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第9話 マルヴィナ先生はお見通し!?

 翌朝、鏡に映った姿を見て、自然とため息がこぼれた。そこには泣きはらした顔が映し出される。髪は結んだまま寝たからか、ぐしゃぐしゃに絡まっていた。

 キースみたいなさらさらの髪なら、こんなことにならなかったのかもしれない。


 鏡の中で指に絡まる赤毛を見ながら思い出したのは、風に揺れる綺麗な金髪。

 ふと鏡に映る窓枠が目につき、昨夜のことを鮮明に思い出した。


 キースってば本当に無茶苦茶だわ。まあ、それは今に始まったことじゃないし、朝、目が覚めたらいなかったのも、彼らしいといえばそうなる。


 きっと、あの窓から出ていったんだろうな。

 泣き疲れて寝ちゃうとか、私のこと子どもっぽいって思われたかな。実際、キースから見たら私は子どもだろうけど。


 ブラシをドレッサーに置いて立ち上がる。振り返った先には、さっきまで寝ていたベッドがあった。

 何も覚えてないけど、目が覚めたらベッドの上だったってことは、キースに運ばれたってことよね。また、お姫様抱っこされたのかな。


 気恥ずかしさで、頬が熱くなっていく。

 ダメだ。今日は何を見ても、昨夜のことに繋げちゃう気がする。休もう。


 深呼吸をして、冷静を装って食堂に下りると、すでに朝食を終えたロン師が食後のお茶を飲んでいるところだった。


「ミシェルちゃん、少し顔が赤いけど大丈夫?」

「あの……少し調子が悪くて。今日は休もうかと」

「遅くまで起きておるからそうなるのだ。体調の管理、時間の管理、そういったことを怠らずにだな」

「はいはい。もう、おじいさまは心配性なんだから!」

「しかしだな。夜遅くに──」

「はいはい! そろそろ出勤の準備をしないと遅れますよ!」


 説教を始めそうになるロン師の言葉を遮ったマルヴィナ先生は、テーブルの上に置かれたカップを下げながら急かした。

 ロン師はため息をこぼすと、渋々といった様子で立ち上がる。

 食堂のドアが静かに閉ざされるまで、その後ろ姿を見送ったマルヴィナ先生は、私を振り替えってにっこり微笑んだ。


「辛いことがあったら、いつでも相談するのよ。私は学校の先生である前に、ミシェルちゃんのお姉さん、だからね」

「先生……ありがとうございます」

「それと。今度はちゃんと玄関から入ってらっしゃい、て彼に伝えておいてね。窓から落ちたら大怪我しちゃうわよ」


 ふふふっと笑うマルヴィナ先生の言った意味が、一瞬、分からなかった。まばたきを繰り返して考え、思い至ったのはキースのこと。

 えっ、もしかしてキースが来てたことに気付いていたの?

 もしかして、ロン師も知っているのだろうか。


 食堂のドアを振り返った私は、言い訳一つ思い浮かばないくらいには、混乱と羞恥心に気持ちがどうにかなりそうだった。



 グレンウェルド国立魔術学院への入学資格は秀でた魔力と資質を持った者であるとされている。国の挙げての育成機関の為、庶民でも試験に合格すれば入学が可能だ。

 しかし実情は、日銭を必要とする庶民も少なくない。そのため、子どもを学園に通わせる多くは貴族や商会などで、裕福な家庭の子が八割を占めている。

 そこで、交流を名目としつつ、社交界に出る練習も兼ねた舞踏会が学院で年に数回開催されていた。


 舞踏会の開催が一ヶ月後に迫っていた。

 それを考えると、大好きな紅茶とクッキー前にしても、気が重くなるばかりだ。

 今日何度目か分からないため息が、私の口をついて出た。


「どうしよぉ、出たくないよぉ」

「そんなに嫌なら、出なきゃいいんじゃね?」

「そうよ、去年も出なかったんでしょ? ね、丁度いい依頼見つけたし、一緒に行きましょうよ」

「でも、またネヴィンにバカにされるよぉ」


 クッションを抱えてうだうだとしていると、横で紅茶を飲むキースは「ネヴィン?」と首を傾げ、クッキーをつまんだアニーが「誰それ?」と私に尋ねた。


「ネヴィン・アスティン……同郷なんだけど、何かとすぐ突っかかってくるの」

「ふーん、ミシェルが嫌がるって、よっぽど嫌な奴なのね」

「あー、この前言ってた、お前のことバカにしたヤツか」


 今日一番の深いため息をつくと、間延びした声でキースが大変だなと呟く。

 

