第7話 刺さるようなダークブルーの眼差し
心の中で悲鳴を上げながら、キースのことを思い出す。どこをどうしたら、そんな噂が立つのよ。
模擬戦の日は私をお姫様抱っこしたらしいけど、いつもなら、麦袋か水樽を運ぶように担いで運ばれるんだから。女の子扱いなんてされたことはない。
確かに、キースは綺麗よ。
さらさらの髪は、私のふわふわの赤毛と違って、金糸のように細く真っすぐで、日差しを浴びるとキラキラと輝くし。緑の瞳は、母の形見の指輪に嵌められたエメラルドのようだし。いつも笑顔は温かくて……って、違うから。キースは仲間だから。
「キースは仲間! それ以上でも以下でもないんだから!」
「そうなの? 隠さなくてもいいのよ。私、ハーフエルフに対して偏見はないつもりだし、応援──」
「ぜーったい、ない!」
きっぱりと言い返した時、ほんの少しだけ胸が痛んだ。
アリシアから視線を逸らし、赤いローブの胸元を握りしめる。
別に、キースを嫌いとかって訳じゃないけど……私と噂になってるなんて知ったら、きっと、迷惑だもの。ちゃんと、否定しておかないと。
しんと静まり返り、なんだか居心地が悪くなった。その時だった。
「それは良かった」
突然会話に入ってきたのは、黙々と片付けをしていた青年だった。
嫌な緊張感が走り、一緒に作業をしていた女の子たちが顔を見合わせている。
切れ長のダークブルーの瞳が私を見た。その冷たさにぞくりとして、堪らずに一歩後ずさると、アリシアが私の前に立った。
「どういう意味よ、ネヴィン?」
「マザー家のご令嬢ともあろうお方が、素性も怪しいハーフエルフなど相手にしているのかと思うと、国の未来はないなと思ってね」
涼やかな声がすらすらと答える。そのせいか、室温が数度下がったようにすら感じた。
ひやりとしたものが背筋に落ちたのは、私だけじゃないみたい。皆、顔を強張らせて動きを止めている。
ちょっと待って。もしかして、私はバカにされたの?
突然の言葉を理解できず、黙ったまま返す言葉を探していると、ネヴィンは鼻ではんっと笑った。その顔は涼やかなままだ。
「僕の作業は終わったから、先に失礼するよ」
「待ちなさい、ネヴィン!」
さっさと部屋を出ようとするネヴィンに向かって、アリシアが声を上げる。だけど、彼は振り返らずに出ていってしまった。
扉の閉ざされる音が必要以上に大きく響いた。
張りつめた部屋の空気は、誰かが深いため息を零して「困ったやつだな」と呟いたおかげで、ゆるんでくれた。次々に、何よアイツと声が上がる。
「ミシェル、気にすることないよ」
「ネヴィンはちょっと、頭が固いだけだから、ね」
「そ、そうだよ。最近はハーフエルフに偏見持ってない人も増えてるし!」
皆の励ましに、そうかと気付く。
バカにされたのは私だけじゃないんだ。キースのことも、ネヴィンはバカにしていた。それに、マザー家のことだって。
刺さるようなダークブルーの瞳を思い出し、背筋が震えた。
「ミシェル……さぁ、作業を終わらせて帰りましょう!」
明るい声でそう言ったアリシアは、私の前にある紙束を取ると手を動かし始めた。
頷いて手を伸ばした指先が、小刻みに震えていた。
◇
帰り道、アリシアと別れて一人になると、自然とネヴィンのことを思い出した。彼──ネヴィン・アスティンとは同郷になる。アスティン伯爵家の三男だ。
私の祖国ブルーアイが所属するのは連合国家ジェラルディンだ。古くは多くいた竜騎士の数は減少している。その中で、マザー家は竜騎士団を抱える侯爵家だ。
そのおかげもあって、多くの諸侯と良好な関係を築いている。お父様は厳格な人だけど、むやみに敵を作るような人ではないし、アスティン家とも良好だったはずだ。
