暴走する魔法と王子の微笑み
全員が集まると講義が始まった.
初老の先生が,魔術の基礎を教える.
声が心地よく寝入ってしまいそうだ.
講義に区切りがつくと空気が変わった。実践だ。
数人の生徒が選ばれ、全員の前で魔法を披露するという。
「これより初等魔導の基礎的な素質を拝見いたします。」
―――ついにこのときが!魔法暴走イベント!
王子に守られるため,なんとしてでもシナリオ通りに進めないと.
カモミラに魔術の才能はない.
魔法を扱えず,焦ったカモミラは魔法に願う.
"お願い、何か起こって……"と,直後魔法は暴走する.
先生はほかの生徒に危害が及ばないようにと動く間,カモミラ自身にも危険が及ぶ.
そこに颯爽と助けに入る王子というシナリオだ.
「それではまず、ごく初歩の水属性魔法から始めましょうか。ひとつ披露してみてくださいませ。」
貴族のなかから選ばれた,オリーブ色の髪の少女は手を広げた.
なんてことないように,手の中に水を発生させ,躍らせた.
ほか数名の生徒もなんなく成功させた.
「では、魔術の特待生として選ばれたカモミラさん参りましょう。
まずは、炎の魔法を自由に披露してみましょう」
すぐにその場の空気が変わる。
特待生が指名された瞬間、周囲の視線が一斉に集まり、その重圧に押しつぶされそうだった.
―――この視線は……つらい。
よくこんなのに耐えてたね、ゲームのカモミラ……
どんなに努力しても、カモミラに魔術の才能はない.
それなのにずっとこの視線に耐えていたんだなあと.
周囲の生徒たちが、興味津々にこちらを見守る中で、カモミラは足元を見つめ、手を少し広げる.
魔法を試みる.
小さく深呼吸し、手を広げる。
魔法の構えをとる。
念じた。願った。
だが――何も起こらない。
「ふむ...どうやら、現時点ではまだ本来の力を十全に発揮できる段階には至っていないようですね。」
教師の淡々とした言葉に、あちこちから小さく笑う声が漏れる。
その視線が、じわじわと心に刺さっていく。
嘲笑のような視線。
―――いや、ここからが本番。暴走させなきゃ。
王子が助けてくれるシナリオ、ここで起こらなきゃ困る!
"お願い、何か起こって……"
そう願うが,変わらず魔法は発動しない.
「本日は試験ではございませんから、どうか気を張らずに。
成長とは、急いて成るものではありません。
ご自身の歩調で、ゆっくりと歩みを進めてまいりましょう。」
先生が気を遣って終わらせようとしているのがわかった.
焦る。
心の奥で、何かがひりつく。
―――こんなはずじゃない。
私は“カモミラ”だ.
お願いだから,なにか反応して.
怒りが、苛立ちが、心を飲み込む。
―――いい加減にして!
なんとかしなさいよ、わたしに従いなさい!
心の中で叫んだ。
その瞬間だった。
世界がぐらりと歪んだような感覚。
魔法が、動き始めた。
青い炎。
赤ではない。ゲームと違う、もっと冷たい光。
それは静かに、しかし着実に大きくなっていき――やがて、制御不能な暴走へと変わる。
「これは予想外だ」
生徒たちの悲鳴が聞こえる。教師が動き、魔除けの結界を展開するのが見えた。
―――え? こんなに大きかったっけ?
それに,青い,炎?
魔法の暴走。青い炎はどんどん大きく、恐ろしくその姿を誇示する.
―――カモミラの炎は,もっと小さかった.
自分でも制御できないほどの魔法の暴走に巻き込まれ,頭が回らない.
力を持って行かれるような感覚,このままだと空っぽになってしまうという感覚に,抗えないまま炎は広がる.
目を見開くことしかできなかった。
「助けて」
誰にともなく漏れた声。
いや、違う。彼しかいない。
助けてくれるはずだ.シナリオ通りなら。
「初級魔法も扱えないのか」
生徒のざわめきのなかで,彼の声ははっきり聞こえる.
ジグルド様がいた。
ジグルド様が手を振ると魔法を打ち消し、炎を一瞬で消し去った。
その姿に、生徒たちがどよめく。
王子は口角を挙げ、カモミラに軽く視線を向ける。
「平民の見世物だと思っていたが……フン。少しは目を引いたな。」
王子の介入で,ひとまずは落ち着いた.
生徒たちは先の魔法が気になるようで,「あの特待生なにものだ」
「いやはや……ここまでの才覚とは、まこと驚嘆に値いたします。
そしてジグルド王子、誠に助かりました。深く感謝申し上げます。」
教師の声が少しだけ震えていた。
カモミラは立ち尽くす。
燃え尽きたような虚無感。
でもその奥に、強烈な違和感があった。
―――これはシナリオ通り?王子は助けてくれた。でも、あの炎は青かった。あんなに強かった?
わたしはなにを暴走させたのだろう.