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0ー1 生い立ち

 生まれた時の記憶は今はない。

 けれど、白黒の景色の中で、桜色に染まる並木通りの景色だけは今も覚えている。無音な景色を思い浮かべるだけで不思議と雑念が消え、集中できると同時に心安らぐ。


 目を開けると、父が剣先を地につけつつこちらを真剣に見て、始まりを告げる。


「大切な人を守るには力が必要だ。だから日々の努力をしなければならない。その努力、経験、成功、失敗、そして発見の積み重ねこそお前自身の力そのものだ。

 だから、ただ剣を振るうな。ただ教わったまま終わるな。行動一つ一つにその意味を考え、工夫することを考え続けろ」


 七歳から始まった稽古や勉強のたび、父上が必ず最初に伝える家訓であり、教えであった。


「はい。父上」


 お腹に込めた力を吐き出すように元気よく返事をする。

 返事の仕方一つでも人に与える印象は変わる。三歳からの教育係であるアーロンがそれを教え、護衛役のオリバーの父に向ける姿を見よう見まねに覚えた。


 朝、食事の準備が整うまで剣。そして、朝食後に疲れが出たところで槍または馬術、礼儀の訓練。日が天高く昇る時まで行われ、昼食後は疲れと眠気と葛藤しながらの学問の時間。

 そして、空の色が変わり始めたら弓の稽古をして終わる。武術に対する父上からの言葉は同じだった。


「剣、槍、弓、馬術、そして礼儀。その技術は基本がすべてだ。基本を忠実に反復し、身体に徹底して覚えさせる。基本があって初めて秀才として応用が可能となる。その例外に当てはまるのは天才だけだ。そして、その天才の入り口もまた知るから始まる」


 何か月もの基本訓練を積み重ねる中で起こる飽きとの葛藤。そして、天才、秀才でありたいと願う気持ちとは裏腹に、凡庸な結果が続く焦り。

 その創意工夫の末に失敗し、後悔するたびに父上は言う。


「試した結果が失敗でも、それがよく考えたことなら問題を認識できている進歩だ。だが、それが許されるのは親が守れる子どもの頃だけ。

 挑戦し、失敗も成功もすべて経験にせよ。基本という土台の上にある工夫と努力こそ、天才や秀才に勝る唯一の方法であり力だ」


 そんな成長のための基本と工夫と失敗の日々。

 父上の一言から酷い挫折をしても「よく頑張りましたね」という母上の言葉。そして「諦めるのはいつでもできる。だから、もう少しだけ頑張ってみなさい。何かあればこの母が守りますから」という言葉が支えだった。




