第5話 剣士に怪我はつきものです
模擬戦の優勝授与式が終わった後、私は医務室にいた。キースの顔に傷薬を湿布し、その頬をぺちんと叩く。
「いてっ、ちょ、もう少し丁寧にできない?」
「嫌なら神殿に行って、マーヴィンに回復してもらいなさいよ」
「そのマーヴィンが怒ってるから、こうしてお願いしてんじゃん?」
「また怒らせたの?」
「俺は身に覚えないんだけど……」
首を傾げるキースは眉間にシワを寄せている。
マーヴィン──知り合って一年は経つ司祭とキースの仲が悪いわけじゃない。でも、厳格な司祭様からしたら、自由人なキースの言動に腹をたてることも多いみたい。
「最近、そういうの多くない?」
「そうなんだよ。俺も困っててさ」
「あんたが自由人すぎるのよ、きっと」
「そうか?」
ため息をつきながら、薬瓶を片付けていると、背中にビシビシと視線を感じた。
「何よ。マーヴィンが怒ってるの、私には関係ないと思うけど?」
「いやぁ、そうじゃなくてさ……普段、お前の魔法の偉大さ分かってたつもりだってけどさ。やっぱ凄いな」
「はぁ? 何よ、突然」
予想外の言葉に、薬箱を滑らせて落としそうになる。
「なに、照れてんのよ? 俺、日頃からお前の魔法はすげーって認めてんじゃん」
「本気じゃないくせに」
「本気だけど? ま、ちょっと派手だけどな。俺はそっちの方がやりやすくて好きだな」
キースはけろっとしながら、二の腕に巻かれた包帯を見て「手当ては下手だけど」と笑う。どうせ、包帯の巻き方は下手ですよ。魔法じゃないもん。
「……今日の模擬戦の話?」
「ああ。今日のチームも悪くなかったぜ。結構好きに走らせてくれたし」
「あー、そうね。楽しそうに走ってたわね」
いつもなら、私が立っている場所に知らない子がいた。思い出しただけでもやもやする。
「けどさ、相手を牽制するなら、もう少しギリギリ狙ってほしくってさ。俺は避けるからって伝えておいたんだけどな」
「そんな一か八かみたいなこと、普通はやらないわよ」
「だけど、お前はやってくれんじゃん」
「それは……何となく、キースの動きは分かるし。ほら、癖とかも慣れてるって言うか」
知り合って一年近い。何度も一緒に魔物退治やダンジョンの探索にも出向いている。回数が重なれば、慣れるものなのかも。
「それに、ちょっとくらい怪我しても、あんた笑い飛ばすじゃない」
「痛みに泣いてたら剣士は務まらねぇからな!」
「と言うか、変態並みに楽しそうに笑うじゃない?」
知り合ったばかりの頃は、それなりに心配したものよ。でも、命にかかわるような怪我じゃなければ、それこそ骨が折れてたって戦おうとする。初めこそ、狂気を感じたけど、今は……慣れって怖いわ。
椅子から立ち上がり、脱いでいた外套を手にしたキースは「褒めてねぇだろ」と笑う。
「別に痛くない訳じゃないぞ。司祭の回復は当てにしてるし」
「回復は司祭の十八番だからね」
「そうそう。で、今回のチームの子にもマーヴィンみたいに回復ついでに戦わせようとしたら、泣かれてさ」
「はぁ!? バカでしょ」
突然の言葉に、私は開いた口がふさがらなくなった。
マーヴィンは探索に出る時、力を貸してくれる武闘派な司祭だ。中間管理職な立場で、こういった催し物の時は学院に協力もしてくれる。と言っても運営の方だけど。
模擬戦に出る司祭は新人の子で、マーヴィンは魔術学院でいうとこの教師みたいな立場だから、引率で来ていたわけだ。
キースだって、その辺りの事情を事前に聞かされていた筈なのに。
「マーヴィンは特殊枠でしょうが! 新人に何を求めてるの!?」
「だから、回復に全振りを頼んだって」
「もう!……あ、その子を酷使してマーヴィンに怒られたのね!」
ピンと来て、マーヴィンの怒りの形相を思い出した。口元は笑っているのに、その目は一切笑わない。当然、怒らせてはいけない人物ナンバーワンだ。
思わず身震いをしてキースを見るが、彼はそれが違うんだといって首を振る。
「ね、俺もそう思ったよ。けど、違ってさ」
「じゃぁ、何をやらかしたのよ」
「分かんねーから、ここにいんじゃん。『ミシェルちゃんに謝りなさい!』の一点張りなんだもん」
首を傾げるキースに「可愛く首傾げてもだめですよ!」と怒るマーヴィンを思い浮かべる。
「……私?」
「俺、なんかした?」
そんなこと訊かれても困るわよ。
二人で顔を見合って唸って考えるけど、さっぱり分からない。
マーヴィンには時々、理解のできないところで怒る癖があるのよね。馴染みの冒険者たちは「おっさん過保護だからな」と笑い飛ばすけど、よく怒られるキースと、その原因らしい私は、結局理解が出来なかったりする。
まさに今回がそれね。
「てことで、謝っとく。ごめん」
「中身のない謝罪なんていらないわよ」
「ですよね。……じゃぁ、これからタルト食いに行かない?」
にっと笑ったキースは懐から折りたたんだチケットを一枚取り出した。それには『新装開店一時間食べ放題!』の文字が書いてあった。
「行く!」
「そうこなくっちゃ」
「早く行こう!」
「おい、先生戻ってこないけど良いのかよ」
「医務室の鍵を職員室に戻せば問題ないわ!」
医務室に鍵をかけ、外出中の札を下げる。
