第56話、煮るなり焼くなり『異世界道中』
「……煮るなり焼くなり好きにしろ……」
地面に転がされ、不格好にロープでぐるぐる巻きにされた少年は、ぷいっと顔を背けながらそう吐き捨てた。
口調だけは一人前の大悪党のようだけど、声が絶妙に震えているせいで、虚勢を張っているのが丸わかりだ。
「あの……煮るのも焼くのも、わたくしたちのパーティーにそんな物騒で野蛮な趣味の持ち主はいなくてよ?」
──私は、ふぅ、と小さくため息をついた。
中身は転生者、外見は12歳の公爵令嬢。
心の中はいたって普通の(ちょっと陰キャ寄りな)女の子のままだから、お行儀のいいお嬢様言葉を外向けに使うだけでも地味に精神力を消耗するのだ。
視線を少し動かせば、街道沿いにある巨木に、文字通り「鈴なり」になって括り付けられている男たちの姿がある。
彼らはさきほど襲撃してきた野盗たちだ。近くの街の衛兵に引き渡す予定で、今は全員ぐったりと気絶している。
問題は、その横で芋虫のように転がっている、この生意気な少年。
結局、あの襲撃の際に野盗どもの先頭に立って勢いよく突撃してきたものの、我がパーティーの護衛担当・ライナスに一瞬で無力化されたのである。
一応、最初は他の奴等と一緒に衛兵に突き出すのが一番手っ取り早いし、後腐れもないなー、と思っていた。
だけど、この少年は真っ先に倒されたせいで、他の野盗たちのような「ガチの凶悪さ」を見せる前に戦闘が終わってしまったのだ。
おまけに、処遇を決めかねているうちに、なぜだかさらなるトラブルにまで巻き込まれてしまって今に至る。
(うーん。個人的には、襲撃されたこと自体にはそんなに悪感情はないのよね……)
そう言うとわたしは「歌学」のスキル『音響分析』を発動し、少年の声の波形や心音を分析してみた。
ビクビクと跳ねる心臓の鼓動。
『恐怖』と『焦燥』。
それとほんの少しのプライド。
──そこに他の野盗が持っていたような「本物の残虐さ」や「狡猾な悪意」の響きは一切混ざっていなかった。
判定は完全なシロ。
「っ?!」
と、その瞬間──わたしの脳内に、けたたましい警告音が鳴り響いた。
少年の波形を拾ったはずの『音響分析』が、すぐ近くに放置されていた野盗の馬車──そこに積まれた「何か」の波形まで同時に拾ってしまい、わたしの精神世界で「ある領域」と勝手に同期してしまったのだ。
(『……う、ううう……。ふぁ……何? 急にシステムに大量のデータが流れ込んできたんだけど……』)
頭の中に直接響いてきたのは、聞き覚えのある相棒の声。
わたしの肩に乗っているのは、デフォルメされた愛らしい女の子の人形。その正体はわたしと同じ転生組で、とある事情から今はこんな姿で固定されている彼女──りんねだ。
(『もう、せっかく魔力節約のためにディープスリープ中だったのに……! 強制起動なんて非常識スよ先輩! 脳みそバグるかと思ったじゃん……。あー、まだ活動記録が寝ぼけてる……』)
(ごめんなさいね。でも、わたしが意図して起こしたわけじゃないのよ。
あの少年を調べていたら、あの馬車に置いてあった荷物の反応と重なっちゃったみたいで。
なんだか妙にシステムを刺激する物があるのよね……)
人形の短い手をパタパタさせながら、りんねはどこか面白がるような、いつもの生意気な後輩口調の念話を続けてきた。ちなみにこの意思疎通は念話なので、周囲の一般人には聞こえない。
(『へーえ、……。でも、先輩。結局あの少年のこと、どうするんスか? なんかいかにも『これから壮大なイベント始めます!』みたいな生意気な面構えをしてるけど。
その割には異変や……じゃなくて、あくどいこと全然してなさそうな感じがするんスけど〜?』)
(あなたね、随分な言い草じゃない……。まあ、わたしもそう思うけれど)
りんねの言うことも一理ある。そもそも、もしこの少年が本当に根っからの極悪人なら、あの合理的かつ容赦のないライナスが、こんな風にただ縛って転がしておくなんて生温い真似をするはずがない。
普通なら即座に無力化して、有無を言わさずに他の野盗たちと一緒にあの木に括り付けているはずなのだから。
「おい、そこの芋虫。何を変な人形で遊んでやがる。用がないならとっとと消えろ!」