 そんな基本を徹底する厳しい稽古と、母の優しくも成長を促す日々。

 そして十一歳となったときのこと。父上がヘックス家の領土に現れたという賊の討伐に向かった。その帰りに通った林道で、謎の襲撃による流れ矢に当たり亡くなった。


 泣き崩れる母上、眠ったように動かない父を前に呆然と立ち尽くして何も考えられず、言葉にもならなかった。

 そして、母上が優しく微笑む姿も、泣く姿を見せたのもその日が最後となった。


 母上は速やかに葬儀を取り仕切り、そして伝えてくれた一言。


「今日から貴方が当主として父の代わりを務めるのです。私のナイト」


 そう囁き、葬儀に現れた家臣団を前に宣言した。

 その場で自らを当主の後見人として支え、当主が誰であるかを示す帝国皇帝の書状を掲げて。


 家臣の筆頭格であるサンフィールド家の七家一同が沈黙の中で母上に一礼して賛同を示す。そんな中、突如として剣を抜いた叔父上。


「我は認めん!」


 と母上へ襲いかかった。それに反応して呼応する五名の家臣も続いた。


 けれども、剣を抜いた家臣たちはオリバー、そしてその場に居た七家出身のキース、フランク、ロビン、チェスターが加勢して迎え撃ち、アーロンが叔父上の剣を払った。

 そしてアーロンが判断を求める視線を向ける。それに当主として頷き、父上の愛剣を抜いた。そして、叔父上の喉元に剣を突きつけた。


「私が今よりサンフィールド家の当主である。異論があるなら申してみよ。その返答しだいで処罰は決めよう」

「…………異論ございません」


 母上の進言と新当主としての承認をもって、叔父上はサンフィールドの家名を剥奪された。そして、エースという新たな家名を名乗る許しを与えた。

 そして、叔父上の発言をもって帝国へは『異論なし』と報告し、全会一致で承認を経たことを公にした。

 これがサンフィールド家のお家騒動だった。




 サンフィールド家の当主となってからも父上を失ったことを悲しむ時間などなかった。そして、それはおそらく母上も同様だった。

 その後は、政務を母上が「御前様」という敬称のもとで家臣に指示して執り行った。

 血縁のある一族が担う民との取次もある外務は、叔父上のエース家が担当した。

 軍務はアーロンを部隊将に、ディーンを副将に据え、ロビンが常駐騎兵、フランクが常駐歩兵の訓練を担い、チェスターは民兵の訓練を担いつつ、当主への馬術、剣術、槍術の稽古指南役と良き相談役となった。

 護衛にはオリバーに加えてキースの二人体制となった。

 

 なお、母上は面々を見て呟いた。


「……あまりにも華がない。父親なら秘書官と称して若い女を入れようとしたでしょうに」


 と。それをアーロンへ相談し、その後にアーロンの末娘のエルザ・アーロンが秘書官として護衛と共にしつつ馬術に加わった。


 こうして良き友人としてエルザが相談役となり、始まった当主としての責務。しかし、その重責の多くは母上、アーロン、そしてエース家の叔父上が担い、話を聞くばかりのお飾りであった。

 それが一年、二年、三年と続いた。物事には慎重に提案を聞き、意見を聞き、判断する。その基本を守れているだけ。凡庸という評価を認識するしかなかった。


 特に、家臣に気遣う余裕もない中で、その裏ではサンフィールド家の七家では「正妻戦争」と噂される娘を婚約者にしようと争いが起こり、三役のもとでなんとかまとまっている不安定な体制であった。




 そして、四年、五年と時は流れ、その戦争がいよいよ裏では隠せないほど、交流からの顔合わせが続き、不穏な空気となり始めた頃。

 帝国東部のセントポール家へ訪問していた母上が家臣を集め、一人の同い年程度の女性を連れてきた。

 

 城下の民の方が裕福に見えるほどに質素な衣服に、おどおどとした振る舞い。そして周囲から向けられる彼女を軽蔑する目。


「お嫁様を選んでまいりました。どうぞ、お近くで顔合わせをし、返答を」


 目の前の女は自信なさげに額を床に擦りつけるように伏し、震えていた。

 サンフィールド七家も集まって見守る中、立ち上がって近づき、そして跪いてから尋ねる。


「こわがらせてすまない。そして、危害を加えないことを約束するから顔を上げてほしい」


 ビクッとして顔を上げる女。その泣きそうな瞳を見た瞬間に感じた、恐怖そのものと認識できる悪寒。


(いつか、この女に殺されるかもしれない)


 本能的に剣へ手を伸ばしかける衝動を堪え、母上へ視線を向けたい衝動をも飲み込む。

 ただ、それと同時に胸の高鳴る別の感情が湧き上がる。好奇心、恐怖、そしてよくわからない衝動的感情。気づけば次の言葉が出ていた。


「婚約しよう」


 気づけば、手を差し伸べていた。


「…………え?」


 と、言いながら許嫁は自ら手を乗せていた。


「あ」


 許嫁の言葉は母上の成立を告げる言葉と家臣たちの拍手によりかき消された。




 今でも直感で動いたその判断を後悔していない。婚約も愛の言葉も形だけだと理解している。

 彼女は花嫁修業と称して母上から教育が始まると乾いた布が水を吸うように才能を見せ、礼儀から内政、サンフィールド家の歴史、乗馬から武術に至るまで教われば、努力を積み重ねてこなせるようになっていった。


 それに負けない存在となれるよう、父上を失った時の危機感から生まれた、地から這い上がる感情とはまた別に、さらにその高みを目指す政務と、武術、外務の努力を重ね、許嫁には会話と愛の言葉を重ねてきた。

 アーロンに指揮を相談し、チェスターには軍学と馬上からの槍の指南を受け、オリバーとキースは良き稽古相手として。そして、叔父上からは男としての貴族外交から祭事等での各村の長との対話を経験として積み重ねていった。


 それでも当主としての自信を得られず、政務も軍務も祭事も、父上の姿が見せた光景からは程遠い。

 そんな折、遠征への出陣要請が届いた。


サンフィールド家の七家

・ウイリアムズ

・エドワーズ

・ウッド

・テイラー

・スミス

・スチュワート

・マーシャル


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