失敗作として捨てられた小太り令嬢は雪国の若い領主に溺愛され一線を越えて眩しく輝く
首都で開催されている、婚活パーティを兼ねた【成人祝賀パーティ】にて。
窓際で1人途方に暮れている私は、南方テンザン領出身のアデリー。
今年で18歳になる、辺境の令嬢。
鳥人間の失敗作で、太っています。
なんのこっちゃって、笑ってもいいですよ。
私の出身地テンザン領は砂漠の奥の山岳地帯で、人間が生活するにはとても厳しい環境です。
だから、その環境で生き残るために、伝統的に遺伝子操作による人体改造の技術を発展させてきました。
普通なら生活環境の方を改善しようと考えますよね。
だけど、私達のご先祖様は最初の一歩でズレた方向に行ったんです。
まぁ、改造とは言っても、身体を大きくしたり力を強くしたり耐環境能力を強化したりなど、ヒトの形を保つのが原則でした。
でも、技術が進歩する中で、原則を逸脱した計画が発案されまして。
ヒトに飛行能力を付与する【ハルピュイア計画】です。
断崖絶壁で陸路が分断されたテンザン領。
確かに、空を飛べたらすごく便利なのはわかります。
わかりますが……。無理があることに最初に気付いてほしかったです。
ヒトの重量を飛ばすために必要な動力源として、水から作れる水素の核融合反応に着目。
当時原子力関連技術で最先端を走っていた隣のアラモス領から【常温核融合】の要素技術を購入し、それを生体内に組み込む【生体核融合】の技術の共同研究を行いました。
ヒトに翼を付加する骨格の設計は難航しました。
神話の【ハルピュイア】のように両腕を翼にしてしまうと、ヒトとしての日常生活ができなくなります。
そこで、腕とは別に翼を付けようとしました。
そうは言っても、四足獣がベースのヒトの骨格に、四本足と別に翼を追加するのは無理があります。
普通はわかりますよね。そこで中止しますよね。
でも、【無理を越えるのは技術者の使命】と萌えてしまった人が居まして。
領主でもある私の父なのですが。
骨盤に翼を繋げば強度が確保できると発案。
周囲の反対を押し切って計画を強行。
こうして産まれたのが私です。
【生体核融合】は成功しました。
僅かな水さえあれば、無尽蔵のエネルギーが得られます。
力は強いですし、食べなくても死にませんし、呼吸なしでも活動できます。
その分太りやすい体質になってしまいまして、実際太っています。
翼は、誰がどう見ても明らかなほど失敗しました。
骨盤に繋げて、腰の両脇から翼を生やすことには成功しました。
でも、羽毛の生成に失敗しまして、無毛で褐色のヘラのような形になりました。
当然、飛べません。
腰から生えている翼もどき。
放熱の問題がありスカートの中に隠すことができません。
器用に動かせるのでたまに便利ですが、脚よりも長い何かが腰から生えている異形の女になってしまいました。
その後、私が産まれる直前に【ヘリコプター】が開発されて【ハルピュイア計画】は中止。
同時に、人道的な観点から改造目的の遺伝子操作に関する研究は厳しく規制されるようになりまして。
異形仲間が産まれなかったのは幸いですが、私は領地で【黒歴史】扱いです。
呼吸不要な体質は鉱山の仕事で便利だったのですが、最近になってなぜか【生体核融合】も極秘指定をされてしまったので、私は【失業】してしまいました。
王宮から【成人祝賀パーティ】の招待状が届いた時。
【黒歴史】だから欠席かなと思っていたのですが。
父から嫁ぎ先を探して来いと言われて送り出されました。
【無職】になった【黒歴史】を領地から追い出したいんですかね?
