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理不尽は突然やってきた

 「行ってきまーす!」


 「気をつけてねー」というお母さんの言葉を玄関のドアがさえぎっていき、聞こえなくなった。


 私は大佐木小鞠。中学三年生だ。

 お母さんと二人でアパートに暮らしている。

 喧嘩はしょっちゅうだけど、そこは、喧嘩するほどなんとやら、というやつである。


 住宅街を歩いていると、どこかの家から夕飯のにおいがしてくる。

 なんの料理なんだろう?カレーかな?

 こうやって夕方に道を歩きながら、ふんわりと香ってくる匂いで、人の家の夕飯を想像するのはけっこう好きだ。

 歩くのはあんまり好きじゃないけどね。


 ・・・む。ちょっと焦げてるにおいがする。

 三か月くらい前に引っ越してきた果歩さんの家かな?

 果歩さんはフレンドリーな大学生だ。

 「ここの近所に引っ越してきました!」とあいさつに来てくれて、「よければどうぞ!」と引っ越しそばまで持って来てくれた。

 引っ越しそばを持ってくる人は初めてで、新鮮だったな。

 それ以来仲良くなり、彼女と会うと、いつの間にか一時間その場で時間がたっている。

 いやー、ほんと不思議。

 この前、マシュマロ焼いてたら、焦がして火事になりかけたって、にぱーっと笑って言ってたっけ。大丈夫かな。心配になって、少し目を細めた。

 

 すごく嫌な予感がしたので気持ちを切り替え、買い物メモを手に近所のスーパーに向かっていると、鼻にポツリと何かが当たったような気がした。

 

 「雨か…」


 鼻に手を当て、なんとなくつぶやき上を見上げると、いかにも一雨来そうな、どす黒い色の雲が空にまんべんなく広がっている。

 いくら近所とはいえ、最低でも5分はかかるので、本格的に降ったら濡れてしまうだろう。

 「……早く買って帰ろう」

 

 お母さんの、「あんた、今日丸一日外に出てないじゃない。買い物ついでに、気分転換でもしてくれば?」と笑顔で買い物メモを押し付けられたことを思い出した。

 少し早歩きになるといつの間にかスーパーについた。


 手早くスーパーで買い物を済ませ外に出ていくと、さっきの比ではない、バケツをひっくり返したぐらいの雨が降っている。


 「…えぇ~、まだそんなにたってないのに」

 

 こんなことだったら、折り畳み傘を持ってくればよかったな、と後悔してため息をついた。


 少し待ってみたが降りやみそうもなく、名残惜しくも、雨除けとなっていたスーパーの屋根から出て、走り出した。

 さっき買ったものが入っているバッグをかばいながら右手を頭のうえにかざしたが、斜めに降ってきて、気休め程度にしかならない。


 雨のせいで、いつも通っている道も迷ってしまいそうで困る。

 今日に限って、なんで雨が降るんだよぉ・・・。


 びしょぬれになりながら、お母さんに頼まれた買い物をかばう少女・・・。

 なんて健気。泣けてくる。

 まぁ、誰も見てないんだけどね!

 

 自分で自分を軽く自虐しながら、ちょうど青信号になった横断歩道を早歩きで通る。

 

 あまり車が通らないこともあり、油断していたのだろう。


 キィーッ!

 

 私が猛スピードで突っ込んでくる車に気づいたときには、目を見開くことしか出来ず、そのまま何メートルか先に吹っ飛ばされていた。

 誰かの悲鳴が聞こえてくる。


 「おい、女の子が!誰か救急車を!」

 「ひいた車は!?ナンバーを見た人はいないの!」

 「止まらずに逃げていったぞ!」

 

 なんだか全身に力が入らなくて、頭からダラダラと生温かいものが垂れている気がする。

 これは、私の血か。

 理解した瞬間、感覚も感情も、一気に押し寄せてきた。

 怖いし、痛い。全身が悲鳴を上げているようだ。

 青信号を歩いていただけなのに、どうして車にひかれなくちゃいけないの?

 まだ十五歳なんですが。


 もともと雨でぬれていた体が、どんどん冷えていくのがわかる。

 

 「これはひどい・・・」

 だよね。ひどすぎる。

 周りからぼんやりと聞こえてくる声に、心の中で同意する。


 「この子はもう・・・」

 ・・・たぶん、私は助からないんだろう。

 なんとなくわかった。体、動かないし。


 それはそれでいっか。

 短い間だったけど、うん。結構いい人生だった。

 ・・・お母さんには、悪いことしちゃったな。親不孝な娘だって、怒られちゃうね。

 でも、ちょうどよかったかもしれない。

 私が死んだら、お母さんは自由に生きていける。

 生活費も二人分払わなくて済む。

 とは言っても、死にたいわけでもなかったんだけどなぁ。

 もっと友達とも遊びたかった。新しいカフェが出来たから、一緒に行こうって約束したのに、守れなくてごめんね。

 

 心残りはまだある。

 私をひいたやつ。どこに逃げたんだろうか。

 私が死んでも、そいつはのうのうと生きているんだろう。

 いつも通り寝て、いつも通り過ごして・・・。

 そいつに罪悪感はあるのだろうか。あれは事故だ、仕方ない、と開き直ってしまわないだろうか。

 いつかそいつの罪が世の中に明かされる日が来たとしても。その時に私はいない。


 こんなの理不尽じゃない?

 ふと、「理不尽」で、ある言葉を思い出した。


 「世の中の理不尽なことは突然やってくるけど、その分・・・いや、時にはそれ以上の幸運もやってくるよ・・・たぶん」


 いや、たぶんて。

 一応違う場合も、責任を問われないようにつけてるよね。


 誰が言っていたんだっけ?

 ウーム。


 あ、思い出した。この無責任な感じは、たしかおばあちゃんだ。

 

 本当かな、おばあちゃん。もう、今死にそうだけど・・・。こんな時のために、『たぶん』をつけたんだろうか。痛みで頭がもうろうとしているせいか、どうでもいいことを考えてしまう。


 それに、何かを忘れているような・・・?




 あ。



 「・・・卵、買いわすれ、た」



 買った物落としてるし意味ないか、と思いながら私は意識を失った。







 頭が痛い・・・・・・ん?痛くない?

 頭に手を当ててゆっくり起き上がると、どうやら私は、見知らぬ真っ白なところにいるらしい。

 病室・・・なわけないよね。この空間に境目がなさそうだし。

 見渡しても、何も見えない。だんだんと上下感覚すらわからなくなって、クラクラしてくる。


 っていうか、私車にひかれたよね。なんで生きてるの?


 「あ、よかった。目、覚ましましたね。」


不意に視界が、逆向きになった顔でうまった。

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