第6章 — 友だちになれるかな
夜じゅう考えていた。
頭から何かを追い出そうとするのに、勝手に戻ってくる。
今朝、母さんが声をかけたか思い出せない。
どうでもいい。
今、決めなきゃいけない。
信じてみるか?
あの病気は本物かもしれない。
あのドローン…
本当に、それしか外に出る方法がないのかも。
なのに、これをここに置いていった。
僕のところに。
メッセージカードを見つめる。
このままずっと一人でいる?
たぶん、そう。
でも…また誰かがいるのは悪くない。
紙を一枚。
ゆっくりペンで書く。
「やってみたい。」
インクのこと、ニッケルのことを思い出す。
袋に入れる方がいい。
母さんの台所で、何かないか探す。
食品保存用の袋を発見。
まあ、いいだろう。
ベッドでじっと待つ。
本当に来るのか?
なんで待っているんだろう?
しばらくして、羽音が聞こえる。
ドローンが窓ガラスの前で止まり、息をしているみたいだった。
窓を開けて、中に入れてやる。
「こんにちは」と彼女。
「…こんにちは」と僕。
気まずさが部屋いっぱいに広がる。
頭の中の彼女は笑っている。
袋を手に取る。
「これが僕の返事。
インクがだめかもと思って。
タブレットは持ってないから、こうした。」
カードを見せる。
手は顔の前で高く、頭は下を向く。
「…言葉が出ない」
声が少し温かくなる。
「じゃあ…本当に友だちになれるね。」
カードを袋に戻す。
「ドローンと話すって…変だ。
でも、思ったほどじゃない。」
短い笑い声。
「わかる。でもね、意外と通じる。
実際に会えたし。」
息をつく。ずっと緊張してる。何を言ったらいいかもわからない。
「昨日、読んだんだ」
「うん?」
「アレルギーって危険だよね。だからタブレット?」
「それだけじゃない。
ママが最後に紙に印刷してくれるの」
少しだけ部屋を見渡す。
「ほんの些細なことでも危ない時がある。
無理はしない方がいい。」
うなずくだけで、何も訊かない。
「部屋…いろんな物がいっぱい。
母さんは怒らないの?」
「部屋には入ってこない。
というか、気にしてない。
全部自分でやってる」
予想より強く言ってしまう。
「君の家は?
ちょっと見せて?」
ドアの文字を思い出す。
見せたくない。
強すぎる口調で返す。
「今日はやめとく。」
空気が悪くなった。
拳に力が入る。
落ち着け。
話題を変えてくれる。
「あれ、ギター?
弾くの?」
「たまに。
最近はパソコンで曲を書くことが多い。」
ドローンが、じっとこっちを見ているよう。
「曲作るの?
聴かせて?」
想像以上に食いついてくる。
顔が熱い。赤くなったかもしれない。
「えっ…?!
すごく個人的なやつ。
未完成が多いし。
誰かに聴かせるなんて、考えたことない。」
そんなこと、できるのかな。
「わかった。いつか…もし、聴きたくなったら。
それにしても、君ってあんまりしゃべらないね」
くすっと笑う。
やさしい笑い。
…本当にその通りだ。
少しだけ頑張ってみる。
「君は、何が好き?」
深い息。少しだけ勇気がいるみたい。
「旅行。友だちと遊びに行くこと。
——前は、ね。」
間があって、もう一度息を吸う。
「家族がいろんな所へ連れて行ってくれたね。
忘れたくなくて、描くようになった。
時々、壁が近いと感じる。
すごく近い。」
少しかすれる声。
「描く時だけ…息ができる。」
「ずっと部屋にいるの?」
記事のことを考える。
「うん。でも親が色々工夫してくれた。
自由だと思えるように。
来たかったら、見に来て。
いつでも。」
ディスプレイが点滅する。
ピピッ、と音がする。
「今のバッテリー、本当にすぐ終わっちゃう。
パパが調整中。…いやだ、もう帰りたくないのに。」
引き出しを開けて、ケーブルを取り出す。
「昨日、これ置いてったよね」
自分がやったことに驚く。
彼女は小さく笑う。
「ドローンと話すの、怖くなかった?」
「…もし、感じが良ければ。」
笑顔を真似したいけどできない。
彼女の分まで笑ってくれる。
ベッドにそっと着地。
僕がケーブルとコンセントを用意する。
カチッ。全てが元通りになる。
LEDがこっちを見る。
「今朝は早起きしちゃって。
やっぱり太陽っていい。
朝日も夕焼けも、大好き。
肌で感じるの、恋しいな。
ちょっと飛び回りすぎて…バッテリーがね。」
首を横に振る。
「気にしなくていいよ。」
話は続く。
お互い、孤独以上の何かを隠している。
「そろそろ行かなくちゃ。
お医者さん。
でも、本当に君に会えてよかった。」
僕も何か言いたい。
思ったより、話すのは悪くなかった。
袋にカードを入れて、手に持つ。
「下のフックに結んで。
小さい物を運べる。
明日も同じ時間?」
うなずく。
窓を開け、彼女が去る。
ドローンが、どんどん小さくなっていく。
ケーブルは元の場所に戻した。
なぜだろう、すごく大事な物に思える。
全部が新しくて、変な感じ。
頭を落ち着かせたくて、しばらく呼吸する。
ベッドに横になって、テレビをつける。
コンビニ強盗のニュースばかりだ




