表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/44

第7話 刺さるようなダークブルーの眼差し

 心の中で悲鳴を上げながら、キースのことを思い出す。どこをどうしたら、そんな噂が立つのよ。


 模擬戦の日は私をお姫様抱っこしたらしいけど、いつもなら、麦袋か水樽を運ぶように担いで運ばれるんだから。女の子扱いなんてされたことはない。

 確かに、キースは綺麗よ。

 さらさらの髪は、私のふわふわの赤毛と違って、金糸のように細く真っすぐで、日差しを浴びるとキラキラと輝くし。緑の瞳は、母の形見の指輪に嵌められたエメラルドのようだし。いつも笑顔は温かくて……って、違うから。キースは仲間だから。


「キースは仲間! それ以上でも以下でもないんだから!」

「そうなの? 隠さなくてもいいのよ。私、ハーフエルフに対して偏見はないつもりだし、応援──」

「ぜーったい、ない!」


 きっぱりと言い返した時、ほんの少しだけ胸が痛んだ。

 アリシアから視線を逸らし、赤いローブの胸元を握りしめる。

 別に、キースを嫌いとかって訳じゃないけど……私と噂になってるなんて知ったら、きっと、迷惑だもの。ちゃんと、否定しておかないと。


 しんと静まり返り、なんだか居心地が悪くなった。その時だった。

 

「それは良かった」


 突然会話に入ってきたのは、黙々と片付けをしていた青年だった。


 嫌な緊張感が走り、一緒に作業をしていた女の子たちが顔を見合わせている。

 切れ長のダークブルーの瞳が私を見た。その冷たさにぞくりとして、堪らずに一歩後ずさると、アリシアが私の前に立った。

 

「どういう意味よ、ネヴィン?」

「マザー家のご令嬢ともあろうお方が、素性も怪しいハーフエルフなど相手にしているのかと思うと、国の未来はないなと思ってね」


 涼やかな声がすらすらと答える。そのせいか、室温が数度下がったようにすら感じた。

 ひやりとしたものが背筋に落ちたのは、私だけじゃないみたい。皆、顔を強張らせて動きを止めている。


 ちょっと待って。もしかして、私はバカにされたの?


 突然の言葉を理解できず、黙ったまま返す言葉を探していると、ネヴィンは鼻ではんっと笑った。その顔は涼やかなままだ。


「僕の作業は終わったから、先に失礼するよ」

「待ちなさい、ネヴィン!」


 さっさと部屋を出ようとするネヴィンに向かって、アリシアが声を上げる。だけど、彼は振り返らずに出ていってしまった。


 扉の閉ざされる音が必要以上に大きく響いた。

 張りつめた部屋の空気は、誰かが深いため息を零して「困ったやつだな」と呟いたおかげで、ゆるんでくれた。次々に、何よアイツと声が上がる。


「ミシェル、気にすることないよ」

「ネヴィンはちょっと、頭が固いだけだから、ね」

「そ、そうだよ。最近はハーフエルフに偏見持ってない人も増えてるし!」


 皆の励ましに、そうかと気付く。

 バカにされたのは私だけじゃないんだ。キースのことも、ネヴィンはバカにしていた。それに、マザー家のことだって。

 刺さるようなダークブルーの瞳を思い出し、背筋が震えた。


「ミシェル……さぁ、作業を終わらせて帰りましょう!」


 明るい声でそう言ったアリシアは、私の前にある紙束を取ると手を動かし始めた。

 頷いて手を伸ばした指先が、小刻みに震えていた。



 帰り道、アリシアと別れて一人になると、自然とネヴィンのことを思い出した。彼──ネヴィン・アスティンとは同郷になる。アスティン伯爵家の三男だ。

 

 私の祖国ブルーアイが所属するのは連合国家ジェラルディンだ。古くは多くいた竜騎士の数は減少している。その中で、マザー家は竜騎士団を抱える侯爵家だ。

 そのおかげもあって、多くの諸侯と良好な関係を築いている。お父様は厳格な人だけど、むやみに敵を作るような人ではないし、アスティン家とも良好だったはずだ。

 

