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最終話 「ちゃんと窓閉めて寝るんだよ」

 ちょっと前まで、隣を歩いてドキドキするなんてなかったのに。手を繋いだだけで、なんでこんなに胸がときめくのか。

 キースの横顔を盗み見て、恥ずかしさが込み上げた。


 恋に気づくまで、キースの顔を見るのだって何とも思っていなかったというのに。よくよく見れば、アリシアの言うように、とんでもなく整った顔だ。ともすれば、横に並ぶだけで恥ずかしくなる。

 視線が気になったのか、振り返ったキースは「そういや」と何か思い出したように話しかけてきた。


「ヒタキドリ、今日は連れてないんだな」

「うん。ちょっと元気がなかったから、ロン師に預けたの」

「そうなの?」

「ロン師は心配ないって言ってたけど……」

「じゃぁ、あのチビが元気になりそうなもの買って帰るか?」

「果物なら喜ぶと思う!」


 この時期ならプラムがいいかな、コケモモは出てるかな。そんなことを話しながら通りを進むと、すぐに果物屋に辿り着き、新鮮な果物を買うことが出来た。


 小さな包みを見てヒタキドリの鳴き声を恋しく思い、ふと空を見上げる。

 青空を小鳥の群れが羽ばたいて通りすぎていった。


「群れから離れて、寂しく思ってるのかな?」

「どうだろうな」

「……キースは、森に帰りたいって思うことあるの?」


 きょとんとしたキースは考える間もなく、あっさり「ないよ」と答えた。その瞳には哀愁の欠片もなく、不思議そうに瞬かれた。

 もしも、帰りたいっていわれたらとか考える間もなかったから、驚いて瞬いていると「お前は?」と訊き返された。


「あまりジェラルディンに帰ってないんだろ?」

「……考えたこともなかった」

「マジで? そりゃ、おっさん大変だな」

「お父様が? なんで?」

「そりゃぁ……嫡子はあの兄ちゃんだ。いつ帰るか分かりゃしないだろう? 頼みの娘は魔術師として生きる道を選んだ」


 淡々とした言葉に胸の奥が苦しくなる。

 家のことを考えろっていってるのかな。キースは貴族が嫌いっていってたけど……貴族に育てられたも同じだから、たぶん、色々と知ってるんだろうし。

 でもそれって、私と別れるっていってるも同じだよね。


 無意識に、キースの手を握りしめていたみたいで、きゅっと握り返されてハッとした。 


「ねぇ、キースは……家に帰った方がいいって思う、の?」


 質問を返しながら、自分がすごく重いことを訊いていると気付く。

 貴族令嬢が家に帰るというのは、嫁ぎに行くといってるようなもの。それを、恋人に問うなんて、なんて維持の悪いことだろう。

 重くなった歩みが、ついに止まってしまった。


「おっさんはその方が喜ぶかもな。だけど」


 歩みを止めたキースは私に向かうように立つと、頬にそっと触れる。そうして、顎をくっと上に押し上げた。


「一度手に入れたもの、手放す気はないって言っただろ? 帰れなんて言わないから、安心しろ」


 見透かされてる。

 恥ずかしさを誤魔化すように、慌てて涙を拭おうとしたら、手首を捕まれた。


「涙を拭うのも、俺の役目な」


 うんと頷く間もなく、キースの顔が近づく。そうして、目じりに柔らかいものが押し付けられた。それが彼の唇だと気づくまで数秒を要したが、驚いた私の涙は見事に引っ込んだ。


「ほら、止まった」


 悪戯っ子のように、無邪気に笑うキースはついでとばかりに頬にも唇を寄せる。


 恥ずかしさと嬉しさで胸が一杯になり、口からでた言葉は「バカ」だった。


 満足そうに笑ったキースが、ぽふぽふと私の頭を撫でていると、少し離れたところから──


「もう我慢ならん、放せ!」

「お断りよ!」

「約束が違うだろう!」

「黙ってるとは言ったけど──」


 男女の言い争う声と、派手に物がひっくり返る音が響き渡った。そちらの方に目を向けたキースは、何をみたのか。

 私が覗き込もうとすると、それを遮るようにして「痴話喧嘩じゃないか?」と言いながら手を引いた。

 

