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第6話 女の子は恋の噂に敏感

 ある日の放課後。

 私たちは魔法物質の専門教員マレイ先生の指示で作業に追われていた。


 新入生歓迎が終わったばかりだけど、次は、グレンウェルド国立魔術学院附属初級魔法学校への訪問行事が控えている。訪問先で、魔術学院への特別進級と実施試験の説明を行うのは先生たちだけど、その準備を行うのは私たち学生だ。


 紐で綴じられた資料の部数を確認しながら、親友のアリシアが私を呼んだ。


「ね、ミシェル」

「ん? あ、これ確認できたよ。落丁もなし!」

「はい、じゃぁ次はこれ。っと……ねぇ、()()()()にいったでしょ?」


 次の紙束を受け取り、六花の雫という単語に首を傾げる。そんな私を、アリシアは青い瞳を意味深に細めて見ていた。

 六花(りっか)の雫──キースと行った新装開店のカフェがそんな名前だったかも。一時間食べ放題イベントを開催していたお店だ。


「どうだった? ()()()としては、すごく気になるのよね」

「あー、そういうことね!」


 商魂たくましいアリシアらしい言葉に納得した。

 手を動かしながら、キースと行った店を思い出す。客層は女の子が多かったけど、庶民や冒険者、若い司祭の子もいたな。

  

「うーん……価格帯は庶民向けだったよ。季節のフルーツケーキは限定販売みたい。常にあるのはクッキーやスコーン、焼き菓子と合わせたジャム。それとハーブティーの種類も多かったよ」

「味はどうだった?」


 手が疎かになりながら、アリシアは身を乗り出して興味津々に尋ねてきた。お店のこととなると、いつもこう食い気味に聞いてくるんだよね。

 一緒に作業しているクラスメイトも、ちょっと呆れ顔になっている。これはちゃんと返事をしておかないと、いつまでも食い下がるパターンだ。


「んー、ケーキの種類は少ないし、大きさも小さいけど味は良かったよ。価格に見合った感じかな。でも、バンクロフトのティールームのような特別感はないかも」

「お店の内装は?」

「女の子が喜びそうな可愛い調度品で……て、気になるなら自分で行けばいいじゃない」

「そんな堂々と敵情視察できないわ。うちはいわゆる老舗。私の顔もバレてるし。だから、ミシェルの報告は助かるのよ!」


 敵情視察って言葉に、つい苦笑する。これ、完全に商人モードだわ。


「気にしないで行けばいいのに。うーん……あ! 今度、お持ち帰り用のお菓子買ってこようか?」

「焼き菓子となれば、使っているバターや小麦の質が分かるわね……」


 ぶつぶつと言いながら考えるアリシアの手は、すっかり停まってしまった。こうなったら、周りの忠告は耳に入らなくなっちゃうのよね。

 やれやれと思っていると、横からすっと手が伸びてきて、アリシアの前にある紙束を掴んだ。


「こうなったら、梃子でも動かないからね」


 そう言ったのは、アリシアの幼馴染でもあるパークスだ。彼の父親はバンクロフト商会の傘下で商売をしている。「俺は下僕の一人だから」っていうのが、彼の口癖だけど、何だかんだでアリシアのことを誰よりも分かっている。アリシア自身も、パークスを凄く頼っているんだよね。


「ミシェル!」

「──ん?」

「スコーンとジャムが食べたいわ」

「あ、六花の雫?」

「ええ、そうよ! バンクロフト商会のスコーンが負けることはないでしょうけど、確認は必要だと思うの!」


 鼻息も荒く、拳を握りしめたアリシアは私に同意を求める。

 バンクロフト商会は郊外で養鶏や牛の放牧などを行う町と大きな契約を取り付けている。特に卵やバターは高品質のものを提供していることで、各方面でも評判なのよね。そのバターや卵を使ったスコーンは比較的低価格で販売している。だから、庶民からもバンクロフト印のそれらは長年愛されている名物だったりする。

 

 だからと言って、他店の商品を侮ることはしないのが、アリシアの凄いところよね。多分、代々そうやって商会を守ってきたのだろう。


「とっておきの紅茶を用意するから、買ってきて!」

「分かった。任せて!」

「ありがとう。とっておきって言ったら──」

「ティベル産!」


 それは、私が幼い時に亡くなった母が好きだった思い出の紅茶で、アリシアのお母さんも大好きだったもの。バンクロフト商会の看板商品の一つでもあり、私たちを出会わせてくれた品でもある。

 

