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第六章 灰の季節・弐
翌朝、黒髪黒眼の青年が工房に現れた。名はアジェル・ヴェイル。胸ポケットに細い調律針、腕に薄いメモ板。評価者だという。
「『遊び』が実務に要る理由は?」と開口一番。
「面白いは軽さじゃない。集中を長持ちさせる遊び方は、誤配の速さを切ります」
「今の詰まりは?」アジェルは右耳に手を当て、唸りを聴く癖を隠さない。
「紙の音が多い。工程二を四へ。まず一回、三分で確かめたい」
雪巴はいつもの手順で動いた。三分会議→矢印で並べ替え→一手戻しを赤字で用意。小さなデモののち、計測を出す。「中断 12→8、再作業 18%→14%、提出前相談 1→3」。アジェルは短く息を吐く。「……ノイズが薄い。仕様にも反しない。仕方ねーな、続けろ。ただし数字で語れ。失敗したら円は中止」
「円は停止じゃない。短い計測です」と雪巴は返す。島から毎夏通い、門前で笑われた日々を思い出す。理解されないなら、見せればいい。三分で戻り、三指標で話す。休憩の廊下、アジェルはぼそりと付け足した。「君、目つきが猛獣だと言われただろ。……獲物じゃなく“的”を見てるなら、悪くない」