 ネヴィンの冷ややかな瞳を思い出し、再び背筋が震えた。


 目抜き通りに足を踏み入れ、ため息をつく。

 いつもなら雑踏や音楽に好奇心がくすぐられ、漂ってくる美味しい香りにお腹が鳴るというのに、今日は何一つ心を動かしてはくれない。そんな中、人混みに見知った人影を見つけた。

 足が止まり、夕暮れに染まった石畳の先、一点を見つめた。


「……キース」


 無意識に名を呟くと、彼が振り返った。そうして、彼と一緒にいた仲間達も次々に振り返る。

 こんな偶然、あるのかな。

 じわじわと目の奥が熱くなった。


「よ、ミシェルじゃないか。真面目に勉強してきたか?」

「おや、丁度良いところに。これから皆で食事に行こうかと話を……ミシェルちゃん?」

「やだ、どうしたの、ミシェル。泣いてるの?」

「キース、また何かしたのか?」

「聞き捨てなりませんね。キース、説明なさい!」

「お、俺? 何もしてねぇ……よな? おい、ミシェル」


 困った顔をするキースを問い詰める司祭のマーヴィンに、横で心配そうな顔をする探索者のアニーと大柄な剣士ラルフ。顔馴染みの仲間がそろっていたことに、胸がいっぱいになる。


 視界がぼやけ、頬を涙が伝っていく。それを手の甲でいくら拭っても止まらなくて、鼻を啜ると、キースがマーヴィンの手を払って歩み寄ってきた。


「よし、肉食いに行くぞ!」


 不意に、ぐいっと力いっぱい手を引かれる。前のめりになり、そのままキースの胸に飛び込んだ。


「キース! またそうやって乱暴に手を引くものじゃないですよ!」

「肉なら竜のしっぽ亭だな」

「そうね、この時間ならまだ混んでないんじゃない?」


 マーヴィンの怒る声を気にもせず、アニーはその背を押した。横のラルフも表情一つ変えずに歩きだす。


「アニー、私はキースに話が!」

「はいはい、心配してもどうしようもないことってあるのよ、マーヴィン」

「ほら、さっさと行くぞ」


 三人がわちゃわちゃと騒ぎながら行く後ろ姿を見て、キースは少し頬をかく。視線が合うと「行くか」と言って、私の手を握ったまま足を踏み出した。

 さっきみたいに強引じゃない。私の歩調に合わせるようにゆっくりと歩を進める。


 大きな手に包まれた指先が、じんわりと温まってきた。不思議なことに、胸の奥までほんわかと温かくなっていく。


「元気ない時は、肉だ。それでも足りないなら、また、ケーキ食いに行こうぜ」

「……うん。キースの奢りね」

「おうっ!……え、また俺の奢りなの?」

「ふふっ、冗談よ。今度は私の番!」


 擦った瞼が、もしかしたら少し赤くなっているかもしれない。

 何だか恥ずかしくなってキースの手を放すと、前を歩く三人に走り寄った。マーヴィンの背中に飛びつくと、三人は驚いたように振り返る。


「涙は落ち着きましたね」

「もう、泣いた時は手で擦っちゃダメよ!」

「ちゃんと冷やすんだぞ」

「えへへっ。皆、ありがとう!」


 マーヴィンの大きな手が私の頭を撫で、アニーが力いっぱい抱きしめてくれる。ラルフは少しだけ笑って私を見ていた。まるでお兄ちゃんとお姉ちゃんに、甘やかされてるような気分になる。

 数歩離れたところにいるキースを見て、彼を呼んだ。

 

「キース! 行こう!」

「……おう」


 少し目を細めたキースの表情は、逆光で良く見えなかった。

 歩み寄った彼の大きな手が、少し乱暴に頭を撫で回す。それを見たマーヴィンが「優しくなさい!」と怒り出した。

 まるで家族といるみたいで落ち着く。さっきまでの胸のもやもやが薄らいでいくようだった。

次回、明日7時頃の更新となります


続きが気になる方はブックマークや、ページ下の☆☆☆☆☆で応援いただけますと嬉しいです。

↓↓↓応援よろしくお願いします!↓↓↓

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