まぁ、相手のいないこの歳の娘を持つ親なら誰でも言うでしょうね。
そう思うことにしました。
………………
…………
……
会場内で盛り上がる立食パーティを窓際から一人観察です。
食べたい物は肉を中心に一通り食べました。
私は【生体核融合】のおかげで糖や脂はいりません。
でも、生体維持にはタンパク質は必要なので肉食中心になります。
食後は翼の発熱が増えるので、腰から生えた翼を窓の外に伸ばして冷却です。
国内各地からパーティに集まった同世代の男女。
貴族や領主の息子や娘達が、出会いを求めて歓談しています。
結婚っていうのは結局、家同士のつながりですからね。
首都近郊の裕福な家の御子息の所に、辺境の令嬢が群がる構図です。
裕福な家の令嬢も辺境に嫁ぐのはイヤなので、結果、首都に近い裕福な家の御子息がモテまくる。
辺境出身の御子息達も、妻候補を確保しようと各個に令嬢達にアプローチしていますが、上手くいっているようには見えません。
【成人祝賀パーティ】で初めて味わう、如何ともしがたい家柄という格差。
大人の世界に足を踏み入れた御子息達を遠目で応援したくなります。
そう。遠目ですよ。
出会いを求めている男達も私の所には誰一人来ません。
私、太ってますからね。
太さが目立たないように工夫はしましたよ。
Aラインドレスに翼用の細工をしたオーダー品を着ています。
細身の令嬢のように、マーメードラインなドレスを着てみたいです。
まぁ、そんなの着てる令嬢はさすがに少数派ですが。
ナイスバディな辺境の令嬢が、ラインの出るドレス姿で上級貴族の御子息にアタックしてましたが、ドン引きされていました。
プロポーションが見事でも、歳が若すぎて色仕掛けができる程色気が出せないんでしょう。
それ以前に、貴族の御子息達はハニートラップのリスクは親から教育受けてますからね。アプローチの仕方が間違っているんです。
だったら、太っている私にもワンチャンスあるかも。
いや、現実逃避ですね。
わかっていますよ。
腰から翼を生やした異形の女に近寄る男は居ません。
ハニートラップ以上に警戒されます。
家柄という次元を超え、種族の格差すら感じますね。
【喪女】を越えた【異形喪女】です。
誰もそう呼んではくれないでしょうから、自称しましょうか。
でも、【デブ】と略されたら嫌なのでやめましょう。
……もう暴れてもいいですかね。
この翼、凶器としては優秀ですよ。
「会場の窓際で何しているんですか?」
背後の窓の外から男性の声がしたので、慌てて翼を上げます。
「……結構自由に動くんですね。その翼」
長身の若い男性が、興味深そうに窓の外から私の翼を見ています。
男性に声をかけてもらえたので、会場で暴れるのはやめましょう。
気になることはありますが、それよりも注意点が先ですね。
「今は触らないでくださいね。火傷をしてしまいます」
食後の放熱中は翼の先端が80℃ぐらいになるので、人が触ると危ないのです。
「発熱する翼ですか。これはなかなか素晴らしいものをお持ちですね」
素晴らしいんですか? むしろ危ないんですけど。
「これを初見で【翼】と呼ぶ人は珍しいですね。ヘラとか触手とか呼ばれることが多いのですが」
「えぇ、これは立派な【水中翼】ですよ。私の地元にはこういう翼で水中を飛ぶ鳥類が居ましてね。【ペンギン】というんですが」
私は砂漠の山岳地帯出身なので、泳いだことはありません。
水中翼という発想はありませんでした。
「興味深いですね。その【ペンギン】という鳥を見てみたいです」
男が口元に微笑を浮かべました。
柔らかいけど、どこか計算された表情に見えます。
「初めまして。遅れてしまって申し訳ない。私はスオルダフ。チャガン領の領主を務めています」
……チャガン領。豪雪地帯の平野部。最近跡を継いだ若い領主がいると聞いたことはありますが、顔を見るのは初めてです。
「アデリーです。南方テンザン領の、【黒歴史】です」
「ええ、存じています。首都でも噂は聞いていました。今日は貴女を探しに来たのです」
「私を? 何故ですか?」
「貴女を婚約者として我が領に迎えたい。よろしければ、これから私と共にチャガン領に来ていただきたい」
婚約者として? 正気でしょうか。
でも、これは私にとっては【渡りに船】です。
このパーティで相手を見つけられなかった場合は、領地に帰らずに国内の辺境を巡って相手を探せと父から厳命されていました。
そして、この首都の滞在ビザもなぜか私だけ3日分しか発給されませんでした。
どんな形であれ、太っている私を受け入れてくれる先があるなら行くしかありません。
「わかりました。一緒にチャガン領に同行させて頂きます」
「では、会場を裏口からこっそり出てください。東門で合流しましょう」
「えっ? 正面から出ないんですか? 退出手続きが必要かと」
「手続きをして2人で退出すると【マッチング料】を取られるので、こっそり出ます」
「…………」
この人について行って大丈夫でしょうか?
