1-1、出陣
「この度の初陣、サンフィールド家にお仕えする一同、ご武運をお祈りしております」
「感謝する。行ってくる」
母上、許嫁、そして城の兵士や使用人たちからも見送られる中、それを代表するようにして立つ許嫁を抱きしめる。
傍にいなければ消えてしまいそうなほどに羽のごとく軽い身体。そんな許嫁が耳元で囁いた。
「大切な人を守るのは力です。想いを重ねた日々がお心を強く支え、信じる仲間が助けとなり、積み重ねた日々の努力が旦那様を正しい道へと導いてくれるでしょう。
どうかご自身を信じてください。皆を信じてください。そして願わくば私も」
「ああ。愛するそなたの言葉だ。信じるとも」
「不安な時には目をつむり私を思い出してください。私が旦那様のお助けをできるように」
「心強い」
笑顔を見せ、ゆっくりと手を離す。
「……まったく、よくもまぁ恥ずかし気もなくできますこと。今、抱き締めたところで鉄の鎧に阻まれ冷たいだけでしょうに」
母上は呆れたように扇で口元を隠す。その冷たい視線を向ける姿は、父上の出陣を見送る時と同じであった。
騎乗して背を伸ばしてあらためて見渡す。叔父上は村々を巡察中でこの場にいないが、使用人、城に残る兵たちも見送りのために視線を向けていた。
蹄を返すと、そこにはアーロン、そしてその後ろに護衛としてオリバーとキースが騎乗し待ってくれていた。
「アーロン、待たせたな」
「いいえ。先代様と御前様の時に比べれば、実に爽やかで短すぎるくらいですとも」
「…………」
母上からの鋭い視線がアーロンに向けられた。しかしアーロンはどこ吹く風。
「御前様に対して言葉が過ぎましたな。これは主様にご活躍いただかねば」
「善処しよう」
馬を歩かせ、兵たちに待機させている城内の正門に辿り着く。
一番騎兵隊、ロビン・マーシャル部隊長が率いる五十騎。
一番歩兵隊、フランク・マーシャル部隊長のもと、槍隊のコリン什隊長、弓隊のトム什隊長を擁する計二百の兵。
二番歩兵隊、チェスター・エドワーズ部隊長のもと、槍隊のエリオット什隊長、弓隊のテリー什隊長を擁する計二百の兵。
そして、サンフィールド家を示す昇る太陽を守護する鷹の旗。金色の藤を円で囲い、背景の紫色がよく目立つ帝国旗。
各隊の整列と先頭の兵が持つ旗がはためく光景はもう少し眺めていたいと思えるほどに壮観であった。
「行軍を開始する!」
城から計四百五十余名が行軍を開始した。さらに西北西に進んだ先の領内の支城からディーン隊長の率いる小荷駄隊二百余名とも合流。こうして生まれて初めて領土の外へと出た。
十一歳に父上を失い、若年を理由に機会を逸して二十歳を迎えての遅い初陣。
帝国貴族は初陣によってナイトという称号が与えられ、貴族社会に認められる。言い方を変えればサンフィールド家は先代を失ってから今に至るまで貴族社会に出られず、主上の恩情によりとりあえず存続している家であった。
サンフィールド家にとっても、それに仕える家臣にとっても、これで地位を確立できる。そして、遠征先で功を上げれば家臣も兵も一代かけても得られない恩賞と栄誉を手にできる好機がある。
誰もが志願した。ある者は夢を見て、ある者は願いを現実にするべく出陣する。兵たちの士気は高い。
道中、まずは隣領のヘックス子爵の軍と合流した。そして、主要街道に出ると北東に進み、集合をかける帝国中央軍、東部の貴族の軍を合わせた五千の軍勢として、北東のある峠道へ進路をとり、国境を越える。
そして、主要街道を通って、計十四日をかけて連合王国の王都へ到達した。
帝国
記載なし
・東部
内陸地域。現在、東部が帝国の正式呼称。
かつて旧王国としてあった東部の地域はその中央に大きな湖とその周辺に豊かな土地があり、四方を山と森に囲まれた天然の要害を持つ農作物の実り豊かな地域。峠道を通る南西から北東へ繋ぐ主街道の交易路として栄える。
西や北は山々が、南と東は大森林が湖を囲うようにある。中央へは南西、隣国へは北北東、北東の峠道、または南東の林道が車輪を使って運搬できる交易路として利用されている。
帝国の食糧を支える穀倉地帯でもあり、湖から中央へと流れる川は帝都を支える水源でもあり、下流へ流れる大河として西部の水都発展の歴史であり、西部の穀倉地帯を支える川の水源でもある。
呼称の由来は不明。一説では帝国の騎士団の一つが帝都の東にあるから東部と名付けたという噂がある。
・サンフィールド家
伯爵家。大陸随一の強国である帝国の貴族。その東部の東側、国境付近のサンフィールド地方を拠点に所領している。
本拠地はサンフィールド城。丘を城として作られたこの城は、頂上部を平にして石垣による段差と区切られた本丸。二の丸は南側を中心に東西に本丸を覆うようにある。政務、領主の居住区、倉庫がある。そこから丘の地形を利用した東側と南西側に出曲輪が設けられ、南東は急斜面と大池によって守られている。
二の丸の門は北西にあり、丘の斜面を沿うように南西に下り、折り返した北西から北側の三の丸に繋がる。丘の麓にある三の丸は、常駐兵や政務の官の家々が立ち並び、それらを取り囲む空堀と城壁。三の丸には東西北の門があり、正門は北側。
北の正門を出れば城下町。さらに少し進めば、街道へ繋がる。東西へ進める街道沿いには商いが行われている。
その城下町の構造は用水路によって区分けされ、家が迷路状に立ち並び、城下町を東西に通る街道に城の正門から続く北側、三ノ丸の東西にある田畑による道からしか城下町の出口はない。
なお、城下町の用水路は平時は板橋が設置されて通れるが、戦時は壊すことで水堀として機能する。その深さは大人の身長ほどで、身軽な民なら泳いで渡れるが、鎧を身につけた者には渡れない。
その周辺は集落と川沿いの水路から田園が広がる。南、北、東は大森林とその丘陵に囲まれており、獣や賊の襲撃に備え、大森林近くの集落は柵で囲まれている事が多い。
街道に宿場町が続き、川沿いとその用水路から集落と田畑が広がる。木材と植林の産業が多く、商業は誘致された商店に依存し脆弱。宗教は帝国新教と精霊教、天主神教がある。