 手を引かれて歩きながら、少しだけ後ろが気になる。お兄様の声に聞こえたけど、気のせいだったのかな。


 そうして、ロンマロリー邸に辿り着いた頃には、陽が沈みかけていた。前庭を通り抜けて玄関前で向き合うと、キースは「そういや」と何かを思い出したようにいった。


「マーヴィンが用あるから集まってほしいって言ってたな」

「えっ、そういうことは早く言ってよ!」

「明日で良いて言ってたし大丈夫でしょ。お前、なんか用あんの?」

「ないけど……」


 アリシアとの勉強会をちらり脳裏に思い浮かべ、少し言葉を濁したが「明日ね、分かった」と頷いた。それをキースはどう思ったのか、じっと私を見つめる。


「まーた、厄介ごとかもな。行くのやめとく?」

「行くよ。でも、どうしてそう思うの?」

「お前とマーヴィンが持ってくる案件は、大概そうなんだよ」


 苦笑いを見せると、私の頭を撫でまわす。それって、今回の温泉騒動を言ってるのか、それとも、初めて出会った時のことを言ってるのか。


 別に、厄介事を持ち込んだつもりはないんだけどな。

 不満だった訳じゃないけど、つい、頬を膨らませてしまった。それをキースは指でつついて笑う。


「ウサギやめて、リスになっとく?」

「もう! 小動物扱いしないでよ!」

「拗ねんなよ。悪かったって!」


 軽く笑うキースから顔をそらすと腰に手が回され、ぐんっと引き寄せられた。

 私の体は、すっぽりと彼の腕の中に納まった。


「ほんと小さいな……力加減を間違えたら抱き潰しちゃいそうだな」

「なによ、それ」


 ぎゅっと抱き締められ、恥ずかしさに顔が熱くなっていく。

 ふと、脳裏にマルヴィナ先生が恋人と抱き合っていたことを思いだし、ああそういうことかと、納得した。


 一分一秒でも、触れていたい。確かめたい。

 大好きな人の体温がこんなに気持ちいいなんて、知らなかった。


「明日、迎えに来るな」

「うん」

「お前さ、寝相悪いんだから、腹出して寝るなよ」

「そんなことしないもん!」


 突然の、ムードぶち壊しの台詞に、思わず噛みつく勢いでキースを見上げてしまった。だけど、予想に反して優しく見つめてくる瞳がそこにあった。

 胸がいっそう高鳴る。


「ちゃんと窓閉めて寝るんだよ」

「……うん」

「じゃないと、夜這いに行っちゃうからね」


 冗談とも本気とも取れる物言いに、どう返したらいいのか分からずに黙り込む。すると、キースは私の額に唇を寄せた。

 触れるだけの口付けは優しくて、すぐに離れていった。


 そうじゃないと思うんだよね。

 マルヴィナ先生の姿を思いだし、小さく唇を尖らせる。


「違うと思うの」

「うん?」

「キスする場所」


 上目遣いで見つめると、言葉をつまらせたキースは赤く染まった空に視線を送った。


「そうかな?」

「そうよ。ほっぺも額も嫌いじゃないけど……」


 曖昧に誤魔化すキースに、ちょっとの期待の眼差しを向ける。


「……あんまり煽ると、我慢出来なくなっちゃうよ?」

「我慢しなきゃダメなの?」

「まったく、お前は……親父さん、泣いちゃうよ?」


 小さくため息をついたキースは、私に覆いかぶさるようにして、唇を合わせた。

 触れるだけで離れるのはお互いに名残惜しく思い、どちらともなく唇を寄せ合う。


「今夜、ちゃんと窓閉めて寝るんだよ?」


 そういったキースに頷く間もなく、唇はまた塞がれる。


 遠くで物がひっくり返る派手な音を聞いた私は、ふわりと香る煙草の匂いと熱い吐息に目を閉じ、彼の胸にそっと手を添えた。


End.

最終話まで、お付き合いありがとうございました!

(最後の最後に、告知時間を過ぎました。申し訳ないです)


少しでも楽しかったと思っていただけましたら、ページ下の☆☆☆☆☆で応援いただけますと嬉しいです。

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