まぁ、行くしかないですけどね……。
◆
【成人記念パーティ】から10日後。
私はチャガン領内最大の都市の中心部で溺れています。
太った身体に腰から翼を生やした【異形喪女】ですが、雪国チャガン領の領主スオルダフさんに婚約者として迎え入れられました。
今、まさに溺愛状態です。
【成人記念パーティ】から抜け出した後。
首都からチャガン領に向かう列車内で、何か望むことは無いかとスオルダフさんに聞かれました。
私としては衣食住があればいいのですが、何となく贅沢を言ってみたくなったので、痩せてマーメードラインのドレスを着てみたいと言ってみました。
スオルダフさんは私の体質についても知っていたようで、太っている私が痩せる方法を用意すると言ってくれました。
痩せるにはとにかくカロリーを消費すればいいということで、伝熱繊維製ウエットスーツと、水深の深いプールを用意してくれました。
スオルダフさんは、私の翼を【水中翼】だと言ってくれました。
飛ぶことはできなくても、泳ぐことならできるはずと。
でも、私は泳げませんでした。
プールの中で溺れています。
水に溺れて溺愛状態です。
確かに、私の翼は水をかくのは得意でした。
放熱の問題も無いので、水中で強力な推進力を得られます。
だけど、人間の身体は流線形ではありません。
水中で前進加速すると上半身に強い水中抵抗を受けます。
翼は骨盤から生えているので、抵抗が腰に集中して耐えられません。
腰を守るため、水中で試行錯誤しました。
前進は無理なので後進です。足をたたんで姿勢を安定させます。
最終的に、土下座エクセサイズ姿勢でお尻を前に進む形になりました。
人に見せられないこの姿勢。
船より速いですが、泳いでいるとは言えません。
これはもう、泳ぎじゃなくて溺れです。水に溺れる溺愛です。
カロリーを消費するために、私が溺れているプールの上からどんどん雪が投入されます。
上から沈んでくる雪の中にお尻から突っ込んで全身の発熱で融かしていきます。
熱エネルギーの大半は【生体核融合】で作られますが、一部では脂肪も使われるそうなので、こうやってプールで溺れながら雪を融かしていればいつかは痩せるとのことです。
痩せるためにがんばります。
雪の塊の内側から翼でかき回してどんどん融かします。
雪を融かした水は水槽の下から抜けていくようです。
融かしても融かしても、雪はダンプカーで休みなくプールに投入されてきます。
さすがは豪雪地帯で有名なチャガン領です。
……気付いてはいるんです。
これは街の除雪作業で集めた雪ですよね。
ここはプールじゃなくて大型の融雪槽ですよね。
私は融雪用の熱源なんですよね。
でも、いいんです。
チャガン領のような雪国では、雪の処分コストが財政を圧迫していることも一般常識として知ってます。
雪1tを融かすには10kgぐらいの燃料油が必要です。
融かさずに雪捨て場に運ぶにしても、郊外の雪捨て場まで雪を運ぶにはダンプカーの燃料が必要です。
山間部に雪捨て場を作るなら、重いダンプカーの頻繁な往来に耐えられる頑丈な舗装道路を山間部に維持し続ける必要があります。
雪国で街を維持するのは大変な事なんです。
燃料油高騰は続いてますし、国も財政難で補助金を渋っているので、領主のスオルダフさんの悩みはよくわかります。
スオルダフさんは私を可愛いと言ってくれました。
それだけで十分なんです。
