◆潜入開始◆
「……っ」
冷たい布が頬に触れ、イーシアは瞼を開いた。
痛み。全身が軋み、骨が粉々に砕けそうなほど。
けれど、温もりがあった。焚き火の赤。薬草の匂い。
「起きたかい」
声の主は熊のような女囚――ブリトニー。
黒髪を後ろでまとめ、褐色の肌に幾筋もの傷跡。
彼女の太い腕が意外なほど優しく、包帯を巻いていた。
「……ここは?」
「労働場の裏。看守どもの目が届かない抜け穴みたいなとこさ」
イーシアはかすれた声で呟いた。
「どうして、私を……」
ブリトニーは鼻を鳴らした。
「女が囚人に嬲られるのを黙って見てられるかよ。……それに、お前は弱ってんのに目が死んでない。そういう奴は嫌いじゃない」
ぶっきらぼうだが、温もりのある声。
イーシアは唇を噛んだ。
「……ありがとうございます」
「礼はいらねぇ。アタシは自分のためにやってるだけさ。仲間が増えりゃ反乱もやりやすいしな」
「反乱……?」
「そうだ。理不尽に捕まった連中は大勢いる。魔女だの異端者だの、冤罪だらけだ。アタシたちは奴らに復讐する。看守も、ボルドー派もまとめてぶっ飛ばして、ここから出る」
「ボルドー派……」
「囚人のボスみてぇな奴さ。看守長に賄賂を渡して好き勝手やってやがる。あいつらに従うか、抵抗して潰されるか――それが今の監獄島だ」
イーシアは俯いた。
自分は役立たず。囚われの身。首には魔力封じの枷。
それでも――胸の奥で、小さな炎が燻る。
「……協力させてください」
ブリトニーは笑った。
「よし。お前は細腕だけど、芯は強そうだ。早く傷を癒せ。……その目を曇らせんなよ」
イーシアは頷いた。
京太の顔が、ほんの一瞬脳裏をよぎった。
でも――ここには来ない。来られるはずがない。
……そう、思っていた。
◇
さてその頃、俺たちは監獄島に“華麗に”潜入していた。
――いや、実際は泥臭く、血生臭く、バッタバタと。
「おい、貴様ら誰だ!どこから入った!?」
飛び出してきた看守五人。
次の瞬間には、地面に沈んでいた。
「鎖で拘束完了ですぞ」フラジオ。
「足技で昏倒だ」ビリー。
「俺のパンチも効いた!」ハリー。
「最後は俺の頭突きだ!」マーブ。
……いや、全員でボコっただけだろ。
どいつもこいつも「俺が主役」みたいな顔すんな。
俺は汗を拭いながら呟いた。
「この島、セキュリティ甘くね? 潜入の難易度☆2くらいだぞ」
ビリーが肩をすくめる。
「当然だろ。ここは“出たい奴”ばっかで、“入りたい奴”なんざいねぇんだからよ」
……なるほど、納得だ。
倒した看守から制服を剥ぎ取り、それぞれ着込む。
フラジオ――完全に馴染んでる。ベテラン看守にしか見えねぇ。
ビリー――妙に似合う。なんなら出戻り感すらある。
ハリー&マーブ――双子看守って言われても信じる。
で、俺。
完全に文化祭のコスプレ。
違和感しかない。
そしてアヴリル。
胸がボタンを弾き飛ばし、危うく俺の目玉を直撃するところだった。
「あら、ちょっとキツいわね♡」じゃねぇんだよ!
結局アヴリルとミシェルは「目立つ」という理由で後方待機。
子供と爆乳は潜入に不向き……理屈はわかるけど、釈然としねぇ。
進んだ先、看守塔の入口。
屈強な看守がこちらを睨んだ。
「待て。貴様ら見ない顔だな」
――アウトだ。
完全にアウト。
完璧にバレました。
その時、フラジオが一歩前へ。
「新人五名、本日から配属となりました!」
堂々たる名乗り。
いや、この渋オッサンが新人!?
普通に考えてあり得ねぇだろ!!
一瞬の沈黙。
冷や汗が背中をつたう。
だが看守は「そうか」と頷いた。
「丁度いい。仕来りを叩き込んでやる」
(通った!? 嘘だろ!?)
案内された部屋。
そこにいたのは筋骨隆々の看守長ランバート。
鋭い目で俺たちを舐め回すように見る。
そしてその隣。
囚人服のまま堂々と座る巨漢――ボルドー。
太い腕は丸太、顔は岩、目は狂犬。
(なんで囚人が看守長と酒飲んでんだよ)
思わず心の声が漏れそうになった。
ランバートは言った。
「ここで通用するのは“力”と“金”だけだ。規律も正義もクソくらえ」
ボルドーが笑う。
「俺が金を渡し労働者をまとめる。看守は俺を見逃す。……持ちつ持たれつだ」
二人のグラスがぶつかり、酒が飛び散る。
腐敗、馴れ合い、暴力の温床。
これが監獄島の現実。
俺は拳を握りしめた。
(こんな連中の元にイーシアがいるのか、ふざけんなよ。……イーシア、無事なんだろうな……)
部屋を出た俺たちは、ぎこちなく歩いた。
これから「新人研修」とやらが始まるらしい。
フラジオが小声で話す。
「情報は手に入りましたな。敵は看守長ランバートとボルドー。あとロビショーという異端審問官もいるようですぞ」
「い、いたんもんかんしん……」
俺は胃が痛かった。
「なぁ……これ、俺たちほんとに新人研修受けてる場合か?」
「まぁまぁ。こういう茶番も潜入のうちだろ」
ビリーが肩を叩く。
その時、後ろから声が飛んだ。
「おい、新人!」
振り返ると一人の看守が俺を指差していた。
「裾、裏返ってるぞ。だらしねぇな」
服装チェックかよ!
ビックリさせんなよ!
心臓が止まるかと思った。
仲間たちは肩を震わせて笑ってやがる。
俺は顔を真っ赤にして裾を直した。
今のところ潜入には成功している。
でも、ここからが本番。
仲間を救い、この島をぶっ壊す。
そのための第一歩。
「新人研修」なんてクソ茶番から始めるしかなかった。
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