「……芋虫ではありませんわ。トビー、と言いましたかしら?」
わたしがその名を口にした瞬間、芋虫状態の少年──トビーは、弾かれたようにこちらを睨みつけてきた。
「なっ、なんで俺の名前を……ッ!」
「あなたの後ろに括り付けられている元・お仲間たちが、先ほど吐き捨てるように教えてくださいましたわ。『あのクソガキ、トビーのせいで計画が狂った』と」
嘘ではない。
ライナスに気絶させられる直前、野盗の頭らしき男がそう罵っていたのをわたしの耳は聞き逃さなかった。
トビーは悔しそうに歯噛みし、再びぷいっと顔を背ける。
縛られて動けないくせに、こちらの肩の人形を睨みつけながらキャンキャンと吠えるトビー。
その生意気な態度を見つめ返しながら、わたしは再び小さくため息をついた。
さて、この「最弱の野盗(仮)」を本当にどう扱ったものか。リーンの思案はまだしばらく続きそうだった。
◇
「……あ! ピーコだ!!」
それまで、一連の流れを一歩引いて大人しく見ていたはずの幼女神官──ミリーナが、唐突に大声を上げた。
何事かと振り返るのと、ミリーナがタタタッと小さな足音を響かせてトビーの元へ駆け寄るのはほぼ同時だった。
「ちょ、ちょっと……どうしたの?」
「ピーコ! ピーコがいたの! 二年前に死んじゃった、ミリーの愛犬のピーコにそっくり!!」
「……は?」
目を輝かせてトビーを指差すミリーナに、わたしは思わず呆けてしまった。いや、どう見ても人間、というか小生意気な人間の男の子なんだけど。
「な、なんだあぁ!? 犬ってなんだ! 俺はトビーだっ!」
芋虫状態のまま目を白黒させて困惑するトビーを他所に、彼女のテンションは一気に最高潮へ達する。
「ピーコ、お腹空いてるの? よしよし、ミリーが今お水とおやつ持ってきてあげるからね!」
「待てっ、話を聞け! 誰がピーコだ! おい、バカにしてんのかコラァ!」
一気に親しみを込めて甲斐甲斐しく「お世話」を始めようとするミリーナに、トビーが怒りを爆発させる。
けれど、一度思い込んだらとことん頑固なタイプなのだろうか。
全力でキャンキャン吠えるトビーの怒号なんて、彼女の耳には一ミリも届いていない様子で、楽しそうに彼の頭を撫でようとしている。
全く話の通じないことに恐怖を覚えたのか、トビーはたまったもんじゃないとばかりに、隣にいた女戦士のミゼルに助けを求める視線を送った。
「お、おい! そこのネーちゃん! このガキを止めろ! 話を聞け!」
「ふえ? ……ああ、なるほど。トビーくんは、犬の真似をしてミリーナを慰めてくれているのね。なんて優しい子なのかしら
……お姉さん、感動しちゃった」
「ちがうわボケェ!! どこをどう解釈したらそうなるんだよ!?」
ミゼルの極上の天然が炸裂し、全く話の通じない壁がもう一枚増えただけだった。
絶望に顔を歪めたトビーは、最後の頼みの綱とばかりに、さらに奥に控えていた年長の神官へと縋るような声をあげる。
「た、頼むっ、おっさん! あんたはまともだろ!? この状況をなんとか──」
「おお……おおお……っ! ミリーナがあんなに幸せそうな顔をしておる……!
二年前、ピーコが旅立ったときに流したあの涙が、今こうして報われるとは……うっ、ううっ、神よ……っ!」
「泣いてんじゃねえよ神官長ォォ!!」
彼女の満面の笑みを見た瞬間、感涙極まってボロリボロリと涙を流し始める神官。
もうダメだ。このパーティー、基本的にミリーナに甘すぎる。
(……うわぁ。これはちょっと、さすがにトビーが可哀想になってきたわね……)
あまりの混沌っぷりに、わたしは内心で頭を抱えた。
隣を見れば、普段は冷静沈着なライナスすらも、この予想外すぎる展開にどうツッコミを入れていいのか判断に困ったようで、珍しく微妙な顔でフリーズしている。
トビーの処遇を決めるどころか、ペット扱いでこのままパーティーに拉致されかねない勢いである。
わたしたちがその状況を呆然と見守っていた、まさにその時──。
「──あれ? おい、トビーじゃねえか! お前、そんなところで何やってんだ?」
街道の向かい側の通りから、トビーの知り合いらしき声がかけられたのである。




