっと見てるんだから。わかるよ」

 さらに続けた。

「でもね。前に言った通り、私、先生のこと、好きだよ。大好き」

 蓮は、当惑しつつも、それを聞いて、少し安心感を覚えた。

 結衣はさらに続けた。

「これから大学でいつでも会えるもん。お姉ちゃんには負けないよーだ!じゃあね、先生!」

 そう言って、結衣は玄関から家に入ろうとしたが、何かを思い出し、振り向いた。

「そうだ。もう かてきょー は終わりだから、これからは、蓮君って呼ぶね!」

 蓮は、結衣が玄関から家に入るのを見届けると、振り向いて歩き出した。

 歩きながら、頬が緩んだ。

 そして、歩きながら、栞にメッセージを書いた。

「会社終わった後会える?」

最後まで読んでくださった読者の皆様、本当にありがとうございます。

少しでも、読んでくださる方がいらっしゃることを励みに、今後も続けていきたいと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