いつ戻ってくるか分からない先生を待っているなんて、時間がもったいないじゃない。だって、早く行かないと、ケーキがなくなっちゃうかもしれないもの。
「この時期だと、シトラスが鉄板よね! 桃も外せないわ」
「メロンもそろそろ出回るんじゃないか?」
「やっぱり、果肉を楽しむならタルトよね」
「桃はコンポートもいいな。チーズケーキにも合うしな」
廊下を歩きながら甘いフルーツケーキを思い浮かべ、口の中に溢れてきた唾をごくんっと飲み込んだ。
「ほら、急いで!」
「そんな急がなくっても大丈夫だろ?」
「誰かが食べ尽くしちゃうかもしれないでしょ!」
「お前くらい食うやつがいたら、なくなるだろうな」
けらけらと笑うキースだけど、彼だって相当食べるわ。
二人で満足するだけのケーキが残っていますようにと祈りながら、キースのマントを引っ張って足を速めた。
廊下を踏み鳴らしながら角を曲がる。
職員室に繋がる通路を歩いていると、ふと首筋に視線を感じた。なんかこう、刺さるような感じだ。
校舎を剣士が歩いていたら、さすがに目立つか。でも、どこかでキースを待たせるのもなんだし。そんなことを考えていると、彼が私を呼んだ。
「……なー、ミシェル」
「なぁに?」
「お前って、やっぱ人気なんだな」
「なんのこと?」
振り返ると、立ち止まったキースは雑に髪をかきあげ、後ろを振り返った。私も足を止め、彼が見る方に視線を向けるけど、そこにはなにもない。
「んー、ほら、午前中のパフォーマンスで倒れたじゃん?」
「……恥ずかしいから思い出したくない」
「派手でよかったと思うぜ。うん。で、その時さ、お前医務室に運んだの、俺なのよ」
唐突な告白に驚き、息が止まりそうになった。
あの時、キースの声が聞こえたと思ったの、気のせいじゃなかったの?
えっ、私を運んだって……
「お前の親友が運ぼうとしてたんだけど、意識ない人間運ぶのって結構大変だからさ。俺が手を貸したのよ」
「……ちょ、まって、運んだって……」
「他の学生も協力するって言ってくれたんだけどさ。俺ってば、倒れたお前運ぶの慣れてんじゃん」
「そういうことじゃなくて! どう抱えたのよ!?」
「ん? 担いじゃ周りから石投げられそうだったから、こう、ちゃんと横抱きにしてだな」
さも当然のように身振り手振りで説明するキースを見て、全身がカッと熱くなった。
だってそれは、どう想像しても、お姫様抱っこというやつ。
公衆の面前で倒れただけでも恥ずかしいのに、そんな醜態を晒すだなんて。なんで、担架で運んでくれなかったのよ!
「いやー、次の演目も残ってるだろうと思ってさ、さっさとその場から退散はしたのよ。でも、なんか校内歩いてると、さっきから敵意ある視線ばかり感じるからさ」
苦笑をこぼし、キースは少し尖った耳をポリポリと引っ掻いた。
「やっぱ、お前の熱狂的ファンってやつは、素性の分からないハーフエルフがお前に近づくの面白くないんだろうね。あ、もしかしてマーヴィンはこのこと言ってたのか?」
「……何よそれ?」
「ほら、俺ら半端もんを嫌うやつって多いじゃない? マザー家のご息女様にして、魔術学院のアイドルに、変な虫がついたらと心配してんだろ」
一人納得をしたように手を叩いたキースに、むかむかと腹が立ってきた。
キースはすごくいい奴だけど、一つだけ気に入らないところがある。混血種であるハーフエルフってことを卑下して、突然、私と距離を取るようなことを言い出すことだ。
私たちが仲良くて何が悪いのよ。
何で、どこの誰とも分からない奴に遠慮しなくちゃいけないのよ。もう一年近い付き合いなのに、今更、家柄とか言い出さないで欲しい。
「バカじゃないの?」
「ん?」
「あんた、家柄とか気にするちっちゃい男だったわけ?」
「いんや。気にしてたら、お前とケーキなんて食いに行けないだろ」
「なら、周りの視線とか関係ないじゃない!」
胸の中でごちゃつく蟠りを吐き出すように言い切って、踵を鳴らして歩き出す。それに、キースは特に言い返すこともなくついてきた。
分かってはいるのよ。
いまだにハーフエルフへの偏見があることだって、私がマザー家の令嬢である意味だって。でも、それを仲間につきつけられるのは嫌なの。
「おーい、ミシェル? 怒ってる?」
「……別に」
「いや、怒ってんだろ、その声」
「私はキースがハーフエルフだろうと、ホビットだろうと、仲良くしたわよ」
「うん?」
「あんたが私の家柄を気にしないように、私は種族を気にしたことなんてないの!」
「──うん、そうだね」
「また同じこと言ったら、魔法弾叩き込むからね」
「え、ちょっ、それは勘弁……」
顔を引きつらせたキースを睨み、大きくため息をつく。本当に、分かってくれてるのかしら。
職員室が見えてきた。
「ここで待ってて。鍵、返してくるから」
「おー、いってこい」
ひらひらと手を振るキースに背を向け、小走りに職員室へと向かった。だからこの時、彼が私から視線を外して、物陰を睨むように見ていたことなど知る由もなかった。
次回、本日20時頃の更新となります
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