チャガン領は一夫多妻が認められています。
異形の私を正妻にはしないでしょう。
でも、衣食住があれば妾でもいいです。
【生体核融合】を持っている人間は私しかいません。
私にしかできないことでお役に立てるなら、異形でも幸せなんです。
……そういえば、なんで私しかいないんでしょうね。
異形仲間が欲しいわけではありませんが、熱源として考えれば需要ありそうなものですが。
【常温核融合】や【生体核融合】関連技術は研究が禁止されて、研究資料は全部【焚書】されました。
アラモス領にあった研究施設は解体されて、今は湖になっていると聞いています。
よく考えたら、研究結果の【焚書】というのもおかしい話です。
遺伝子操作による生物改造も研究は禁止されましたが、【焚書】まではされていません。
王宮図書館の禁書庫に、私の骨格の設計資料が残っています。
どちらかというと、そっちを【焚書】して欲しいのですが。
そもそも、設計図通りの骨格で完成した私が、飛ぶことも泳ぐこともできないのも不思議な話です。
たぶん、研究活動において一番大事な【人選】を間違えたんでしょうね。
まぁ、今となってはどうでもいい話です。
プールへの雪の投入が止まりました。
今ある分を融かしきったら休憩でしょうか。
もうひと頑張りです。
休憩時間にはスオルダフさんが来てくれます。
痩せる目標達成のために励ましてくれます。
タンパク質主体のカロリー計算したおやつをくれます。
スオルダフさんの壮大な夢を話を聞くのも楽しいです。
【ペンギン】や【アザラシ】や【セイウチ】などの寒冷地の海洋生物を集めた【水族館】を領内に作るのが夢だそうです。
どんな生き物か図鑑を見せてもらいました。
確かに私の翼は【ペンギン】によく似ています。
可愛い海洋生物を集めて、国内の観光スポットにして、観光産業で領地を盛り上げたいと熱く語ってくれました。
融雪の燃料代節約という形で私が役に立てるなら、それもいいかなと思います。
残った雪は融かし終えました。
次の仕事に備えて、プールの水温を上げていたら足音が聞こえました。
スオルダフさんです。
「……………」
『アデリー。休憩時間だ。新作の間食を用意したから一緒に食べよう』
水中スピーカーで休憩の合図を頂きましたが、水中は音がよく通ります。
プールサイドでの従者との会話。
聞こえましたよ。
【脂質大増量スイーツ】って何ですか?
【デブ専】ってどういうことですか?
私をさらに太らせるつもりですか?
私に言ってくれた【可愛い】は、アザラシと同列の【可愛い】ですか?
もっと太った私にマーメードラインのドレスを着せて、ペンギンやアザラシやセイウチと一緒に水族館に展示する気ですか?
そんな扱いをされるぐらいなら……。
私、【核爆発】してしまいますよ。
●オマケ解説●
女を都合よく利用するのはいいんです。
そこでお互いの利害が一致したなら、それが結婚に繋がることもあるんです。
だけど、そこに【嘘】や【騙し】の要素が入ると一気に破綻します。
関係が破綻しないように騙しを続ける技術というのもありますが、未婚の若造共にできるような容易なものではありません。
まっとうに生きたいなら、人間正直が一番です。
女性を騙すのに失敗した末路は悲惨です。
女を騙してはいけません。
女を怒らせてはいけません。
紳士諸君。これはとっても大事な事ですよ。
ひどい。ひどい。