ネヴィンの冷ややかな瞳を思い出し、再び背筋が震えた。
目抜き通りに足を踏み入れ、ため息をつく。
いつもなら雑踏や音楽に好奇心がくすぐられ、漂ってくる美味しい香りにお腹が鳴るというのに、今日は何一つ心を動かしてはくれない。そんな中、人混みに見知った人影を見つけた。
足が止まり、夕暮れに染まった石畳の先、一点を見つめた。
「……キース」
無意識に名を呟くと、彼が振り返った。そうして、彼と一緒にいた仲間達も次々に振り返る。
こんな偶然、あるのかな。
じわじわと目の奥が熱くなった。
「よ、ミシェルじゃないか。真面目に勉強してきたか?」
「おや、丁度良いところに。これから皆で食事に行こうかと話を……ミシェルちゃん?」
「やだ、どうしたの、ミシェル。泣いてるの?」
「キース、また何かしたのか?」
「聞き捨てなりませんね。キース、説明なさい!」
「お、俺? 何もしてねぇ……よな? おい、ミシェル」
困った顔をするキースを問い詰める司祭のマーヴィンに、横で心配そうな顔をする探索者のアニーと大柄な剣士ラルフ。顔馴染みの仲間がそろっていたことに、胸がいっぱいになる。
視界がぼやけ、頬を涙が伝っていく。それを手の甲でいくら拭っても止まらなくて、鼻を啜ると、キースがマーヴィンの手を払って歩み寄ってきた。
「よし、肉食いに行くぞ!」
不意に、ぐいっと力いっぱい手を引かれる。前のめりになり、そのままキースの胸に飛び込んだ。
「キース! またそうやって乱暴に手を引くものじゃないですよ!」
「肉なら竜のしっぽ亭だな」
「そうね、この時間ならまだ混んでないんじゃない?」
マーヴィンの怒る声を気にもせず、アニーはその背を押した。横のラルフも表情一つ変えずに歩きだす。
「アニー、私はキースに話が!」
「はいはい、心配してもどうしようもないことってあるのよ、マーヴィン」
「ほら、さっさと行くぞ」
三人がわちゃわちゃと騒ぎながら行く後ろ姿を見て、キースは少し頬をかく。視線が合うと「行くか」と言って、私の手を握ったまま足を踏み出した。
さっきみたいに強引じゃない。私の歩調に合わせるようにゆっくりと歩を進める。
大きな手に包まれた指先が、じんわりと温まってきた。不思議なことに、胸の奥までほんわかと温かくなっていく。
「元気ない時は、肉だ。それでも足りないなら、また、ケーキ食いに行こうぜ」
「……うん。キースの奢りね」
「おうっ!……え、また俺の奢りなの?」
「ふふっ、冗談よ。今度は私の番!」
擦った瞼が、もしかしたら少し赤くなっているかもしれない。
何だか恥ずかしくなってキースの手を放すと、前を歩く三人に走り寄った。マーヴィンの背中に飛びつくと、三人は驚いたように振り返る。
「涙は落ち着きましたね」
「もう、泣いた時は手で擦っちゃダメよ!」
「ちゃんと冷やすんだぞ」
「えへへっ。皆、ありがとう!」
マーヴィンの大きな手が私の頭を撫で、アニーが力いっぱい抱きしめてくれる。ラルフは少しだけ笑って私を見ていた。まるでお兄ちゃんとお姉ちゃんに、甘やかされてるような気分になる。
数歩離れたところにいるキースを見て、彼を呼んだ。
「キース! 行こう!」
「……おう」
少し目を細めたキースの表情は、逆光で良く見えなかった。
歩み寄った彼の大きな手が、少し乱暴に頭を撫で回す。それを見たマーヴィンが「優しくなさい!」と怒り出した。
まるで家族といるみたいで落ち着く。さっきまでの胸のもやもやが薄らいでいくようだった。
次回、明日7時頃の更新となります
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