 社交界なんてなくても良いじゃない。ドレスだって苦しいだけだし。できることなら不参加で通したいのが本音だ。

 でも、そういうわけにもいかない。

 嗚呼、百歩譲って、ネヴィンがいないならまだ頑張れたんだけど。


 何度目か分からないため息が出そうになった時、ゴホンッとわざとらしい咳払いが響いた。私たちがそろってそちらを見ると、少し離れたところにある机に向かっているマーヴィンがムスッとして、こっちを見ていた。


「あなた達、ここはティールームじゃないんですけどね?」

「固いこと言うなよ」

「そうよ。お茶もお菓子も持参してるでしょ」


 反論するキースとアニーにため息をつき、マーヴィンはペンを置くと席を立った。


「それなら、私にもお茶の一杯を注いでほしいものですね」

「休憩したいなら、素直にそう言いなさいよ」

「あなた達が騒がしくて、仕事にならないだけです」

「あら、それはごめんなさいね。休日までお仕事なんて、司祭様はお忙しいのねぇ」


 全く悪びれた様子のないアニーは食べかけのクッキーを口に放り込むと、ティーポットを手に取った。

 ため息をつきながらアニーの横に腰を下ろしたマーヴィンは、ところでと言って私を見た。


「その舞踏会とやらは、出ないと問題なんですか?」

「問題なら、去年も出てるだろ?」

「あなたには聞いていませんよ、キース」

「へいへい」


 ぎろりと睨まれても気にしないキースは、クッキーに手を伸ばした。そうして、私をちらりと見る。次いでアニーもこちらに顔を向けた。


 三人の疑問に唸った私は「義務じゃないよ」と話し始めた。


「舞踏会の参加は全学年に資格があって、学院内の社交場みたいなものなの。浮ついた目的の人もいるけど、ほとんどが人脈作りだったり、情報収集のための場所に使ってるの」

「ふーん、社交界の練習みたいなもんなのか」

「貴族様って大変ねぇ。ドレスなんて着たら、美味しいものも食べられないでしょ?」

「アニー、そういったことでは悩んでないと思いますよ」

「大変なことに変わりはないじゃない」


 アニーの物言いにやれやれとため息をついたマーヴィンは、どうしたものですかねと呟いた。


 ティーカップをソーサーに戻したマーヴィンは、ううんと小さく唸った。


「司祭もそれなりの地位に上がれば、そういった華やかな場所に招待される者もいますが……あいにく私は出自が庶民なので、華やかな世界には不馴れでして。良い策が浮かびませんね」

「へぇ、司祭も大変ね。んー、やっぱり逃げちゃうのが一番じゃない?」

「舞踏会が一度きりであれば、それも手でしょう。しかし、最善とは思えませんね」


 そうなのよ。

 問題は、この先にも舞踏会は開かれるってこと。毎回逃げていたら、きっとネヴィンは、それも不快に思って突っかかってくるだろう。

 

「卒業してから本国に帰る学生も少なくないの。だから、今のうちに舞踏会で人脈を作るのが必要だっていうのも分かるんだけど……」

「家の駒に使われる年ではあるよな。まぁ、()()()()は目を瞑ってくれてそうだけど?」

「……うん、お父様は無理をしなくていいって言ってるけど」


 小さく息をついて、少し冷めてしまった紅茶で喉を潤した。その華やかな薫りにほっとして、ふと気付く。

 

 何だか、キースの物言いに引っ掛かりを感じる。

 いくら私より年上だって言っても、妙に詳しすぎるような気がして引っ掛かった。


 舞踏会に対する反応って、貴族でなければアニーのように煙たがるか、憧れを抱くのが自然だと思うんだよね。縁遠い場所だと、想像することしか出来ないわけだし。

 でも、キースの反応は実情を知っているような物言いに聞こえる

 

 ねぇ、とキースに声をかけようとした時だ。マーヴィンが「つまり」と言ったことで意識がそがれた。


「マザー家の令嬢としては、舞踏会に出ないこと自体が損失にもなるのですね」

「うん、まぁ、そんな感じ。そのマザー家の令嬢としてってところに噛みついてくるのが、ネヴィン……彼がいないなら、まだ頑張れるんだけど」

「ふーん、貴族様は大変ねぇ。やっぱり、そんな窮屈なとこからは逃げちゃいましょうよ!」

「アニー、それが出来たら悩んだりしないでしょう」


 堂々巡りの会話に、マーヴィンがやれやれとため息をつく。

次回、本日15時頃の更新となります


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