「言うと思ったわ。リーディス産も入荷したばかりなのよ」

「リーディスも良いな……ミルクティーにするなら、リーディスだよね」


 真剣に悩んでいると、横から「手が止まってるよ」と呆れた声がした。パークスだ。


「君らが紅茶好きなのは知ってるけど、今は手を動かしなよ」

「もう、ちょっとくらい良いじゃない」

「さっさと終わらせたら、いくらでもどうぞ」

「そういうパークスだって、手が止まってるじゃない」

「俺は、担当分終わったから休憩中」

「じゃぁ、私のも手伝いなさい!」

 

 そう言って、アリシアは残りの半分をパークスに押し付けた。さっき、パークスがアリシアの束をもっていったことに、彼女は全く気付いてないみたい。


「何だかんだ言って、パークスはアリシアに弱いよね」

 

 私がぽろりと溢せば、他の級友がぷっと噴き出して笑いながら()()()と同意してくれた。そうして、一人の子が何かを思い出したような顔をして、私の方を見た。


「そうだ、仲良いって言えば、ミシェル」

「ん? なぁに?」

「この間、六花の雫で一緒にいた彼!」

「……キースのこと?」

「そうそう! 模擬戦で優勝したチームに入っていた剣士よね!」

「うん、そうだけど。それがどうしたの?」


 質問の意味が分からず首を傾げると、興味津々な顔を向ける女の子数人が、貴族令嬢とは思えないような黄色い声を上げた。

 

「やっぱりそうなんだね!」

「そうって?」

「もう、隠さなくって良いのよ!」

「隠すって?」

「だから! いつからお付き合いしているの?」

「お付き合い?」


 彼女たちの言っている意味が全く分からなかった。

 興味津々な眼差しに困り果て、アリシアを振り返れば、彼女は意味深に笑っている。それは、ついさっき私に六花の雫のことを聞いてきた時と凄く似ている。興味を隠せないときの顔だ。


 も揃って、キラキラさせた目を向けるクラスメイトにたじろぎ、一歩後ずさった。

 

「すっごい、噂になってるわよ」

「う、噂って?」

「あんな()()()()と、色々と派手なあなたが一緒にいたら、嫌でも噂になるわよ!」

「……イケメン?」

「イケメンていうのは、男性を形容する言葉で」

「言葉の意味くらいわかるわよ。そうじゃなくて、キースのどこがそうなの?」


 アリシアの説明を遮って聞き返すと、全員の手が止まった。それに、皆そろって信じられないといいそうなほど目を見開いている。


「どこがって……あなたこそ、何言ってるの?」

「あんな整った顔と肉体美を持った男、そういないわよ!」

「彼をイケメンと言わずにどうするのよ!」


 女の子たちは、泣かば責めるような勢いでいった。それに思わず「えー、どこがよ」といえば、全員が眉間にシワを寄せる始末だ。


 私、そんな変なこといった?

 イケメンって、王太子様とか公爵家の御嫡子様とか、そういった白馬に乗ったイメージのキラキラした人たちのことでしょ。

 キースはそうじゃないもの。

 確かに整った顔をしてる。ハーフエルフだからだろうけど、金糸のような髪もエメラルドのような瞳も綺麗で──もしかしたら、ちゃんとした礼装を身につけて、黙って立っていれば王子様に見えるかもしれない。


 だけど、あいつってば、お酒と煙草が大好きで、喧嘩も好き。冒険に出ればすぐ無茶ばっかりして、ハラハラさせるのよね。お姫様を守るって感じじゃなくて、何て言うか、戦闘狂って言うのかしら。

 うん、イケメンなんて認めない!


「しかも、颯爽(さっそう)と貴女を抱えて立ち去るなんて、絵になるでしょ! 校内ではその話でもちきりよ」

「なっ……やめてよ! 思い出したくないんだから!」


 アリシアの言っていることが、あの演習場での一件だとすぐ分かった。

 顔から火が出てるんじゃないかって思うくらい、頬が熱くなる。


「今日だって、何人もの後輩から、彼はミシェル先輩の何なんですかって訊かれて困ったのよ」


 そう言うアリシアだが、全く困ったという表情じゃない。むしろ私も知りたいわと言いだしそうだ。さらに、他の友人たちも「私も訊かれたわよ!」と言い出す。

 アリシアは目を輝かせ、ずいずいと詰め寄ってきた。


「恋仲なんじゃないかって噂になってるわよ、知らなかったの?」

「こっ、恋って……なんなのそれ」

「ただハーフエルフだし、一部での噂に過ぎないけど」

「噂だから!」

「本当に?」

「もう、なんで疑うのよ!」

「火のない所に煙は立たぬ、て言うじゃない」

「勝手に火をつけないでよ!」

「あら、上手いこと返したわね」

 

 アリシアだけじゃなく、クラスメイトも凄く笑顔だ。皆そろって、楽しんでるでしょう!

次回、本日21時頃の更新となります


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